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本編
26 復帰
しおりを挟むグレイは日に日に、目に見えて回復していった。
勃起し続けるのも段々治ってきたみたいで、あと数日で僕のお仕事も終わるだろう。
仕事といえば、浄化対象者を続々と対処している。全身黒づくめの怪しげなお兄さんたちや、騎士さんたち。彼らのピンク色の塊はジキル先輩よりも濃かったから、原因となるものに良く接触していると想定された。
今日も汗だくになるまで鍛錬をし、寝台に横たわったグレイと一緒にホットミルクを飲む。トマムさんに作ってもらった、琥珀蜜入りだ。
「ロローツィアの側は、とても居心地が良い……」
「ふふ、聖域の効能は、健康になるまでだよ。今のうちに堪能してね」
「聖域が無くとも変わらないと思うが。そうだロローツィア、俺の武器について、進展があったらしい」
「……仲間に託した……ものだったよね?」
グレイの寝台の側に置かれた、僕用の椅子に座る。グレイの深紅の瞳が僕を見る時、いつもきらきらと輝いているように見えて眩しい。
「ああ。アレキウスがギルドに掛け合ってくれて、所持していた人間を見つけた。元仲間が売ったらしい。杜撰な管理でボロボロになってしまっていたから、諦めて新しいものを作ることになった」
「それはまた……辛いね。相棒なのに」
「まぁ……手放した俺の責任だ」
「でも、元仲間の方達が生きていて良かったね」
「ああ。俺の武器を売ったのも、俺が抜けて冒険者としての稼ぎが少なくなって、やむを得ず……だったらしい」
「そっか……グレイがそれでいいなら」
「生きていると分かってホッとした」
安堵している様子のグレイに、この人は本当に優しいんだなと感心する。道は別れても、仲間を大切にする姿勢は潔くて男らしい。
「きっと元仲間の方々も、今頃グレイに感謝していることだろうね」
「……どうだろうな」
「え?」
小さくて聞き取れなかった呟きを聞き返す前に、グレイはクスリと笑った。
「前にロローツィアと少しだけ森を歩いただろう。きっとパートナーを組めば楽しいだろうと思った」
「え!本当?嬉しい!」
ぴょんと飛び上がるくらい嬉しい!だってだって、Sランク冒険者のグレイにだよ?
「ロローツィアの野営の手際の良さも、魔物に対する対応力も、魔術の使いこなし方も、俺の元仲間とは比べ物にならないほど熟練していた。素晴らしかった」
「えへへ、そう?でも、力が弱いから……力仕事が出来なくて。これでも、鍛えてはいるのに」
「ああ、よく鍛錬していると感心する。むしろ何故?君は、聖者なのだから鍛える必要はないだろう?」
「うぅん、でも浄化をするのに魔物は寄ってくるから。守られていても怖いものは怖い。だから、自分でも倒せると自信を持てたら、怖く無くなるんじゃないかって。ただ、そこまで強い魔物は倒せないけど」
「強いな……ロローツィアは」
胸の奥がもぞもぞする。嬉しくてみっともなく上がりそうになる口元を抑えた。聖者だから、聖者なんだから、努力するのも当たり前だった。結局自分のための努力だから、それでいいとも思っていた。
でも、これまでの頑張りを認められたようで、じわじわと温まるように嬉しかった。
同じ部屋に寝ていることをどこから知られたのか、予想通り『聖者は自室に戻る暇もないほど渡り歩く、ふしだらなオメガだ』という噂が駆け巡った。
グレイが授業の予習を出来るようになって、その噂に気付いたものだから、もうこの仕事はお終いにすることになった。とはいえアレキウス様が連れてくる人たちの浄化は、グレイの部屋で続ける。
全く関わりがなくなるという訳でもないのに、少し、違う、かなり、胸の辺りがスースーした。
花びらベッドは仕事の報酬の一部でもあったので、それを自室に移させてもらう。聖ポケットに入れて仕舞えば持ち運べるから、楽ちん。
僕は寂しさを誤魔化すように、ついてきてくれたグレイに聖ポケットの有用性をぺちゃくちゃと喋った。
「容量も重さも無視できるから、どれだけ買い物をしても大変な思いはしないし、腐りやすい果物なんかも新鮮なままなんだ。僕がレストランを開いたら廃棄知らずで、引っ越し屋さんも一人で出来るんだよ」
「素晴らしい魔術だ。おそらく過去の聖者もロローツィア程の魔術は授かっていないだろう。聞いたことがない」
「はは、どうだろうね?あ、もう着いちゃった」
グレイを連れて入る自室は、殺風景で小汚く見えた。清潔ではあるけど、設備が古いままだからか。
備え付けのギシギシする寝台の代わりに、花びらベッドを設置する。あんまりに部屋に似合っていなくて、不自然過ぎた。うーん……使う時だけ出して、普段は聖ポケットに仕舞っておこう。
「わざわざ、ありがとう。グレイも、普通に歩けるようになって良かった。本当に早かった……」
「ここまで早く復帰できたのはロローツィアのお陰だ。ありがとう」
「ううん、仕事だから……」
「でも、俺とロローツィアは、友人だろう」
「!うん!そうだね!」
「だから、これからもよろしく」
「うん……!僕こそ、よろしくね」
嬉しい。アレキウス様やジキル先輩たちもおともだちだけれど、グレイも友人だと言ってくれるなんて!
