僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

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 息を殺した。二人は庭園の奥、放置された茂みの中に隠れているようだ。真上にいる僕には、生い茂る緑の葉っぱに遮られて、気付いていないみたい。


『エカテリーナ様が“手放さないように”て言うから、逃げるあいつを追いかけて仲良いフリをしようって頑張っているのに。誤解されるなんて……もう、やめたくなるっ』

『でも、わたくしから見れば、本当に婚約者を大事にしているように見えて……違う、ということですの?』

『もちろん。好きだとは言っていても、それは。嘘じゃない。本当はエカテリーナ様をいるんだ。結ばれることはないけれど……』

『わたくし……信じます。オーランド様……』


 二人は徐々に体を近付けて、やがてキツく抱き合った。ぴちょぴちょと水音がして、たまらず【聖なる耳】を行使すると、音は聞こえなくなった。


 あれ、おかしいな。目に涙の膜が張っていた。こぼれ落ちそうになるのを、上を向いて必死に抑えた。オーランドの言葉は、単なる、“フリ”だったんだ。僕のことなんて、とっくに大事な存在ではなくなっていたんだ。



『……あんっ、もう、行かなくっちゃ。オーランド様、では、わたくしを嫉妬させない程度にして下さいますか?毎日、あなたのことだけを思っていますから』

『分かった。難しいな……っ、でも、エカテリーナ様のために、やってみるっ!』

『頼みましたわ』


 音もなく、涙が落ちていった。頼れる幼馴染だと思っていたのは、僕だけだった。もうこのオーランドは、僕の知るオーランドではないと、分かってしまった。


『学園を卒業さえ出来ましたら、婚約は破棄して頂いて結構ですから。それまでの我慢ですっ』

『そうかっ。あと三年……頑張るから、もう少しだけ、口付けを』

『あんっ……』


 そこからまた、音は聞こえなくなった。二人が去ってしばらくした後も、僕はそこから動けなかった。あたりが真っ暗になってようやく、トタンと地面へ着地し、猫ちゃんを解放する。

 猫ちゃんは、僕の落とした涙をかりかりと掘っていた。


「オーランド……」













 休日は、オーランドの顔を見たくなくて早朝に街へ逃げることにした。

 学園の外には街が栄えていて、外出許可を取れば自由に出ることも可能。高位貴族の方々は護衛騎士と一緒に出るみたいだけど、僕には必要ない。この街には警備の衛兵もいるしね。

 綺麗に整えられた花束。花屋さんだ。かつてオーランドには『清純』を示すクリスタルリリーを貰ったことを思い出す。

 クリスタルのように見える、花びらが薄くて透き通った百合の花。すぐに枯れてしまうそれは庶民には手の届かない高価なお花で、貰った時はとても嬉しかった。

 嬉しすぎて神聖属性を付与し、結晶化させて保存してあるなあ。もう、捨ててしまった方がいいのなぁ。


 そう考えながらぼうっと眺め、ほうっとため息を吐き、ぼうっとベンチで蹲っていた。


『ねぇ聞いたー?聖者様って、淫乱らしいわぁ』

『えーやだぁ!そんな人に治癒されたくないわ!』

『言えてる言えてる!でもどうせぼったくり価格なんだから、あたしらみたいなのには縁がないわよぉ』

『それもそうね!』


 自分の噂話。淫乱ってなに。聖者ぼくがオメガだってバレてる?
 なんだか、僕が色んなところで、男を食べる恐ろしい怪物のように囁かれていて、げんなり。

 正直、愛とか恋とかってよく分からない僕が、どうやって淫乱になるんだ。それに、僕を貶めた人は一体何をしたいのか。ただ気に入らないということだけで、こんなに噂をすることはないでしょう?

 僕は聖者というお仕事を真面目にやっているだけ。慈悲深いとか優しいとか、聖者に期待するイメージはそれぞれあるかもしれないけれど、違うからと言って非難しなくたっていいじゃないか。

 僕は結構、怒る時は怒るんだからねっ!

 むしゃくしゃした僕は冒険者ギルドへと入った。適当な討伐依頼を受注すると、冒険者の格好になって森へと分け入って行く。


 ぷんすか!


