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本編
13 理由
しおりを挟む「オーラン、」
「最近、冷たいね」
「え」
視界はオーランドの胸板だ。前までなら安心感を与えてくれていたこのハグは、今は不安感を煽る。耳に届くオーランドの声は遠く、知らない人みたいだ。
やっぱり、連絡を取り合うことも出来なかった数年間で、僕たちの間には溝ができてしまっていたみたい。
こんなに強引に、迫ってくる人だなんて、微塵も思っていなかったもの。
「オレはロローツィアに学園で会えるの、楽しみにしていたのに。避けているよね。他のアルファと親しくなっているし……ちょっと、焦ってしまったのはオレが悪かったけど……ロローツィアも、ひどいよ」
「あ……あの……ごめん……」
「お詫びに、なにしてくれる?ああ、そうだ。キス、しよっか。手とか、頬はだめだよ。口に」
う。まさか、そんな要求をしてくるなんて。愛しているのは、エカテリーナ様なんじゃなかったの?
オーランドは身体を離すと、僕を見据えた。薄暗い夜の部屋の中で、オーランドの焦茶色の髪が月明かりの逆光で、黒髪に見える。
少し、怖い。こちらを見るオーランドの瞳は、本当はシルバーに輝くことを知っている。今は仄暗く翳っていて、僕がそうさせていることに心が痛んだ。
大好きな幼馴染。だけど、口付けとか、そういうことは、したことがない。
僕がオメガとして、男として未成熟だから。これまでオーランドに要求されたこともなかったし、それでいいと思っていたけれど、なぜ、急にそんな要求をするの?
オーランドの唇を見るたびに、エカテリーナ様を思い出す。ここに、同じもので触れていた。その意味を、僕は知らない。
「……あのね、オーランド」
「何?これ以上は、待てないよ、オレ」
吐息のかかる距離で、両頬を包まれた。互いの呼吸の震えさえ、伝わってしまう。
「僕以外と、口付け、していたのって……何で?」
ひゅっ、と息を呑む音がした。
「僕、わからないんだ。どうしても。人工呼吸でも魔力譲渡でもないし、婚約者は僕。それなのにどうして、他の人と口付けをする意味があるの?」
「……は、はは、ロローツィア。オレは、お前以外と口付けなんか……」
「見ちゃったんだ。……その。覗き見したようで、悪いんだけど」
「……」
パタリと、オーランドの手が力を失い離れていった。
顔を覆い、深い深いため息をついている。僕だってつきたい。
「あれは、練習で……、そう、練習だった。口付けの。ロローツィアにかっこ悪いところを見せたくなくて」
「えっ……それなら僕も、練習してこなくちゃいけなかった?他の人で」
「ロローツィアはダメだっ!」
「……おかしくない?」
「オレはアルファだ。リードする方だからさっ」
がし。再び肩を掴まれた。見上げると、焦っているようなオーランドの顔。昔は輝いて見えたのに、今は色褪せていた。
やっぱり、どこか納得できない自分がいる。
今度は腰を抱かれて、体が押し付けられる。ゴリっとしたものを押し当てられて、そわそわする。えと、これって、もしかして。え?なんで?
ふーっ、ふーっ、と、荒い息をどうにか殺そうとする呼吸音が、恐ろしい。喉笛に噛みつかれるギリギリ一歩手前にいるみたいだ。
「ははっ、もしかして、ヤキモチ?嬉しいな。初めてじゃない?ロローツィアがヤキモチやいてくれたの」
「ち、違う。そんなんじゃない。僕は、理由を聞きた」
「大丈夫だよ。オレには、ロローツィアだけ。安心して……」
近付いてくる唇。エカテリーナ様と合わさったことのある唇。エカテリーナ様に言ったのと同じ言葉。
今まで、オーランドから額や手の甲に口付けをされたことはあった。くすぐったくて、幸せな気持ちになったあれと同じはずなのに、今はどうしても、避けたかった。
「ごめん。ごめんね、オーランド。僕は、できない」
「……なんで?嫌いになった?」
「わからない。オーランドのことが、わからないんだ」
「オレはずっと言っているじゃないか。ロローツィアだけだって!」
強引に引き寄せられて、後頭部を押さえつけられる。あ、と思った時には口を塞がれていた。
「っ!」
「んん……!ロローツィア……」
れろれろと舐るようにして、唇を食べられている。正体のわからないゾワゾワとしたものが足の指の隙間から上がって来て、硬直した。嫌悪感でビリビリと鳥肌が立つ。
