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本編
30 謹慎
しおりを挟むオーランドの使った媚薬によって、僕は強制的にヒートにさせられてしまった。しかもその薬は、元々ヒートの周期のある人ならまだしも、僕のように未成熟なオメガに使うと、ホルモンバランスを大きく崩れてしまうらしい。
そうお医者様に言われてしまった。そのため突然イライラしたり、突然無気力になったりするかもしれないって。年齢と共に徐々に落ち着くと聞いたけど、ちょっと不安だ。
そんなものを婚約者に使い、既成事実を作ろうとしたオーランドの所業を聞いて、カンカンに怒ったのは、実は王妃殿下だった。
現王妃殿下は、とても凛々しく美しい男性オメガであり、オメガの地位向上のため精力的に動いているお方だ。ご自身は騎士の経験もあって腕に自信はあれど、ほとんどのオメガはそうでないことをご存知らしい。王妃殿下が小さい時分には、誘拐騒ぎに多々巻き込まれたこともあるとかないとか。
そんな王妃殿下に、しっかりと教育されているのが、アレキウス様。
僕の体調が回復した頃、既にオーランドは謹慎処分を受けていた。
オーランドはその薬を『信頼できる人から貰った、夫婦間でも使える軽い催淫剤』だと思っていた。僕を追って来なかったのは、僕が嫌がっていてショックを受けたことと、寮の部屋に帰る頃には薬も切れているだろうと判断したから。まさか一度も来たことのないヒートを引き起こす程強い薬だとは、知らなかったらしい。
実際、僕のオンボロな自室からフェロモンがダダ漏れになってしまった。本当に、グレイに仮でもつけてもらった扉が無ければどうなっていたか。ちなみにその時、オーランドは寮に居なかったんだって。別にいいのだけど、なんて無責任なと言いたくなる。
正体不明の薬を盛った罪で謹慎処分となったオーランド。アレキウス様は『彼のおかげでとっかかりが掴めた』と仰ったが、詳しくは聞いていない。
婚約者とは言え、薬を使われた事実は僕を打ちのめすのに十分だった。オーランドとの楽しかった思い出も、会えなくて寂しかった思い出も、色褪せてしまうほどの。
エカテリーナ様との逢瀬を見たことも加算すると、オーランドに対して抱いていた僅かな気持ちも、ぷっつりと消え失せてしまったのだ。
婚約を、解消したい。
あの人を、信用出来ない。政略結婚でもないのに信頼関係のない夫婦など、何の益も無い。
そう考えてしまう僕は、やっぱり冷たいのだろうか。
そう綴った手紙を伝書鴉へ持たせて父さんへ送ると、グレイが慰めるように言った。
「俺も証拠集めに参加している。必ず、婚約を解消させよう」
「へっ?グレイが?」
「正しくは、家の力を使って、だが」
僕の部屋へ遊びにきたグレイは、また新しい扉に交換したことを教えてくれた。元々そういうつもりで作らせていたみたいで、明らかに頑丈で渋いデザインの扉になっている。煌びやかではないのが、この部屋の雰囲気にマッチしていて落ち着く。
「扉を開けるときは、ここから外を覗いて確認してから、だ。鍵穴も勝手に開けられないよう複雑かつ二重になっている。ただし、ヒート中のフェロモンはどうしても、壁や窓などを全て変えないといけないため洩れてしまう可能性が高い。その時は、」
「あっ……そういえば、医務室の横に、隔離部屋があるって。今まで誰も使ったことないらしいけど……」
それは、この学園の生徒にも先生にもオメガがいないから。ほんと、オメガって肩身狭い。きっとそこも、僕の部屋みたいに殺風景で、必要最低限の場所なのだろう。
「俺の部屋を使えばいい。相手も……俺がする。ロローツィアが良ければ、だが」
「えっ」
「トマムもいるし、セキュリティに抜かりはない。不自由も、寂しい思いもさせない」
「……っ」
ぐっ。何か胸を貫かれたような思いで、僕は思わず蹲った。苦しい。何これ。グレイったら、僕をどうしたいの……!?
カッカと火照ってしまったほっぺを手で隠し、何でもない風を装って立ち上がる。グレイの男神のように美しく色気のある容貌や薄い唇を見ていると、後ろめたいような気持ちがむくむくと膨れてしまう気がして、目を逸らした。
「……気持ちは、嬉しい。けど、まだ、決められなくて。ごめんね。早くオーランドのことを片付けないと……」
「その通りだな。俺も一刻も早く片付けられるよう尽力するつもりだ」
「僕も。足手纏いでなければ、役に立ちたい」
……と、言ったのだけど、浄化以外に関して僕は完全にお荷物だった。
フェロモンのコントロールが上手くいっていないのか、他の生徒たちからちょっかいを出されるようになってしまったのだ。
「ロローツィア様。次のヒートは、俺を呼んでください!」
「いいや、おれの方が!」
「ヒートまで待てない。あのフェロモン……はぁ、どうかな、今夜?」
どうやら僕のフェロモン自体、物珍しかったらしい。きっとこの学園にオメガがいないからだと思う。所謂“身体モテ”と言うべきか、身の危険を感じることが多くなった。
例えば、授業中。ショーン様やアレキウス様が隣でない時には、偶然を装って触られたり。
廊下を歩く時も、すれ違いざまに胸や尻を掴まれたり。ひどい時には、服の中に手を入れられたり。
用を足しに行く時が一番危険で、一度個室に引き摺り込まれそうになった。なんとか逃げ出せたけど。
何故なら、僕には精霊の祝福があるから。あくまで精霊の仕業だと気付かれない範囲でだけど、いやだと思えばバチッと強めの静電気が走り、彼らの手を弾く。ただし、死角から忍び寄られると防げないことや、全てを防げる訳じゃない。精霊さんは気まぐれだから。
ジロジロと舐めるような視線に、神経を尖らすのも疲れてしまった。
『聞いたか?聖者が夜な夜な男の部屋に入るって……』
『あのフェロモンはたまんねぇ。いつでも大歓迎だ』
『いいケツしてるよな……』
「失せろ」
漏れ聞こえる下品な会話に辟易としていると、グレイは鋭い声を発した。
僕が復帰してから、グレイは僕の側から離れない上、番犬の如く吠え、生徒たちを散らばらせた。そのインパクトは大きく、女生徒たちの嫉妬の視線も同時に浴びることになる。
「ったく……猿共が」
「グレイ、お口悪い」
「すまない。不快な奴が多いな」
「……そうだね。ありがとう、僕の代わりに怒ってくれて」
「礼を言われることじゃない。俺が、嫌なんだ。可能なら、どこかに隠しておきたい」
「ふふっ、グレイってば、過保護だねぇ」
グレイは元々は僕らと同じクラスだったのに、隣のクラスに編入したらしい。その方が動きやすい……だとかで。残念。でも、アレキウス様の側近としての任務なら、仕方ないよね。
「聖者様っ!」
教室へ入るとすぐに、エカテリーナ様に捕まった。
心配そうに眉根を下げ、祈るように手を組んだ彼女に。
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