僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

12 保護

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 小部屋のような行き止まりに、彫像ちょうぞうがいた。



 なぜこんなところにムキムキの彫像がいるのだろう、と不思議に思った所で、その彫像の口元が僅かに開いたのに気付く。

 衣服の上からでも分かる、屈強な身体を持つ青年は、魔力で長いこと身体をコーティングしていたのだろう。それはそれは見事に洗練された、揺らぎのない魔力の被膜。

 それはほんの少しだけ解けたものの、まだまだ彼自身は動けない様子だった。魔力の被膜が、硬く結晶化してしまっていた。

 それなのに僕を見る目だけはギラっと輝いて、とても美しい。生への執着、そして希望が、轟々と燃え盛る烈火のような深紅の瞳。


「もう大丈夫。僕が、そばにいるからね~」


 駆け寄って膝をつく。瀕死な人ほど、少々お間抜けに聞こえるくらい軽く、優しく声をかけるのは、安心させたいから。

 ぶわりと【聖域】を広げた。青年に細く絡みついていた蔓が、霧になってジュワッと消滅する。


 この人の生命力を、細く長く奪っていたんだ。太い蔓なら気付いても、小さな蔓は気付けなかったのかもしれない。もしくは、もうその時には既に動けなかったのかも。
 
 胡座の体勢のまま動けない男の人は、僕より高位の冒険者の服装をしているように見えた。とりあえず触れて診察すると、かすり傷程度の怪我はあるけれど、他に外傷はない。さらっと治癒し、清浄して綺麗にする。

 魔力コーティングは本来、自分で解除しなくちゃいけないのだけど、この人は長くやりすぎた。なかなか解除出来ないでいる。でも、安心して!

 僕は【結晶化】の魔術を持っている。つまり、結晶化の逆、他人の魔力の結晶化を解除することも出来る。僕の魔力が混ざってしまうから、相手の方は気持ち悪いかもしれないけれど。


「ちょっと失礼するね」


 青年の両手を取って、魔力を探る。やっぱり洗練された魔力の被膜だ。僕の魔力で、少しずつ溶かしていくと、やがて糸の切れた人形のように、男の人はがっくりと崩れ落ちた。


「たす……かっ、た……」

「うんうん。僕で良かったね~」


 持っててよかった僕の桃。【聖なる調理器具】を召喚して手早くすりおろし、口に含ませる。ああ、と声にならない細いうめき声。ちなみにこの調理器具で調理したものは、たとえ泥で汚れていようが毒に侵されていようが綺麗さっぱり浄化される。まぁ、桃は問題ないけど。


 一応この迷路みたいな洞窟の中に、他にも生存者がいるかもしれないと探ってみる。けれど、【導き】は仕事をしなかった。いないということみたい。この人一人で、よく生き延びられたね……。


 聖域の中に、天幕を組み立てた。一人用なのでとても狭い。でも、無いよりマシだよね。再び気絶した男の人を苦労して運び入れると、僕の寝る隙間は殆ど無かった。……く、いいもんね。おチビな僕は、無理やり隙間に入る。

 生命力を回復するのは、治癒では効果が薄い。身体は逞しいままに見えるけれど、カロリーをたくさん取って、保留した飢餓分を取り戻さないとね。

 長く伸び切った黒髪。僕の憧れの主人公みたいな、真っ黒な髪。少し撫でた後、『よく頑張ったねぇ。もう休んでいいよ』と声をかけ、僕も休息を取ることにした。







 翌日。寝起きにめちゃくちゃな美貌の暴力をくらって、大変目覚めが良かった。この人、こんなに瀕死なのに攻撃力高い。

 未だ目を覚さない男の人を背負おうとしたけど出来なくて、どてっと押しつぶされてしまった。無理だ。この体格は無理だ……!
 と思ったところで、男の人の目が覚める。


「すま、な……、歩、く」

「えっ、無理だよ、そんな」


 彼は自分を魔力で覆うことで硬化させていた。飢餓から生き残るためだと推測する。修行をする人なんかはこの技術を習得していて、僕もそう。そうすることで少しずつ魔力が増えるから。
 とは言え絶対に何日も続けてはいけない。この人のように、飢餓と硬化で死んでしまう。

 そんな瀕死状態の彼に歩いてもらうなんて、どだい無理な話。でも、彼の意思もなかなかに堅かった。

 正直、助かる。彼の歩けるようになるまで付き合うとなると、学園が始まってしまうもの。
 なんとか立ち上がらせると、ずり、ずり、と足を動かしている。
 僕はハラハラと見守りながら、彼を支えた。僕のミスリルの杖を握らせてやって、右は杖、左は僕を支えに、少しずつ進める。


「僕はね、便利な魔術が使えるから、すぐに出られると思うよ~」

「……たす、かる。が……道、変わる、ぞ」

「大丈夫なんだって~」


 僕は有言実行の男、ロローツィア・マカロンだ。

 その後言葉通り、【聖なる導き】を頼りに一度も迷うことなく、洞窟を出た。へへん!とドヤ顔をする前に、横穴から出た途端に“消失蜂バニッシュビー”の大群に襲われたのはビックリした。


「わ、ラッキー!」


 攻撃する時速すぎて見えなくなる消失蜂さんだけど、その前に【聖なる眠り】でボトボトと眠りに落としてしまえばいい。蜂さんを聖ポケットへ次々と収納する。次から次へと湧いてくる蜂さんを追っていけば、巨大な巣もゲットだ!はちみつハチミツ~!

