僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

43 アレキウス・ルド・アクアリング/ ロロ

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『神聖属性魔力』を持つ者が貧乏な男爵家出身ということを聞き、国王である父親はささくれひとつでその男爵令息を呼びつけるようになった。


 曰く、『魔術の修練・技巧の向上のため』。

 曰く、『高位貴族との接し方を学ばせるため』。

 曰く、『王族との密接な交流のため』。


 色々な言い訳を最もらしく添えて、父はまだ6歳の子供を呼びつけた。

 その対象は、父親の腰痛だったり、祖母の足の痛みだったり、従兄弟の青痣あおあざだったり。

 王城にはかかりつけの薬師も医師も居るというのに、父は男爵令息を使う。表向きは立派でも、私には『今のうちから存分に使い倒し、それが当然のことだと洗脳する』のが目的なのだと判っていた。

 男爵令息は、神殿の世話役なのか、老人に手を引かれてやってきた。長くズルズルと引き摺るローブは立派だったが、本人の目元には黒い目隠しがきっちりと巻かれており、すそを踏んでは歩きにくそうにしていた。


「これは、まだ礼儀作法もなっておりませんし、患者様の秘密をお守りするための処置です。なに、施術には何ら問題はありませんので、ご安心を」


 歳を召した神官はそう言って、幼子おさなごを前へ押し出す。困惑していた男爵令息は、とぼとぼと進んでいった。ぷっくりとした幼い丸い頬が、目隠しで少し潰れてしまっているのが可哀想だ。


『あれ、つついたら気持ちよさそうだな』


 父親に連れてこられていた私は、そんなどうでもいいことをぼーっと考えていた。


 先王の愛人ーーーー祖父の囲う若い愛人の、不摂生によりポツンと出来た口元の出来物。それを発見してすぐに彼を呼んだらしい。薬師でもすぐに軟膏は処方してくれるのに、『一瞬で』治らないと外に出られない、と彼女が言ったから。

 くだらない。こんなくだらないことより、この同級生の少年の方が興味がある。けれど、話しかけることは禁じられてしまっていた。王子としてまだ幼すぎて、発言に責任を持てないからだ。

 ある意味、同じかもしれない。彼も、目にしたものを口外しないよう目隠しをされている。

 同情していると、男爵令息の小さな手のひらは、愛人の一点だけ憂いのある頬へ、おそるおそると触れた。

 小さなのどがこくりと嚥下して、頷いたかのように見えた瞬間、ふわりと光の粒子が弾ける。


「!」

「おわりました」


 高い、あどけない声。

 つられて愛人を見れば、あれだけ大騒ぎをしていた肌がつるりと、まるで『何もありませんが?』という程綺麗に治っていた。


「まぁ!……宜しくって。ちなみに、このシミはどうにもなりませんの?」

「儂には見えんよ?どれ、見せてごらん」


 そのがめつさにゲンナリする。愛人は依頼分を超過した願いをしようとしていた。さすが、容姿だけで愛人の座に納まっただけはある。祖父はニヤけながら膝に愛人を乗せて、イチャイチャし始めた。

 状況の分からない男爵令息はおろおろとし、迷った挙句ーーーーそばに立っていた私の袖を掴んだ。

 きゅっ、と握られる袖口。肌は触れてはいない、しかし慎ましく引っ張られ、胸のどこかまできゅっと掴まれた気がした。

 神殿の神官が、彼のその手を慌てて外してしまう。残念なような、ホッとしたような心地になり、離れる前に少しだけ、頭を撫でた。
 少年はそれだけで、人違いをしたと気付いたのだろう。私のいる方向に頭をぺこりと下げ、神官の影へと隠れてしまった。


「申し訳ありません。そちらの症状に関しては神聖属性魔術でもどうにも出来ないため、薬師に依頼下さればと」

「…………まぁ、そうね。期待はしてなかったから、いいわ。下がって結構よ」

「ははっ」


 神官に頭を押さえつけられるようにお辞儀をして、男爵令息は退出していった。愛人は鏡を確認しながら『この日焼けも“火傷”ではなくて?あなた?』と騒いでいる中、私は遠ざかる小さな背中をじっと見ていた。







