43 / 76
本編
43 アレキウス・ルド・アクアリング/ ロロ
しおりを挟む『神聖属性魔力』を持つ者が貧乏な男爵家出身ということを聞き、国王である父親はささくれひとつでその男爵令息を呼びつけるようになった。
曰く、『魔術の修練・技巧の向上のため』。
曰く、『高位貴族との接し方を学ばせるため』。
曰く、『王族との密接な交流のため』。
色々な言い訳を最もらしく添えて、父はまだ6歳の子供を呼びつけた。
その対象は、父親の腰痛だったり、祖母の足の痛みだったり、従兄弟の青痣だったり。
王城にはかかりつけの薬師も医師も居るというのに、父は男爵令息を使う。表向きは立派でも、私には『今のうちから存分に使い倒し、それが当然のことだと洗脳する』のが目的なのだと判っていた。
男爵令息は、神殿の世話役なのか、老人に手を引かれてやってきた。長くズルズルと引き摺るローブは立派だったが、本人の目元には黒い目隠しがきっちりと巻かれており、裾を踏んでは歩きにくそうにしていた。
「これは、まだ礼儀作法もなっておりませんし、患者様の秘密をお守りするための処置です。なに、施術には何ら問題はありませんので、ご安心を」
歳を召した神官はそう言って、幼子を前へ押し出す。困惑していた男爵令息は、とぼとぼと進んでいった。ぷっくりとした幼い丸い頬が、目隠しで少し潰れてしまっているのが可哀想だ。
『あれ、つついたら気持ちよさそうだな』
父親に連れてこられていた私は、そんなどうでもいいことをぼーっと考えていた。
先王の愛人ーーーー祖父の囲う若い愛人の、不摂生によりポツンと出来た口元の出来物。それを発見してすぐに彼を呼んだらしい。薬師でもすぐに軟膏は処方してくれるのに、『一瞬で』治らないと外に出られない、と彼女が言ったから。
くだらない。こんなくだらないことより、この同級生の少年の方が興味がある。けれど、話しかけることは禁じられてしまっていた。王子としてまだ幼すぎて、発言に責任を持てないからだ。
ある意味、同じかもしれない。彼も、目にしたものを口外しないよう目隠しをされている。
同情していると、男爵令息の小さな手のひらは、愛人の一点だけ憂いのある頬へ、おそるおそると触れた。
小さなのどがこくりと嚥下して、頷いたかのように見えた瞬間、ふわりと光の粒子が弾ける。
「!」
「おわりました」
高い、あどけない声。
つられて愛人を見れば、あれだけ大騒ぎをしていた肌がつるりと、まるで『何もありませんが?』という程綺麗に治っていた。
「まぁ!……宜しくって。ちなみに、このシミはどうにもなりませんの?」
「儂には見えんよ?どれ、見せてごらん」
そのがめつさにゲンナリする。愛人は依頼分を超過した願いをしようとしていた。さすが、容姿だけで愛人の座に納まっただけはある。祖父はニヤけながら膝に愛人を乗せて、イチャイチャし始めた。
状況の分からない男爵令息はおろおろとし、迷った挙句ーーーーそばに立っていた私の袖を掴んだ。
きゅっ、と握られる袖口。肌は触れてはいない、しかし慎ましく引っ張られ、胸のどこかまできゅっと掴まれた気がした。
神殿の神官が、彼のその手を慌てて外してしまう。残念なような、ホッとしたような心地になり、離れる前に少しだけ、頭を撫でた。
少年はそれだけで、人違いをしたと気付いたのだろう。私のいる方向に頭をぺこりと下げ、神官の影へと隠れてしまった。
「申し訳ありません。そちらの症状に関しては神聖属性魔術でもどうにも出来ないため、薬師に依頼下さればと」
「…………まぁ、そうね。期待はしてなかったから、いいわ。下がって結構よ」
「ははっ」
神官に頭を押さえつけられるようにお辞儀をして、男爵令息は退出していった。愛人は鏡を確認しながら『この日焼けも“火傷”ではなくて?あなた?』と騒いでいる中、私は遠ざかる小さな背中をじっと見ていた。
何回目かにロローツィア・マカロン男爵令息が登城した時、内々の話があるとかで神官のみ父親に呼ばれた。
残されたロローツィアは、王城の庭園へと放置されていた。監視はいないのに、律儀にも目元の目隠しは取らないままで、ぽつんと膝を抱えて神官を待つ姿に、何となく近づく。
