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本編
35 苛々
しおりを挟むグレイの部屋に連れてこられて、ようやく僕はホッとした。僕の部屋、扉は頑丈になったけれどそれだけで、プロの方に潜入されるのは簡単らしい。
アレキウス様とショーン様もいたのは、どうやら僕の気分が落ち込んでいるのではと心配してやってきてくれたみたい。でもそのおかげで、知らない人たちにあんな恥ずかしい姿を見られなくて済んだのは、いいのだけど。
バクバクする心臓を押さえながら、トマムさんにホットミルクを頂いていると、ショーン様が僕を見て、爆弾発言を投下した。
「なぁロロ!さっきの見てからちんこイライラすんだけど、抱かれてくんねぇ?」
「……はい?」
「やたっ!じゃあ今日は、おれの部屋に……」
承諾、してませんけど?
マグカップを持つ僕の手を、ショーン様が満面の笑みで捕まえようとするも、別の腕が弾いてくれる。
「ショーン。今すぐ出ていけ」
「なんでだよっ!てか、アレキウスもグレイもそうだろ?あれ見て勃たねぇとか男じゃねぇよ?」
「お前、抑制剤はどうした」
「無理無理、あれはどう見たって無理。すっげーエロかったもん。かつてない勃ち具合」
そこまで言ったショーン様から、不意にフェロモンがふんわり、漂う。甘酸っぱいキイチゴのような、美味しそうなフェロモンだ。チロリと見せる赤い舌先が色っぽくて、僕を誘惑……誘惑?されているの?
舌舐めずりをしたショーン様は、そのまま、パンツを押し上げるブツを見せつけようとして……バチン!と大きな音がした。グレイに殴りかかられたショーン様が、すんでの所で防いでいた。
「怖ッ!ってか、いいじゃん!もうロロとオーランドの野郎との婚約は解消秒読みだしさ、おれとワンナイトしたって」
「お前、この状態のロローツィアに良く言えたな。震えているのに……!」
「だぁかぁらぁ、おれが温めてやるって!」
性懲りも無く快活に笑ったショーン様を、グレイは今度こそ叩き出した。なんだかひっくり返って床に叩きつけられている音がしたけれど、今ばっかりはごめんなさい、心配出来ない。ショーン様、なんて破天荒なお人なんだ。
ショーン様の放ったフェロモンは、アレキウス様が風を操り換気してしまった。僕の体調に変化をきたす前に消滅したみたいで、ポカンとするばかりだ。
バタンと荒々しく扉を閉めて施錠したグレイが戻ってきて、ため息をついた。
「すまない、ロローツィア。あの阿呆のことはこちらでしっかりと情操教育をさせる」
「私からも、申し訳ない。あいつ、体ばかり立派に育って、情緒が全く育っていなかったらしい。ここまでとは思わなかった……発情させられる前で、良かった」
「い、いいえ……お二人が、守ってくださったので!もう、ショーン様ったら、勃たないなら男じゃないなんて、そんなことないのに、ははは」
僕は笑い飛ばそうとしたけど、お二人がスンと黙ってしまったので失敗したみたい。空元気なのが伝わっちゃったのかな。
でも、だ。
やはり僕は、オメガらしいのかな。友人と思っていた人にも、性の対象に見られてしまうのか。自分の変化にも、ショーン様の変化にも、ついていけない。
グレイの部屋の隅をお借りして、花びらベッドを出す。聖域は自分を囲う小さなものだけ。
体をどれだけ丸めてもさすっても温かくならなくて、僕は震えながら眠った。
グレイはとうとう、僕の部屋への信用を無くしたらしい。
夜寝るたび、グレイの部屋へお邪魔させてもらうこととなった。それは治癒目的ではなく、僕の安全上のために。
僕があられもない姿となったことは公になることは無かったのだけど、ショーン様が、変わってしまった。
「なぁ、ロロ、聞いてくれよ。あの日からおれ、お前で抜いてんだけど」
「うげ」
「いっくら抜いてもやっぱホンモノじゃないとダメっぽい。な?一回だけでいいから。おれを助けると思って」
