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本編
3 王子
しおりを挟む僕は壇上をぼーっと眺め、嘆息していた。
先ほどの貴公子は、なんと、アクアリング王国の王子だった。あれほど見事な金髪碧眼だったのに、なんで気付かないの、僕。
新入生代表の挨拶をするアレキウス第一王子殿下の脚の長さたるや、僕の胸くらいまであるんじゃないかな。ゴージャスな美貌にここにいる全員が見惚れてしまって、今ならお口に飴玉放り入れられたって分からないだろう。
かたや一方僕は、女の子のお人形にありそうな桃金髪。金髪の上からサクラルビーの粉を振りかけたような、不思議な色合い。まだ蛍光色ではないのが救いだ。瞳は眠そうってよく言われる垂れ目で、無駄に大きい群青の瞳の中に、星屑が閉じ込められている。これは『精霊の祝福』のせい。
身長だって、低くてちんちくりんなのに、あの人はなんて……羨まけしからん。
それにあの、眼。物腰柔らかな雰囲気であるのに、力強い瞳からは覇気が発せられている。なんだかこちらの方を向いているような気もした。あの眼に見つめられるとこう、そわそわと落ち着かない心地になるからちょっぴり苦手だ。
僕が落ち着かないのは、他にも理由がある。
慣れていることとはいえ、何かに髪を引っ張られてくりん!と跳ねる癖っ毛を抑えなくてはならなかったし、隣の子がとても、すごーく、無視できないほど、騒がしいのだ。
「なぁ、その髪、地毛か?すげー度胸あるな!入学初日に!派手だな!」
ものすごく大きい独り言、やめて欲しい。
この子の声のせいで、周りの人たちが『ぽうっ……』と聞き惚れるほど素晴らしいはずのスピーチが、何も聞こえない。
とはいえ、僕は男爵家の中でも底辺である。人脈も金も権力もない。とにかくどの人であっても口答えや文句を言うことは御法度。
あの、もしかしたら『聖者』だからって神殿に何か言ってもらえるかもって思うかもしれないけど、そうではない。事勿れ主義の神殿は基本的に当てにならないので、つまり、できるだけ隣の子から距離をとるくらいしか出来ないのだ。
「なあって。俺、ショーン、ショーン・クランベリーだ、お前は?」
ついに自己紹介し始めちゃった。クランベリーって、クランベリー侯爵家かな。侯爵家にもちょっと変な人いるんだな……と思ったら、ぐいっ、と腕を引かれた。
「えっ」
「お前だよお前。何無視してくれてんだ?」
「えっ、あっ、僕?僕ですか?」
「お前以外に誰がいんだよ、こんなド派手な頭」
「ええっ!?貴方の方が、とても目立……い、いいえ、なんでもありません」
ショーン・クランベリー様のお髪は鮮烈な真紅だ。三秒くらい残像が残るくらい、鮮やか。
僕の淡い桜色の髪よりよっぽど派手だし、なんなら王子様や、先ほど会ったジキル先輩もなかなか目を惹くお色だったものだから、特別目立ってはないと、思う……。
困惑していると、腕を更にぎりぎりと引っ張られて、ショーン様の顔が近付く。め、メンチ切られてる?
「お前、名前は」
「ロローツィア・マカロンです……」
「ロローツィアか。子犬みてーで可愛いな。俺の取り巻きになるか?」
「遠慮します……」
あああなんで絡まれてるの僕。髪のせいか。しかも子犬だとか僕の身長を揶揄するなんて、絶対に碌でも無い人に決まっている。ぷるぷる震える僕の逃げ場はなく、しかも、そんな彼と同じクラスであるらしい。
入学式を終えて、少しの間校舎の案内ツアーをやってから各教室へと分かれた。ショーン様はいつの間にか、僕の隣を堂々と陣取っている。そのせいか、他の人たちから遠巻きにされている気がした。僕のお友達百人計画に、暗雲が立ち込めてきたぞ……。
とはいえ席は自由らしく、僕は目立たないよう、しかしちゃんと講義を聞けるよう窓際の前方に行こうとした。なのに、ぐい、と襟首を引っ張られてあれよあれよと後方へ連行されていく。ショーン様だった。
「なっ、僕、前に行きたいんですが」
「いやいや、そこじゃ内緒の話も出来ねーよ?」
「しないですけど?」
ちょっと横暴すぎるんですけどこの赤頭さん!