 王都に連なる森は、あまり攻撃性の高い魔物は出ない。というのも僕はかつて、ここを浄化したことがあるから。
 【聖なる導き】で、“茸猪マッシュボア”を探す。いるいる。茸の生えた猪。赤いポップな茸もまぁまぁ美味しいし、猪肉はとろけるように美味しいんだ。


 ぽこん!ポコン!


 僕の杖が間抜けな音を立てて、茸猪を倒していく。このくらいの魔物なら余裕で討伐出来る。けれど、これ以上の魔物となるとちょっと頭を使う必要がある。

 神聖属性の魔術は防衛に長けてはいるけれど、攻撃するものは無い。ただ、たくさん鍛錬を積めばそのうち『啓示』を受けると期待している。それまではこの、ミスリルの杖でなんとかするしかない。

 十以上の茸猪を叩きのめすと、いくらか気分は晴れてきていた。茸猪の素材は捨てるところが少ないから、ほとんどを【聖なるポケット】へ仕舞う。

 このポケットはとても便利で、時間も停止するし容量は無限大なすぐれもの。“聖なる”が付いているのは、呪いの道具なんか入っていても勝手に浄化されるから。浄化を依頼されたものを漬けておく、“ぬか床”代わりにも使える。魔力も使わずに解呪できるので、おすすめ。

 それから、見かけた果物も採取した。僕、果物好きなんだよね。特に桃。前世では農家さんが育てていた桃だけど、この世界では野生が基本。そのため冒険者の依頼で絶えることは無く、買うと結構お高いのだが、自分で取ればタダである。


 目の前には美味しそうに熟れた桃。ふふふ!もう何個も収穫したけど、いくらあってもいい。だって【聖なるポケット】へ仕舞えば腐ることも潰れることもないし!


 そう思って手を伸ばすと、しゅる、と何かが足に巻き付いた。


「っ!」


 咄嗟に木の幹へ駆け上がり、蔓を切断する。着地と同時に落ちてきた桃をそっとキャッチして、ほっとしたのも束の間、足元がブチンと嫌な音をたてて地面が崩れていく。


「うわぁぁぁぁあ!」


 ズシャーッ!


 蔓が潰されて、ドロドロの粘液と共に穴へと落ちていく。ちゃっかり桃は聖なるポケットに仕舞えたけど、かなりの深い穴。

 長いこと落ちた僕は、クッションのように積み重なった蔓に受け止められた。ポスンと着地した僕に気付き、巻きつこうとする蔓。すかさず【聖火】を付けると、恐れるようにザワザワと退いていく。

 蔓が退いていったそこには、洞窟のように道が続いていた。ネトネトした粘液を【清浄】で取ると、足元でパキリ、軽いものが割れた音。


「わっ……、なに、ここ……?」


 暗い。魔道具のカンテラで周辺を照らすと、足元に砕かれた白い塊。それは、白骨のように見えた。……ま、ま、まさか、人じゃあないよね?


「早く上がらなくちゃ……」


 ムカムカしていたせいで、警戒を怠ってしまったみたい。地面に落とし穴があるのに気付かないなんて。

 しかし上を見上げると、小さな丸い空が遠くに見えるだけ。伝っている蔓は僕を捉えようともぞもぞ動く割に脆く、登るのは困難そうだ。


「別の道を探すしかないかぁ……」


 こんな時にも使える、【聖なる導き】。金箔を散らしたような道が、僕を出口に導いてくれる。これに従って、洞窟の奥へテクテク進むことにした。






 暗い道に、僕一人。ブーツの立てる音の他に、空気の通り過ぎるヒョォォオ、という音や、なにか足の多い虫のひたひた走る音。ゾッとするよね。早く出ちゃいたいや。

 洞窟は入り組んでいて、分岐はもちろん、上がったり下がったりと、【聖なる導き】がなければ無事に出てこられなかったかもしれない、巨大な迷路になっていた。帰ったらギルドに報告しようっと。それだけ危険なものだと思う。


「まだ続くんだ……長いなぁ」


 大分歩いて、体感は夜。でもまた一つの分岐を通り過ぎようとした時、何かうめき声のようなものが聞こえて、足を止めた。

 ぴたっと静止して、もう一度よく耳を澄ませる。風の音かと思ったけれど、それよりも、地面を這うような、弱々しい音だ。


「誰か、いるの?」

『……うぅ』


 その返事を聞いて、僕は駆け出した。



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