30 / 75
蜘蛛の糸
しおりを挟む
智花を殺した後にある程度の処理を済ませると、興奮した私はシャワーも浴びずにルイと交わった。
情事が終わった私は、一人寝室で窓際にあるラタンチェアに座ると13年前の朝を思い出した。
背もたれに体を預けて月を眺めると、頭の中の靄が晴れるように鮮明に浮かび上がってくる。
千尋。
千尋と出会ってから私の全てが変わった。
学校の行き帰りに友人と語らいながら歩くなんて、それまでは無縁なことだと思っていた。
夏休みに作った私の作品が全国コンクールで最優秀賞に輝いたとき、一緒に登校していた千尋は自分のことのように喜んでくれた。
「おめでとう一華!コンクールで受賞したんだってね!」
「うん。千尋のおかげ」
「私の?」
「前に言っていたじゃない。栽培は没頭していると嫌なことや細かいこと考えなくなるって。そういう場所を作って幾重にも柵を作る……最初は逃げ場所だけど、そのうちそれは逃げ場所なんかじゃなくって自分の宮殿になるって。私もやってみたの」
「それが彫刻だったんだ……前にやってたの?」
「初めて。千尋みたいになにかを創り出してみたくて」
「凄いよ一華!それでいきなり全国コンクールで受賞なんて!学校の帰りに行ってみようよ!展覧会の会場に」
放課後になると私たちは全国コンクール展覧会会場へ行った。
私の作品を見つけた千尋は、「早く早く!」と、手を引っ張るように駆け寄った。
「ねえ、この土台がゴツゴツした岩のような感じになっていて、たくさん棘のようなものが出ているのはなにを表現しているの?」
「地獄……」
私は千尋の問いに作品を見ながら答えた。
地獄。あれは地獄だ。
私が育った地獄があそこにある。
「なるほどね……土台が地獄なら、そこから伸びるたくさんの手は亡者の手ってことね」
「うん」
「ある一点を掴もうとしているように絡まり、重なり、もがいているよう。タイトルは蜘蛛の糸か……まるで手の先に本当に糸が垂れているみたい。亡者の声も聞こえてきそう」
「蜘蛛の糸は亡者にとっては救済。でもあまりに脆くか細い救済……」
「蜘蛛の糸……掴んだじゃない一華は」
千尋がいつもの笑顔で言った。
それが受賞したことを言っているのか、他の意味があるのか、千尋の顔からはうかがい知れなかった。
「まだ。でももうすぐかな」
私が返すと、千尋は私の顔から作品へ視線を移した。
じっと作品を見つめている。
「一華か受賞したと聞いて、お母さんは喜んでくれた?」
作品を見ながら千尋がふいに聞いてきた。
「うん」
あのとき私は嘘をついた。
お母さんは、私が受賞したことを話したとき、引きつったような笑みを貼り付けて喜びを口にしたけど、私に伝わってきたのは恐れと怯えだった。
私たちは他の作品を見ながら会場を一周すると外に出た。
秋らしい夕焼け空だった。
夕日を見た私は、太陽を掴むように手を伸ばした。
「お父さん……まあ、もともとお母さんが離婚した後にできた恋人で私とはなんの関係もない他人なんだけど、その人が家を出て行ったの。どういうつもりか知らないけど、これで私とお母さん。本当の家族の生活が始められる。千尋って素敵な友達もできたし。今までが最低だったから、これからは上がるだけ。千尋が垂らしてくれた蜘蛛の糸が切れないように」
「私はそんな大層なことしてないよ。一華の才能と行動が引き寄せた結果だよ。今度、私の家でお祝いしよう!二人で!」
千尋。あなたはああ言ったけど、あのとき掴もうとした太陽は、私にとっての太陽はあなただった。
私があなたの異質に気がついたように、あなたも私を異質だと気がついているだろう。
あなたを理解して共感できるのは世界中で私だけだ。
理解してあなたになりたい。
そう思いながら私は沈み行く太陽に手を伸ばした。
でも、あなたはそれを許さなかった。
そのままの私では我慢できなかった。