 消失蜂のつくる蜂蜜は琥珀蜜こはくみつと呼ばれる、高級食材だ。きらきらと光り輝く琥珀のような塊も含まれていて、不思議な舌触りがクセになる。かなりお高く売れるだろうけど、弟たちにもあげたいから、聖ポケット行きだ。こういうところがあるからお金が貯まらないんだろうけど、許して!

 あ、そうだ。この男の人にもあげよう。首からぶらぶらと揺れるネームタグを見ると、『グレイ』とあった。グレイさんね。えっ、Sランク冒険者じゃないか!何があったんだろ?

 Sランク冒険者といえば冒険者たちの憧れ、スーパースター、超人的ヒーローだ。衛兵の代わりに暴漢を制裁、捕縛出来る権利もあり、人格的にも優れた者しかなれない、厳しい試験がある。
 僕も試験を受けてみたけれど、ソロでは決定打に欠けてダメだった。パーティーは組む気がないから、Aランク止まりである。

 そんなグレイさんに何があったかわからないけれど、消失蜂の琥珀蜜は滋養に良いので、乾いた唇に塗ってあげた。失礼します、っと。


「グレイさん、これ、美味しいからね」

「……さん、は、いらな……ありが、とう……」

「グレイ?でいいのかな。そうだ、休憩しよっか」


 僕ら二人とも、玉のような汗をかいてしまっていた。それなのにむしろグレイからは良い匂いがするものだから、イケメンとは香りすらイケメンなのかと嘆息する。

 グレイのぎこちない動きを支えながら座らせて、昼食を食べることにした。グレイはまずは薄い粥からね。と思って作ったのだけど、鍋いっぱい作ったはずの粥がぺろりと吸い込まれていて驚く。ええっ、すごい……。鉄の胃をお持ち?


「グレイ、無理しないでいいよ?」

「大丈夫……だ。もっと、食べたい。うまい」

「ええ……」


 回復速度が異常なほど速い。Sランク冒険者だから?口も少しずつ滑らかに使えるようになってきたみたいだ。

 デザートの白桃を分けて食べて、また街を目指す。てく、てく、ずり、ずり。
 ゆっくりとしか変わらない単調な森の景色から意識を逃れさせるために、グレイへぽつぽつと話を聞くと、もう何度目かの驚きか分からない驚き。


「えっ、グレイ、同い年なの!?」

「……そう、だ。15」

「みえな……っ、あっ、ごめん、大人っぽくて!」

「よく、言われる」

「ほわー、そうなんだね。そっか、たくさん鍛錬積んでいるからかな……落ち着いているよね」

「そう……か?」










 少しグレイと仲良くなったところで、王都の神殿にたどり着いた。体力のある僕でも、さすがに重たく感じていた。命って重い。


「はぁ、ふぅ、すみません、ニコラさん。診療所のベッド、空いて、ますか?」

「あれぇ、ロロちゃん。またなんか拾って来たん?」

「はいぃ、こちら、グレイ、さん、です」

「世話に、なる」


 普段は主婦なニコラさんだ。とても気の良い人で、神殿のお手伝いをしてくれている。
 グレイの動きは急速に良くはなっている。けれどまだ一人で歩けはしないので、ここで療養しないとね。


「はふゔぅぅぅ、はー、やっと帰ってこれました。ニコラさん、この人かなりギリギリだったんです。元気に見えますけど、生命力ギリギリですから」

「そのようさねぇ。ちょっとあたしだけだと不安だねぇ……」

「僕も……、放課後、見に来るようにします」


 グレイはベッドに横たわると、疲れていたからかすぐに意識を失った。出来るだけ治癒をかけたけれど、これ以上は入っていかない。つまり、治癒ではなく休息、休養が必要なのだ。


「それならあたしも安心だよ。何かあったら伝書鴉を飛ばすさ」

「あっ、……は、はい。がんばります」

「あんたも難儀だねぇ」


 ニコラさんはがっはっはと大きな体を揺らして笑った。伝書鴉はよく僕を果物だと勘違いするのを知っているからね……。

 出来ればまた、あの美しい深紅の瞳を見たかったな。
 ギルドにも帰り道がてら、さらっと報告して、寮へと帰った。










「ロローツィア」


 びく、と足を止めた。もう疲れた。眠たいよぉ。
 そんな気持ちを全部覆い隠して、振り向く。


「お、オーランド……」

「今帰って来たの?遅くない?何してたんだっ?……部屋においでよ。ミルクもあるから」

「えっと……いや、ううん、大じょ」

「ほら」


 ぐい、と強引に手を引かれる。その仕草はとても切羽詰まっていた。あまり見ない幼馴染の表情に気を取られているうちにオーランドの部屋へ連れ込まれ、扉を背にして抱きしめられていた。


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