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本編
5 監視
しおりを挟むぼうっとした頭のまま登校する。幸いなのは、聖者として顔が割れたからか、おずおずと興味深そうに見てくる視線も多い。
今日こそはお友達が出来るかもしれない、という気持ちとは裏腹に、ズンと沈んだ気分のままだ。だって久しぶりにオーランドに会えたのに、まさか、エカテリーナ様とちゅっちゅと口付けをしているなんて。
僕たちは幼馴染で、マカロン男爵家はシュガー侯爵家の分家筋にあたる。領地的にお隣ということもあり、赤ちゃんの頃から一緒にいた。
優しくて頼り甲斐のあるオーランドを好きにならない人間なんていない。オーランドも僕を気に入ってくれて、ほぼ毎日一緒に釣りや遠乗りや川遊びなど、たくさん遊んだ。どこに行ってもオーランドは『大丈夫?』とか、『手、出して』と言って色々お世話してくれて。
僕が神聖属性魔力に目覚めると、国の決まりで高位貴族と婚約する必要があった。後ろ盾として庇護してもらうためだ。
そこで、オーランドが……今考えれば、オーランドのご両親が、かもしれないけれど、シュガー侯爵家からの婚約の打診があり、僕も知っている人なので異論もなく、すんなりと婚約が結ばれた。
決まりとはいえ爵位に格差があるから、僕はいち早く聖者となるべく頑張った。もちろん家のためでもあるけれど、自分のためでもあった。侯爵令息のオーランドに見合う、立派な男になろうって。
だから、ここ数年は各地を浄化するのに忙しくてあんまり会えていなかった。それを謝ると、オーランドもオーランドで社交に忙しいから、『気にしないで』と手紙に綴ってあった。だから、文面通り、大丈夫なのだと思っていた。
「はぁ……」
「どうしたんだロロ。昨日の元気さとの高低差がすごいな」
「ショーン様……。おはようございます……」
いけない、切り替えなくちゃ。
隣に座るショーン様は、アレキウス殿下の側近。常に殿下の側にいないといけないんじゃないかと思ったのだけど、そうでもないみたい。
「俺は騎士団長令息に恥じない剣術の腕は持っているが、勉学の方は苦手なんだ。ロロと一緒に、前に座って頑張ることにしたぞ」
「そうなんですか!僕も勉強は苦手なんです。一緒に頑張りましょう」
「そうか!二人で勉強会をするのもいいな」
「えっと……それはどうでしょうね」
ははは、と乾いた笑いを漏らした。ショーン様の奥に座るエカテリーナ様から、じとっとした視線を頂いている。他のクラスメイトの方とお話をするエカテリーナ様は朗らかで可憐な雰囲気なのに、対僕となると途端に表情が消えるのが恐ろしい。
ショーン様が何か言う前に、エカテリーナ様が口を開くと、やはりコロコロと可愛らしい声。
「おはようございます、ショーン様!何をしているんですかぁ?」
「おはよう、エカテリーナ嬢。ええと、今、ロロと勉強会を……」
「えっ?どうしてですか?ショーン様、わたくしたちとも勉強会をしているじゃないですか」
「そうそう。今度からロロも一緒に……」
「いっ!?あ、ぼ僕は大丈夫です!ええ!あの、僕では足手纏いになってしまうに違いありませんから!」
『たち』ってことは、きっとアレキウス殿下を含む側近と婚約者の会なのだろう。そんな所に行けるわけがない!
慌ててショーン様の言葉を遮ると、ショーン様は身体を乗り出して、僕の肩を掴んだ。
「ロロは遠慮しいなんだな!男爵家だし、碌な教育受けられてないんだろ?人を頼るのも仕方ないことだ。おれたち、ダチだろ!遠慮なく言ってくれ!」
「えと……はは、その、大丈夫です。ははは」
僕は、ショーン様に同情されているみたいだ。優しいのか、見下されているのか、分からないけれど、全力で遠慮させて頂きたい。だって勉学は一応、家庭教師にはマルをもらっているもの!
愛想笑いを浮かべてスススと距離を取る。ベンチのような長い椅子なので、できるだけ距離を置いている間に、エカテリーナ様がショーン様に囁く。
『ショーン様っ!彼の監視のためとは言え、殿下に近づけさせたくありませんの。勉強会ではなく、他のやり方でお願いしますわ』
『そうか!?いい案だと思ったのに』
なまじショーン様の声が大きいせいで、丸聞こえである。おーい。監視って。昨日の籠絡と同じくらいのインパクトのある言葉だ。僕って何だと思われているのだろう。
チラリと彼女を見やる。頭についた大きな蝶に似た青いリボン。
僕の婚約者と口付けをしていたのは、やっぱりエカテリーナ様に違いなかった。そのリボンの位置も髪型も何もかも、彼女であることを示している。もしかして、オーランドが僕の婚約者だって、知らないのかな……?いや、知っていたとして、エカテリーナ様の婚約者はアレキウス殿下で、褒められた行いでないことは明らかだ。
気を取り直したショーン様が、ニカッと笑ってこちらへ戻ってきた。何も知らないような顔をして。
「ロロ!そうしたら、おれの使ってた教本!貸してやるよ!参考になると思うぞ」
「あ、大丈夫です。図書棟に行けば事足りますし」
「ええっ?!じゃあ、剣術を教えてやるよ。どうせ基礎剣術だろ?おれが教えればいい成績が取れるはずだ!」
「その、有り難いですが、まだ先生に補講も何も言われていないので……」
うぅん……。断りにくいなぁ。例え、僕を監視する目的で近付いてこようとしているとしても、内容は善意がある。悪いものではないし、ご本人も悪気はなさそうだけど、正直、関わりたくない気持ちでいっぱいだ。放っておいてくれないかな……。
「男爵令息のくせに、ショーン様の申し出を断るなんて……」
それは、傍観者のクラスメイトの囁きだった。誰が言ったのか分からないけれど、やっぱり僕は、嫌われてしまっているみたい。うう、と身を縮こませていると、
「ショーン様、聖者様が嫌がっていますっ!やめてあげて下さい!きっと、お一人でも大丈夫なのだと思います!」
「そうか……?分かった。ロロ、一人でも頑張れよ!」
「はい、激励ありがとうございます」
エカテリーナ様が助けを出してくれて、なんとかショーン様の誘いを断ることが出来た。助けというか、なんというか微妙なところだけど。
それより、ますますお友達をつくるのは困難になったみたいだ。僕はしょぼんとして、一人、机に座ったのだった。
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