情事が終わった私は、一人寝室で窓際にあるラタンチェアに座ると13年前の朝を思い出した。
背もたれに体を預けて月を眺めると、頭の中の靄が晴れるように鮮明に浮かび上がってくる。
千尋。
千尋と出会ってから私の全てが変わった。
学校の行き帰りに友人と語らいながら歩くなんて、それまでは無縁なことだと思っていた。
夏休みに作った私の作品が全国コンクールで最優秀賞に輝いたとき、一緒に登校していた千尋は自分のことのように喜んでくれた。
「おめでとう一華!コンクールで受賞したんだってね!」
「うん。千尋のおかげ」
「私の?」
「前に言っていたじゃない。栽培は没頭していると嫌なことや細かいこと考えなくなるって。そういう場所を作って幾重にも柵を作る……最初は逃げ場所だけど、そのうちそれは逃げ場所なんかじゃなくって自分の宮殿になるって。私もやってみたの」
「それが彫刻だったんだ……前にやってたの?」
「初めて。千尋みたいになにかを創り出してみたくて」
「凄いよ一華!それでいきなり全国コンクールで受賞なんて!学校の帰りに行ってみようよ!展覧会の会場に」
放課後になると私たちは全国コンクール展覧会会場へ行った。
私の作品を見つけた千尋は、「早く早く!」と、手を引っ張るように駆け寄った。
「ねえ、この土台がゴツゴツした岩のような感じになっていて、たくさん棘のようなものが出ているのはなにを表現しているの?」
「地獄……」
私は千尋の問いに作品を見ながら答えた。
地獄。あれは地獄だ。
私が育った地獄があそこにある。
「なるほどね……土台が地獄なら、そこから伸びるたくさんの手は亡者の手ってことね」
「うん」
「ある一点を掴もうとしているように絡まり、重なり、もがいているよう。タイトルは蜘蛛の糸か……まるで手の先に本当に糸が垂れているみたい。亡者の声も聞こえてきそう」
「蜘蛛の糸は亡者にとっては救済。でもあまりに脆くか細い救済……」
「蜘蛛の糸……掴んだじゃない一華は」
千尋がいつもの笑顔で言った。
それが受賞したことを言っているのか、他の意味があるのか、千尋の顔からはうかがい知れなかった。
「まだ。でももうすぐかな」
私が返すと、千尋は私の顔から作品へ視線を移した。
じっと作品を見つめている。
「一華か受賞したと聞いて、お母さんは喜んでくれた?」
作品を見ながら千尋がふいに聞いてきた。
「うん」
あのとき私は嘘をついた。
お母さんは、私が受賞したことを話したとき、引きつったような笑みを貼り付けて喜びを口にしたけど、私に伝わってきたのは恐れと怯えだった。
私たちは他の作品を見ながら会場を一周すると外に出た。
秋らしい夕焼け空だった。
夕日を見た私は、太陽を掴むように手を伸ばした。
「お父さん……まあ、もともとお母さんが離婚した後にできた恋人で私とはなんの関係もない他人なんだけど、その人が家を出て行ったの。どういうつもりか知らないけど、これで私とお母さん。本当の家族の生活が始められる。千尋って素敵な友達もできたし。今までが最低だったから、これからは上がるだけ。千尋が垂らしてくれた蜘蛛の糸が切れないように」
「私はそんな大層なことしてないよ。一華の才能と行動が引き寄せた結果だよ。今度、私の家でお祝いしよう!二人で!」
千尋。あなたはああ言ったけど、あのとき掴もうとした太陽は、私にとっての太陽はあなただった。
私があなたの異質に気がついたように、あなたも私を異質だと気がついているだろう。
あなたを理解して共感できるのは世界中で私だけだ。
理解してあなたになりたい。
そう思いながら私は沈み行く太陽に手を伸ばした。
でも、あなたはそれを許さなかった。
そのままの私では我慢できなかった。
0
あなたにおすすめの小説
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる