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鏡の前・千尋
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昼食をとるのも忘れてドラマに見入っていた私の耳にアラームの音が入ってきた。
午後の水やりの時間だ。
ソファーから立つとスマホに着信が来ていたことに気がついた。
「浩平だ」スマホを見ながらつぶやく。
きっと私を気遣って連絡してきたのだろう。
ドラマに集中していて気がつかなかった。
鏡の前に行ってから浩平に電話をする。浩平はすぐに出た。
「浩平。ごめんね。ちょっとふさぎ込んでいて気がつかなかったの」
以前話しているときに、連続失踪事件の失踪者に私の友人がいると話したことがあった。
思った通り、浩平は私を心配して連絡してきたと言った。
「うん……私は大丈夫」
浩平に答えながら、自分の表情をチェックした。
こういう表情の方が良いかな?
「ありがとう。でも心配しないで」
もう少し目を伏せる。
「そうね。でも果歩と愛のご両親のことを思うと胸が張り裂けそうで」
眉根はこんな感じだったかな。
いや、これは少し大げさすぎる。
「大丈夫。こっちから連絡するから……うん。ありがとう」
これなら完璧。
鏡を見て自分の表情に大いに満足した私は、浩平との電話を切ると庭へ出た。
夜になり明さんが帰ってくると私は笑顔で迎えた。
「おかえりなさい!」
私の笑顔を見た明さんは玄関で立ったまま、少し驚いたようだった。
「どうしたの?早く上がって」
鞄を受け取るように両手を差し出した私に明さんは鞄を渡した。
「明さん、ご飯冷めちゃうよ」
「ああ……元気、そうじゃない」
靴を脱いで上がった明さんはネクタイを緩める。
「おかしいかな?」
「いや。千尋が元気なら嬉しいけど、無理してるんじゃないかなって」
「無理はしてないかな。昼間いろいろ考えたんだから」
そう言うと、明さんの手を引いてリビングへ行った。
食事をとりながら明さんに「今度……といっても先方が落ち着いてからだけど、果歩と愛のご両親のところに行こうと思うの。私なんかが行ったところでどうにもならないんだけど、でもなにか声をかけずにはいられなくて」と、言った。
「そうだね。千尋がそうしたいならそうした方が良い。果歩さんと愛さんのご両親も、千尋が来てくれたら幾分は悲しみも和らぐと思うよ」
「明さんありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
言いながら明さんのグラスにワインを注いだ。
「私ね、果歩と愛のことはとっても悲しいんだけど、それでも普段の日常を途切れさせたらいけないと思うの。悲しんでふさぎ込むより日々を重ねて二人を弔いたいの」
「そうだね。俺たちは生きているのだから。亡くなった人を悼むのと引きずられるのでは全く違う。後者にはなんの生産性もない。千尋は立派だよ」
「明さんがそうして理解を示してくれるからよ。人によっては私みたいな決断をしたら冷血みたいにとる人もいるだろうし」
明さんと飲みながら話している間、アルコールが入っても、表情が憂いに満ちても、私の瞳から涙が流れることはなかった。
午後の水やりの時間だ。
ソファーから立つとスマホに着信が来ていたことに気がついた。
「浩平だ」スマホを見ながらつぶやく。
きっと私を気遣って連絡してきたのだろう。
ドラマに集中していて気がつかなかった。
鏡の前に行ってから浩平に電話をする。浩平はすぐに出た。
「浩平。ごめんね。ちょっとふさぎ込んでいて気がつかなかったの」
以前話しているときに、連続失踪事件の失踪者に私の友人がいると話したことがあった。
思った通り、浩平は私を心配して連絡してきたと言った。
「うん……私は大丈夫」
浩平に答えながら、自分の表情をチェックした。
こういう表情の方が良いかな?
「ありがとう。でも心配しないで」
もう少し目を伏せる。
「そうね。でも果歩と愛のご両親のことを思うと胸が張り裂けそうで」
眉根はこんな感じだったかな。
いや、これは少し大げさすぎる。
「大丈夫。こっちから連絡するから……うん。ありがとう」
これなら完璧。
鏡を見て自分の表情に大いに満足した私は、浩平との電話を切ると庭へ出た。
夜になり明さんが帰ってくると私は笑顔で迎えた。
「おかえりなさい!」
私の笑顔を見た明さんは玄関で立ったまま、少し驚いたようだった。
「どうしたの?早く上がって」
鞄を受け取るように両手を差し出した私に明さんは鞄を渡した。
「明さん、ご飯冷めちゃうよ」
「ああ……元気、そうじゃない」
靴を脱いで上がった明さんはネクタイを緩める。
「おかしいかな?」
「いや。千尋が元気なら嬉しいけど、無理してるんじゃないかなって」
「無理はしてないかな。昼間いろいろ考えたんだから」
そう言うと、明さんの手を引いてリビングへ行った。
食事をとりながら明さんに「今度……といっても先方が落ち着いてからだけど、果歩と愛のご両親のところに行こうと思うの。私なんかが行ったところでどうにもならないんだけど、でもなにか声をかけずにはいられなくて」と、言った。
「そうだね。千尋がそうしたいならそうした方が良い。果歩さんと愛さんのご両親も、千尋が来てくれたら幾分は悲しみも和らぐと思うよ」
「明さんありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
言いながら明さんのグラスにワインを注いだ。
「私ね、果歩と愛のことはとっても悲しいんだけど、それでも普段の日常を途切れさせたらいけないと思うの。悲しんでふさぎ込むより日々を重ねて二人を弔いたいの」
「そうだね。俺たちは生きているのだから。亡くなった人を悼むのと引きずられるのでは全く違う。後者にはなんの生産性もない。千尋は立派だよ」
「明さんがそうして理解を示してくれるからよ。人によっては私みたいな決断をしたら冷血みたいにとる人もいるだろうし」
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