私の心臓をつかむあなたの手が冷たくも温かい~収穫祭~

秦江湖

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網・千尋

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翌日になり、果歩と愛の家に連絡しようか一瞬考えたが止めておいた。

子供があんな無残に殺されたという現実を受け入れるだけでも相当時間がかかるだろう。

警察とのやりとりや、遺族を無視した加熱報道による心労は計り知れない。



明さんを送り出した後に家の前を掃除していると、これから仕事に行く人、学校に行く子たちが歩いていく。

見知った顔に挨拶しながら辺りを見回した。


気持ちのいい朝。静かな住宅街。いつもの日常を繰り返す人々。とても平和な景色。


退屈に感じる同じ時間の繰り返しだとしても、その中には得難い幸福もあるだろう。

同時に理不尽なこともある。

そして突然に時間の連続性が途切れてしまうことも。


掃除をしながらいつもと変わらぬ景色を見て、なんだかいろいろ考えてしまった。



トマトに水をやる前に、今日の予定を確認した。

午前中には石坂さんが来る。

あれから彼女の中でどんな変化があっただろう?興味は尽きなかった。

部屋の掃除を終えたころに石坂さんが来たのでリビングに通す。


玄関で出迎えたとき、石坂さんはこの家に来るのに久しぶりにメイクしていた。髪も手入れされていて服装もちょっとしたお洒落が見える。

紅茶を出すと向かい合って座る。

座る姿勢も以前よりきれいになっていて、彼女の中での何かしらの変化を感じた。


「なにかいいことがあったみたいね」

「わかるの?」

「ええ。この前までは家に来るときや外で会ったりしてもメイクをしていなかった。でも今日はしている。髪も手入れされていて、服装もお洒落に気を遣っている感じ。どこかに出かけるのかと思ったけど、バッグを持っていない。ちょっとした近所の外出でも自分の外見に気を配る余裕ができてきた。そう思ったの」

「すごい…… そんなところからわかるんだ」

「もちろんこれは私だけの判断だけどね。で、なにかあったの?」

「言われた通りよ。随分と楽になったかな。気持ちが。そうしたら鏡見て驚いちゃった。なんてくたびれてんだろうって」


石坂さんは言った後に照れたような笑みを見せた。

「楽になったのはどうして?」

「自分で決めたの。これからどうするか。橋本さんが言ったように根本を克服しようと思って。そうすれば新しい人生に進めるかなって」

「そっか。良かったね!」

私が笑顔を向けると、石坂さんも倣うように笑顔を見せた。


「もしかしたら今の家を出るかもしれない。橋本さんにも今までのように会えなくなるかも」

「私のことはいいよ。あなたの幸せを第一に考えて」

「うん」


どうやら石坂さんの中では全てのことに整理がついているようだった。

彼女の晴れやかな顔や話し方からそれがわかる。

どうやら今日で石坂さんの相談は終わったようだ。


ここからは熟すだけ。

熟れた実は自然と落ちる。



石坂さんを見送ってからトマトに水をやっていると、彼女から着信が来た。

「どうしたの?」

「橋本さん、変な男がいる」

「えっ」

「なんか橋本さんの家を見張ってるみたいな……」

「どの辺?」

「玄関を出て右に行った電柱の辺り。私、こっそり写真撮ったから今から送るね」


石坂さんに礼を言うと、私はすぐに二階へ駆けあがった。

部屋の窓からカーテン越しにかすかに顔を出して外を見ると電柱の陰に小野寺がいた。


こちらが上から見ていることには気がついていないようだ。

私の家を窺っている小野寺の姿をスマホに収めると、すぐに庭へ戻って水やりを再開した。

小野寺はなんのために私のところへ来たのだろう?果歩と愛の事件のことか?しかし見た限り一人だった。

この前の相方は来ていないのだろうか?


刑事は基本、二人一組で捜査をすると聞いたことがある。一人ということは正式な捜査でない可能性がある。


小野寺を可能な限りよく見る。表情に余裕がない。

それに目つきがこの前、家に来たときとは全く違う。

猟犬の目だ。不精髭…… 気にする暇もない?一人で張り込んでいるのはなぜだろう?


「なにかあったのね」


すぐに滝川さんに小野寺の写真と不安を綴ったメッセージを送った。

ついで石坂さんに不審な人物がいると110番通報してくれるように頼んだ。

さらに隣近所の付き合いのある家に「不審な人物がいる」と教えてあげた。

これで小野寺が私の家を窺っていたという完全な証拠が残る。もし正式な捜査活動でなければ問題になるかもしれない。



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