「僕では力不足だと思います……」
「一回ヤったら満足すっからさぁ~」
ショーン様に言ってやりたい。グレイが勃って勃って困っていたとき、僕の力――――おせっかいとも言う――――は丁寧に断って、何食わぬ顔でどうにかしていたよ、と。
あの時グレイに言われた『力になりたいなんて言うんじゃない』という言葉を覚えている。でも、その言葉がなくったって、僕、ショーン様には言いたくないや……。
何をやらされるか、想像もしたく無い。一方グレイは、『僕の嫌がることはさせないだろう』という勝手な信頼があった。だから僕は、力になりたいって思ったんだ。そんなことに、今更気づく。
そしてやっぱり、そんなショーン様を見た噂好きな人たちが、面白おかしく話しを捏造してばら撒いていく。
『ショーン・クランベリーは陥落した』
『次は誰か』
『気をつけろ、つけ込まれるな』
と。もはや想定内というか、予想通り。
その後すぐにショーン様はジキル先輩に捕まり、懇々と説教をされたのか、『マジでごめん。もう言わない』と謝ってくれた。それからはもう普通に接してくれるようになり、ホッとした。
の、だけど……。
「自室を捜査させてもらいました。するとこんなものが見つかりましたよ。……一体なんですか、これは」
「……なんでしょう?」
薬学担当のヤドヴィック先生が持つのは、見たことのない薬瓶。それが僕のお部屋から出てきたみたいなんだけど、あのお部屋、侵入し放題だからなぁ……。
僕の目の奥までしっかりと睨みつけてくるヤドヴィック先生に、ジキル先輩がとりなしてくれる。
「先生。教師陣は、先日彼の部屋に不審者が入ったことはご存知ですよね?その際に紛れ込まされたものだと思われます」
「その可能性はありますが、その前からあった可能性もありますよね」
「それでは、ロローツィアの痕跡があるかどうか、その薬瓶を調べさせましょう」
「しかし、【清浄】しているかもしれない。彼はそのエキスパートだ」
そんなことを言ったら、僕がそれの持ち主でないことは絶対に証明できないじゃないか。
ヤドヴィック先生曰く、匿名の通報があったのだそう。『ロローツィア・マカロンは誰かに劇薬を盛ろうとしている』と。ちょうどその頃王子の元へも、『誰かが王子に薬を盛ろうとしている』という通報があったことから、ヤドヴィック先生は教師の権限で部屋をひっくり返したみたい。
しかもその間、僕はグレイの部屋にいたので知らなかったし、先生は姿を見せない僕に、ますます不信感を募らせたみたい。
「では、先生は何があればロローツィアが犯人ではないと、納得するのですか?」
「……さあ。他に所持していたという人間が出ない限り、無理だろう」
えええっ……それって、ほぼ不可能じゃないかしら。あのすらっとした黒い服の男の人かもしれないし、それより前にあったかもしれないし……その後だって、ろくに施錠した記憶がない。犯人を絞れない。
「この件についてはアレキウス殿下と共に調査します。薬瓶についても専門家に依頼します。まだ犯人と分かったわけでもないのに、先生には人を裁く権利はありません」
「ジキル・ミントくん。私はキミを買っていたのだが、キミもまた、マカロン男爵令息の肩を持つのか?聡明なキミが?」
ジキル先輩はヤドヴィック先生のお気に入り。先輩もまた先生を慕っているように見えたけれど、眉を不機嫌そうにぴくりとさせていた。すっくと立ち上がった先輩は、にこりと笑って僕へ手を差し伸べてくれる。
「行こう、ロロくん。大丈夫、王城付きの精鋭たちが、キチンと調べてくれるからね」
「は、はい……」
まるでヤドヴィック先生はその精鋭ではないよと言外に含むような言い方で、先輩は空気の悪いその部屋から連れ出してくれたのだった。
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