「くち、開けて。……ロローツィア?」
できない。身体は板のようにカチコチに固まって、動けなくて、呼吸すら虫の息で。
強引にシャツをたくし上げられそうになり、更に血の気が引いた時、ドンドン!と扉を叩かれ、僕は崩れ落ちるようにして解放された。
グレイリヒト・シュトーレンが見つかった。魘されるように『桃金の髪の美少年』を呼んでいる。
その言葉だけで真っ直ぐに僕を探したアレキウス殿下。僕の部屋が空だったので、婚約者の部屋を当たってみたら正解だった、みたい。
僕は腰が抜けて、プルプルしてた。産まれたての子鹿のような僕を、待ってくれないアレキウス殿下。颯爽と抱え上げて攫い、馬車に乗り込み、再び神殿の診療所へと連れていった。
光景が目まぐるしく変わる。さっきまでいた診療所の、グレイの寝台の前に、ポスンと設置された僕。グレイは熱が出ているのか、苦しそうに魘されていた。
「聖者殿に命ずる、グレイリヒト・シュトーレンを助けてくれ。国にとってとても大事な人なんだ」
「もちろん、と言いたいですが……」
「何か必要ならすぐに持ってこさせよう。何でも言ってくれ!頼む!」
先ほどまで酸欠だったので、頭がくらくらする。アレキウス殿下ったら容赦ない。けれど、そんなこと、グレイに関係はないものね。努めて頭を冷静にさせると、診察をする。
……うん、大丈夫、身体に病魔がいる訳でもなく、ただ身体が戦っているだけ。というかさっき診たよ!
ちょっと高熱過ぎるので、額に手を当てて、少しだけ下げる。今、体力の無さそうなグレイにはキツイだろうから。ついでにちょっと浄化のキラキラを振りかけておく。『なんかやってる』感を出すためのパフォーマンスは必要だ。
全く王家ったら、人使いが荒い。聖者な僕を『速い・確実・ついでに色々治る』万能薬として扱う。まぁ、報酬が良いので構わないのだけど、学生中は聖者としての活動は最低限にするお約束。
僕の治癒を頼らなくたって、お医者様も薬師もいる。大抵は水属性の魔術を巧みに使って施術を行うプロ。だから、僕が入学してからは“プロでも匙を投げた人”だけに限定していた。今のところゼロである。グレイだって、要観察だけど付きっきりじゃなくてもいいと思うなぁ……。
でも、“国にとって大事な人”ってことは、高位貴族だったんだね。シュトーレンってどこかで聞いたことがあるもの、間違いない。呼び捨てになんか出来ない人じゃないか。なんだか、残念な気持ちだ。
苦しそうな息を吐きながら、不意に瞼が開いた。パチリと目が合う。あ、やっぱり綺麗な瞳。うっかり見惚れていると、グレイは額に当てていた僕の手を取った。
あれ?もう要らない、って?
慌てて手を引っ込めようとすると、なにか、唇が動いている。なに?
「このまま、で」
僕の手を握ったまま、またグレイはとろとろと眠りに落ちていった。
「……ありがとう、聖者殿。重ねて礼を言う」
「特別大したことはしていません。その、今日はここで寝てから登校してもいいですか?……僕、疲れてしまって……」
疲れがピークに達していた。グレイの個室に簡易ベッドがあったので、借りてしまおう。ふぁ……。
「ああ、詳しい事情はまた今度にしよう。学園にも届出を遣わせておくから、今はゆっくり休んでくれ。それにしても、何故か……私まで、どこか軽くなったような気がするのだが」
「はい。先ほど【浄化】を使ったので、グレ……シュトーレン様の近くにおられた殿下にも、ほんの少しばかり余波が届いたのでしょう。悪影響は及ぼしませんので、ご心配なく」
「そうだったか……頭が、すっきりした。ところで殿下ではなく、アレキウスと呼んでくれ。ではまた」
「えっ、えっ……?で……アレキウス様も、お休みなさい」
「ああ」
殿下、と呼びそうになるとカッと目を見開かれて怖かったので、慌てて言い直す。途端に柔らかく笑ったアレキウス様は、僕の髪を一筋撫でて、出ていった。
さすが貴公子……。絵になるなぁ……。
「ふぁあ……」
視界がぼんやりしてきた。あまりに眠たかった僕は、アレキウス様がなにか考え込みながら帰って行ったのにも気付かず、サッサと寝る準備をする。
部屋全体を【聖域】で包み、薄い毛布に包まった。【聖域】には回復促進効果もあるから、グレイにも良い影響を与えるだろう。お休みなさい。
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