 何回目かにロローツィア・マカロン男爵令息が登城した時、内々の話があるとかで神官のみ父親に呼ばれた。

 残されたロローツィアは、王城の庭園へと放置されていた。監視はいないのに、律儀にも目元の目隠しは取らないままで、ぽつんと膝を抱えて神官を待つ姿に、何となく近づく。

 しばらく見ていると、ロローツィアは待つのに飽きたのか花壇に手を伸ばした。王城の花は損なうことですら罪となる。手折ってしまわないかと見守っていると、ロローツィアはさわさわと、花びらの感触を楽しんでいるだけのよう。


 目隠しはされたままだ。両手は自由なのだから取ろうと思えば取れるだろうに。彼もきっと、この花の鮮やかな真紅を見たいのだろう。
 
 さらに近づくと、彼の伸ばす手の先に、毒のある蝸牛かたつむりがぬめぬめと進行していた。ヒッ、と息を吸い込み、慌てて彼の手を掴んで遠ざける。あれは、酷く手がかぶれる上に広範囲に広がってしまうのだ。

 すると、手を取られたロローツィアはハッ、と息を呑んだ。


「ありがとうございます。あの……あれ、ですよね。まるくて、ゆっくりしたやつ。あぶないんですね?」


 声を出すわけにはいかず、ただ、肯定の意味でロローツィアの手をぎゅっと握った。すると、ロローツィアは綻んだようにほんわりと笑った。


「ぼく、いきもののかたちは、すこしはわかるんです。あれはあぶないものだと、おしえてくださってありがとうございます」


 私は声を出さないのに、とても賢いロローツィアは察してくれて、嬉しくなった私は彼の小さな手をすりすりと撫でた。褒めるように。ほんのすこしだけ、すべすべな手の甲を触ってみたかったのは内緒だ。

 温かな体温が、一瞬ふわりと身体中を巡ったような気がした。


「お花は、むずかしいですが、あなたは、とてもけんこうですね。よかった」


 ロローツィアがそう微笑んだ時、老年の神官が呼ぶ声がし、私はぱっと手を離した。個人的な肩入れは許されないのに、気付かれてはいけない。

 その場から離れる時、ロローツィアがぴょこんと頭を下げてくれたのが見えた。





 その後、エカテリーナから聖者の話を聞き、とてもガッカリしたのを覚えている。あの時の可愛らしい人は、変わってしまったのかと。

 そうではなかったのに。



***







「あの時から、多分、ずっと……、ロローツィアの優しい性格や、魅了から救ってくれたこと、はにかんだ笑顔も凛とした横顔も、全部、好きだ。浄化を終えたら、私の婚約者になって欲しい」


 アレキウス様は、星空を背景にしても負けないほどの輝きに満ちた瞳で、僕を一心に見つめていた。

 過去話から急に身に降りかかってきた“告白”に、思考が停止する。


「え……」

「ロローツィアは、優秀な成績で入学している。次期王妃にも申し分ないし、家格は養子に入れば問題ない。どの家も諸手もろてを挙げて歓迎するだろう。浄化の旅を終えた聖者が、王族に娶られることは通例だしな」

「通例!?」


 びっくりした僕は、手を振り解いて胸元へ取り戻す。え、え、僕、アレキウス様と……?

 ぱっと思い浮かぶのは、あの人の顔。
 それから、家族の顔。
 他家へ養子に入ってしまえば、実家の家族とは他人となってしまう。
 そんなの、嫌……。

 僕を見たアレキウス様は、みるみる顔を強張らせた。これ以上何かを聞きたく無くて、ぱっと体を翻らせる。


「すみません!ご、ごめんなさい!僕では……っ、」

「ま、待ってく……」

 走ってその場から逃げる。走って、飛んで、着地して、また走って。













「ど、どうしよう……」


 学園の中にある森で一夜を明かしてしまった。チュンチュンと小鳥が呑気に飛んできて、僕の肩へ乗り挨拶をしてくれる。今、そんな場合じゃないんだよ、小鳥さん……。


 もう今日は訓練実施日。僕の装備品は聖ポケットに入っているから準備は問題ないけれど、アレキウス様に会うのは、気まずくて仕方ないよ。



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