舞い上がって握手をしてもらうと、グレイの口角がわずかに上がり、彼も喜んでいるのかなぁ、なんてふくふくした。
「友人としての誼だ。いくら警備が強化されたとは言え、この部屋は、セキュリティが甘い。取り急ぎ扉を贈らせてくれ」
「なんだって……?」
グレイは、僕の部屋に不服があるらしい。後日、僕の部屋の扉がアップグレードした。
これまでの引っ掛ける鍵じゃなくて、ちゃんとした鍵のある扉。それでもグレイは不満らしく、もっと良いものをオーダーしているらしいのだけど、……そこまで、必要とは思えないなぁ。僕、聖域使えるし……。
それに、先日寮へ入ろうとした不審者も捕まったみたいだし。多分もう大丈夫だと思う。
けれどグレイの厚意を無碍にするわけにもいかず、僕は感謝して使うことにしたのだった。
僕の友人は少ないので、僕のふしだら疑惑の噂を間に受ける人も多く、残念なことに、オーランドもその一人であった。
呼び出されたのは、あの不気味な温室。上級生の使う温室らしく、絶好の逢引きスポットなんだって。へえぇ、さすが、経験者は物知りだねぇ。そんな鼻白らむような気持ちで聞いていた。
意外なことに小洒落たカフェテーブルもあって、そこに向かい合って座っている。お花柄ティーセットの可憐さとは程遠い、重苦しい雰囲気だ。温室内に蠢く植物や、小さな蜥蜴がこそこそ聞き耳を立てている様子も、その重たさに同調するよう。
オーランド自ら紅茶を淹れてくれる。何だかおままごとをしていた頃を思い出して、懐かしい。少しホッコリはしたが、オーランドの方は浮かない顔つきだ。
どうしてオーランドの方がその顔をするのだろう。ここで同じように、エカテリーナ様に甲斐甲斐しくお世話をしていたんでしょう?と面白くない気持ちなのは、僕の方なのに。
「ロローツィア。本当に、浮気はしてないんだよね?」
「もちろん。仕事だよ。殿下から説明されたでしょう?」
「聞いている。分かってる。けど、本当に本当なのか?」
目の前に座るオーランドは、苛々していた。険しい顔つきに、背をさすろうとした手を引っ込める。
不安にさせているのは僕のせい。婚約者を不安にさせるなんて、ダメなこと。頭ではそう理解しているけれど、もやもやが募る。あんな場面を見たというのに、僕は、もう、悲しみはなくなっていた。……何故?
そんな僕の様子を見て、オーランドは諦めるような乾いた笑いを漏らした。
「もちろん、信じているよ?ロローツィアが浮気なんかしないって、でも、もう一人のオレが、言うんだ。ロローツィアは、オレなんかより、他の男を選ぶって」
「……元はと言えば、オーランドが、他の人と」
「違う!あれは、違うんだ。ほら、これっぽっちもオレのことを、分かってくれていないじゃないか!」
「……」
「殿下は、分かってくれたよ。もう二度としない。ロローツィアだけ。な?ロローツィアは、信じてくれるだろう?」
テーブル越しに、手を握られた。冷たい手は、僕の手を温めることは出来ず、むしろ体温は奪われていく。
アレキウス様が分かってくれた、なんて言うけれど、オーランドを泳がせるための嘘だ。それに気付かないなんて、なんてお間抜けなの。
オーランドとこれから夫婦としてやっていける気が、全くしなかった。大切な幼馴染ではあるけれど、一度芽生えた不信感は、いま、無関心へと成長したみたい。もう、何も感じないや。
「ロローツィアはオレを男として、アルファとして見てくれていないよね」
「オーランド……。僕はまだ、未熟なオメガで……」
「オレ、やっぱり、そこに原因があると思うんだよねっ」
えっ?
言われたことを、頭の中で再生してみる。
それって、僕が、悪いってこと?
カタン、と椅子が鳴って、オーランドが立ったのが分かった。
「いつまでも子供なロローツィアがいけないんだ。完全にオメガとして開花しないと、オレの良さも分からない。そうだろっ?」
「……それは、どういう……っ?!」
かあっ、とした熱に、総毛立つ。瞬発的に椅子から立ち上がると、健脚なはずの僕の足が、ふらついていた。
「何を、したの……っ?」
「ちょっとした、おまじないなんだっ!」
オーランドは、悪戯が成功したかのように、笑顔を輝かせた。
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