どうにかならないかな、と思っていると、鈴を転がすような声がした。
「ショーン様!可哀想だから、手を離してあげて!」
とても小さくて可愛い人だった。アレキウス王子にも負けない、光り輝く銀髪をくるんと巻いた、美少女。ぽてっとしたさくらんぼみたいな唇が、にっこりと微笑みを浮かべる。
「そのお人、嫌がってますわ!もう、ショーン様ったら、乱暴なんだから」
「はっ?いや、そんなわけないだろ~」
可憐な美少女は僕へ向き直ると、美しいカーテシーを披露してくれた。
「初めまして。わたくし、エカテリーナと申します。バニラ侯爵家の者ですわ」
「は、初めまして、僕はロローツィア・マカロンと」
「あっ、わたくしったら!あん、用事を思い出してしまって。ごめんなさい、ショーン様、少しお時間あります?」
「おれ?思い当たらねぇんだけど」
「あら、少しでいいのです!」
扇でさっと口元を隠したエカテリーナ・バニラ侯爵令嬢は、僕の自己紹介を遮り、視界から追い出すようにくるりと背を向けた。助けてくれたのかと思いきや、違ったみたい……そう感じたのは、優しげな目元が一瞬細まって、睨まれたような気がしたから。
参ったなぁ。女の子たちに睨まれることは多いので、分かる。多分、僕の桃色の髪が羨ましい子たちだ。ごめんね。僕も分けてあげられたらいいんだけど……。
教室がざわりと騒がしくなったそこにガララと扉が開いて、アレキウス殿下も入ってきた。しん、と静まった空気など気がつかないかのように、殿下は僕を見て一瞬無表情になりつつ、他の生徒へ向けては微笑みを浮かべた。
え、今の、何だったの……?
先生が入って来て、ホームルームが始まった。入学したてということもあり、自己紹介をするみたい。
皆んな、まだ15歳なのにしっかり自己紹介するなぁ。僕、前世でもこの歳くらいまでだったから、全然前世の記憶が有効に働いてない。ああ、ドキドキしてきた。緊張する。
「私はアレキウス・ルド・アクアリング。第一王子をやっている。この学園では王子ではなく、アレキウスとして友人になってくれると嬉しい。どうぞよろしく」
アレキウス殿下の時は、けたたましい程の拍手に包まれた。王子だというのに奢ることなく、とても親しみやすい雰囲気で、クラスメイトたちみんな感動しているみたい。
「ショーン・クランベリー、侯爵家の者だ。騎士団長を目指すと共に、アレキウス殿下の側近としても抜かりなく熟そうと思う。みんな、よろしくな!」
ショーン様はとても威勢がいい。男子生徒の何人かがキラキラした目で見つめているので、男子人気が高そうなスポーツ系イケメン。
ショーン様の後は、騎士を目指す生徒の紹介が何人か続いて、今日欠席している人を先生が代わりに紹介し、僕の番が来た。震えそうな声を必死に抑えて、席から立つ。
「ロローツィア・マカロン男爵家が長男です。先日『聖者』の称号を頂きました。浄化する場所はまだ残っているので、これからもしょ、精進したいと思います。よろしくお願いします」
ちょっとつっかえちゃったけれど、なんとか言い終えた。皆んなの反応はというと、……ほとんど無反応だった。
『本当に、あの聖者様?』って声が聞こえるけれど、今生きている聖者は僕だけだと思う。瘴気の溜まる二百年毎に生まれるって話だから。
ショーン様だけがパチパチと拍手をくれて、逆に気まずい。
あ、あれ?……なんだか僕、嫌われて……る?
首を傾げた時、微妙な空気を変えるように、エカテリーナ様が立ち上がった。
「エカテリーナ・バニラです。皆さんご存知かと思いますが、アレキウス様の婚約者ですの。立派な次期王妃となれるよう、頑張りますので、みなさまよろしくお願いしますねっ!」
空気がふんわりと弛緩し、再び歓迎の拍手が鳴る。僕はどこか釈然としない気持ちで、手を叩いていた。
短い休憩に入ると、アレキウス殿下が無表情でやってくる。その後ろに、エカテリーナ様も伴って。
整った顔に、何も表情がないのは恐ろしい。入学式で席を教えてくれた時は優しそうな人だったのに、この短い間で何が彼に起こったのだろう。
一体何を言われるのかとビクビクしながらも席を立つと、殿下は静かな低い声で言った。
「君が聖者だったのか。陛下からも君のことを頼まれたのだが、なにか不便があれば学友を頼るといい。私は何かと席を外していることが多いから」
「は、はい……」
いつも聖者業務をする時は神殿のキャソックを着て、髪も目元もすっぽりと覆うから、僕の容姿は有名では無い。加えて名前もデフォルトは『聖者様』だ。だから今日の自己紹介で初めて聖者だと明かしたことになる。
それなのに、どうしてそんなに睨みつけてくるのだろう……?『聖者』に、恨みでもあるのかな?
エカテリーナ様は、アレキウス殿下の後ろから、僕をつまらないものを見るような目で見ていた。先ほどの自己紹介の時とは全く違う。
アレキウス殿下は僕に近づき、僕だけに聞こえるような声で囁いた。
「聖者とは言え、不敬は許さない。私を籠絡しようなどとは思うなよ」
僕の平穏な学園生活が、終わった瞬間だった。
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