しばらく見ていると、ロローツィアは待つのに飽きたのか花壇に手を伸ばした。王城の花は損なうことですら罪となる。手折ってしまわないかと見守っていると、ロローツィアはさわさわと、花びらの感触を楽しんでいるだけのよう。
目隠しはされたままだ。両手は自由なのだから取ろうと思えば取れるだろうに。彼もきっと、この花の鮮やかな真紅を見たいのだろう。
さらに近づくと、彼の伸ばす手の先に、毒のある蝸牛がぬめぬめと進行していた。ヒッ、と息を吸い込み、慌てて彼の手を掴んで遠ざける。あれは、酷く手がかぶれる上に広範囲に広がってしまうのだ。
すると、手を取られたロローツィアはハッ、と息を呑んだ。
「ありがとうございます。あの……あれ、ですよね。まるくて、ゆっくりしたやつ。あぶないんですね?」
声を出すわけにはいかず、ただ、肯定の意味でロローツィアの手をぎゅっと握った。すると、ロローツィアは綻んだようにほんわりと笑った。
「ぼく、いきもののかたちは、すこしはわかるんです。あれはあぶないものだと、おしえてくださってありがとうございます」
私は声を出さないのに、とても賢いロローツィアは察してくれて、嬉しくなった私は彼の小さな手をすりすりと撫でた。褒めるように。ほんのすこしだけ、すべすべな手の甲を触ってみたかったのは内緒だ。
温かな体温が、一瞬ふわりと身体中を巡ったような気がした。
「お花は、むずかしいですが、あなたは、とてもけんこうですね。よかった」
ロローツィアがそう微笑んだ時、老年の神官が呼ぶ声がし、私はぱっと手を離した。個人的な肩入れは許されないのに、気付かれてはいけない。
その場から離れる時、ロローツィアがぴょこんと頭を下げてくれたのが見えた。
その後、エカテリーナから聖者の話を聞き、とてもガッカリしたのを覚えている。あの時の可愛らしい人は、変わってしまったのかと。
そうではなかったのに。
***
「あの時から、多分、ずっと……、ロローツィアの優しい性格や、魅了から救ってくれたこと、はにかんだ笑顔も凛とした横顔も、全部、好きだ。浄化を終えたら、私の婚約者になって欲しい」
アレキウス様は、星空を背景にしても負けないほどの輝きに満ちた瞳で、僕を一心に見つめていた。
過去話から急に身に降りかかってきた“告白”に、思考が停止する。
「え……」
「ロローツィアは、優秀な成績で入学している。次期王妃にも申し分ないし、家格は養子に入れば問題ない。どの家も諸手を挙げて歓迎するだろう。浄化の旅を終えた聖者が、王族に娶られることは通例だしな」
「通例!?」
びっくりした僕は、手を振り解いて胸元へ取り戻す。え、え、僕、アレキウス様と……?
ぱっと思い浮かぶのは、あの人の顔。
それから、家族の顔。
他家へ養子に入ってしまえば、実家の家族とは他人となってしまう。
そんなの、嫌……。
僕を見たアレキウス様は、みるみる顔を強張らせた。これ以上何かを聞きたく無くて、ぱっと体を翻らせる。
「すみません!ご、ごめんなさい!僕では……っ、」
「ま、待ってく……」
走ってその場から逃げる。走って、飛んで、着地して、また走って。
「ど、どうしよう……」
学園の中にある森で一夜を明かしてしまった。チュンチュンと小鳥が呑気に飛んできて、僕の肩へ乗り挨拶をしてくれる。今、そんな場合じゃないんだよ、小鳥さん……。
もう今日は訓練実施日。僕の装備品は聖ポケットに入っているから準備は問題ないけれど、アレキウス様に会うのは、気まずくて仕方ないよ。
2,290
あなたにおすすめの小説
僕はただの平民なのに、やたら敵視されています
カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。
平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。
真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる