私の心臓をつかむあなたの手が冷たくも温かい~収穫祭~

秦江湖

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河北柚香・2

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「刑事さんはどう思います?他人にはわけわかんない理由で人を殺した奴がこうして社会で生きているのって」

小野寺は言葉を考えた。

「やっぱ許せないっすか?」

「いや……無関係な人間には許すも許さないも、そういう権利はないでしょうな。あるとすれば遺族だけ。だけど法の下で罪を償ったのなら、その人が生きることは社会として許されなければいけないと思っています」


小野寺の言葉に河北柚香はなにか言葉を返すことはなかった。

ただ、空を仰ぎ見ているだけだった。

小野寺は河北柚香の横で考え込んだ。


話を聞いて、橋本千尋がどういう人間か、断片的にわかった気がしたからだ。

彼女は恐ろしく忍耐強く、人心を把握する術に長けており、罪悪感を持ち合わせていない。


話し相手の心を見抜いて、欲しい言葉を投げかける。そうやって自分の望む方向に根気よく誘導を続けていく。

河北柚香の場合はそれが両親毒殺だった。いや、毒殺でなくても良かったのかもしれない。


偽りの家族という妄想に苦しみ河北柚香が、苦しみの根本を自ら排除する。人に人を殺させる。それも直接的な言葉は使わずに。


おそらくは小川一華にも同じことをしたのだろう。

彼女は一時期ずっと橋本千尋の影響下にあった。

母親の自殺は?あれは高橋智花たちを誘導した結果なのか?

そうなると小川一華の父親失踪も、実は殺人事件なのかもしれない。


だが、今となっては調べる術もなく、永遠に謎のままだ。

では、橋本千尋がそんなことをする動機はなんなのだろう?

そんなことをしていったい何の得が彼女にあるのだろう?

少なくとも橋本千尋は中学生のころからこうした行為を続けている。


それは何故だ?

「どうしたんすか?」

「いや、ちょっと考え事を」

「千尋のことっすか?」

「ええ。矢島千尋、今は橋本千尋さんですが、彼女はあなたに会う前から、そして会った後も続けているんだと思います。人の話を聞き、導くことを。なぜそんなことをしているのかが私にはさっぱりわからなくて」


「ああ……それね。困っている人を見ると放っておけないとか。助けている自分が好きとか。理由付けはいろいろできますよね。千尋がどうとかは別として」

確かにそうした理由の可能性はある。罪悪感がないゆえに元凶の排除、殺人というゴールに導くのか。


「千尋ってまだ家庭菜園やっていました?」

「えっ」

河北柚香の不意な質問に小野寺は顔を向けた。


「家庭菜園……そういえば確か庭にトマトがたくさん」

「あれまだやってたんすか。千尋って、私と会った頃もやっていたんですよ。家庭菜園。毎日記録までつけて。小学校のころからやっているって言っていましたね。亡くなったお母さんから引き継いだって。自分が育てて成長する、命を育むことが楽しくてやめられないって言っていました」

「そうなんですか」

「もしかしたらトマトの延長かもしれませんね」


河北柚香の一言に小野寺は言葉を失った。


橋本千尋にとってはトマトも人間も、自分が手塩にかけて育てた対象ということに代わりはないのかもしれない。

自分の望む方向に茎をのばし、余計な枝葉を取り除き、実をつけさせて収穫する。

彼女にとっては人に殺人を犯させるのはそれだけのことに過ぎないのではないか?


もしそうなら、橋本千尋は自分やこれまで関わってきた犯罪者も含めた「人間」とは全く違う。

人間社会に人の皮をかぶった「なにか」が紛れ込んでいるようなものだ。そして「なにか」のやっていることを止めることは人間社会にはできない。なぜなら人間社会のルールである法律を何一つ犯していないからだ。


「でもそれのなにが楽しいのか、やっぱ私にはさっぱりわかんないっす」


河北柚香は笑って言った。


「ねえ、小野寺さん。千尋って最近ニュースでやってる連続殺人事件に関わってるんすか?それの捜査じゃないんすか?」

「どうしてそう思うんです?」

「だって失踪事件といい、殺人事件といい、みんな千尋がいた中学校の関係者じゃないすか。それが解決もしていないときに千尋の話を聞きたいと刑事が来る。私みたいな馬鹿でもそのくらいわかりますよ」

河北柚香の横顔は寂し気に笑っている。

橋本千尋は彼女のことを今でも大切な友達と言っていた。


「いやいや、あなたは馬鹿なんかじゃありませんよ。とても頭の回転が速い」

「千尋は逮捕されます?」

「いえ。彼女は犯人ではありません。あなたの話を聞いてそう思いました。彼女のやっていることは今の社会では決して逮捕されません」

「そうすか……」


小野寺は別れ際に、河北柚香から「なにか思い出したら連絡する」と言って連絡先を交換した。



 
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