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本編
60 /オーランド side
しおりを挟むオーランドに嘘と思われようが祝われようがどうでも良いので、僕は渋々珈琲を流し込み、席を立った。
「僕、今は最高に幸せなんです。君もそう思える人と出会えるといいですね。では」
そう言ってにっこり微笑むと、オーランドはぽかんと口を開け、グレイにはぎゅっとおにぎりみたいに抱き込められる。僕の姿形も全部覆うみたいにして。
腕の隙間からむぎゅぅと頭を出すと、グレイの向こう側の景色が見えた。
呆けた様子のオーランドに、ルカと呼ばれていた少年が駆け寄っていった。次いで、パァンッ!!と小気味良い音が響く。
「もう別れる!聖者様ほどの慈悲深い人が婚約を解消したって、相当ヤバイことをしたんでしょっ!ボクにもそうだし、こっちから捨ててやる!」
少年は涙を堪えながら走り去っていった。一方リリーさんは、グレイを見つめてうっとりと、頬を染めている。
むっ。むむむっ!嫌な予感……!
「ああんっ……すっごい……素敵……!オーランド、紹介してよ、こちらの素敵な方!お友達なんでしょう!?」
「……え……リリー……いや、その……」
「もう!初めまして、あたし、リリーって言います!向こうの雑貨屋さんで働いていて、17歳っ!恥ずかしいけど、この辺じゃ一番の美少女で通っていて……」
リリーさんの目は爛々と輝き、グレイだけを視界に入れて、他の一切を世界から削ぎ落としたかのようだった。
熱い熱い視線。こういうのに、男は弱いのかなぁ……?
グレイはリリーさんを一瞥したかしていないのか、僕の背中から腰にかけて腕を回して密着し、外へと促す。そうだね、もう、彼らに会うことはないだろうし。答える必要もないよね。
「あのうっ……!」
「店長。騒がせてすまないな。口止め料だ。それから元凶は早く追い出すに限るぞ」
「は、はいいっ!申し訳ありませんっ!」
グレイはカウンターにいくらかお金を置いて、僕を連れ去るように外へと出る。結局リリーさんは無視したままだ。ちらりと振り返ると、まるっと無視されたことにショックを受けているのか、リリーさんも固まっていた。
「やはり、治安が悪いなこの街は。早く浄化を終えてしまおう」
「そうしよ!」
オーランドがいるなら、この街にはサクラルビーを仕込まなくていいかな!
***
(オーランドside)
オレの生まれ持った騎士としての才能、容姿、魔術、それから身に付いた高貴さ。
学園では理解されずパッとしなかったが、全ては、最も穢れの濃い土地での傭兵として開花した。
エカテリーナ様ともロローツィアとも違う、妖艶で積極的で見る目のある女やオメガが市井にはわんさかといて、酒場に行けば我先にと群がってくる。
学園ではお高く止まったやつしかいなかったし、さすがに美しさは学園の生徒の方が勝るが、市井にだってまぁまぁの美女やそこそこ綺麗なオメガがいる。『抱いてくれ』と分かりやすくて大好きだ。据え膳食わぬは男の恥とばかりに、オレはみんなを受け入れた。
器がでかい、だろ?フッ……。
男女を知ることでますます自信が身についたオレのモテっぷりは、傭兵の中でも有名になるほど。どうやって口説くのか、どう振る舞えばモテるのか、同僚に相談されるくらい。毎回教えるのも面倒なので、そのうち本でも出そうかと悩むくらいに、オレはモテていた。
しかし、しばらく入れ食い状態が続いて、気付いた。
オレ、飽きっぽいらしい。
一回で十分。二回会うともう腹一杯。三回目には若干ウザさまで感じてくる。『どうして俺/あたしを見てくれないの!?キィィィ!!』って。積極的すぎるヤツは、面倒だと悟った。
かといって、こちらに気持ちの無い人間も、自分が辛いだけ。遠い昔を思い出す。昔は『オーランド!オーランド!』って可愛かった幼馴染。好きと言う割に、全然手ェ出させてくれなくて辛かった。もうあいつにいくら手紙を送っても返ってこない。やっぱり、好んでくれるやつの方が、好きなんだ。
だから、積極的という程積極的ではないがチラチラとこちらを意味深に見つめてくれて、性格がよく、良く尽くしてくれるルカを好きになった。彼はオレの安心する空間を提供してくれる。
ルカは強がりなのにどこか自信のなさげなところがロローツィアに似ていて、オレが家に転がり込んでも『仕方ないなぁ』と嬉しそうに世話を焼いてくれる。
そんなルカと恋人として付き合っているのに、オレを誘う声は後を絶たない。帰る家がある余裕ってやつが、オレから出ているらしい。
来るものは大歓迎。ルカに不満がある訳じゃない。オレの魅力が溢れてしまっているのが悪い。
そうして修羅場に発展してしまったのだが、そこでなんと、ロローツィアとばったり再会したのだ。
髪を隠していても、すぐにわかった。可愛らしく整った顔立ち。良く知る幼馴染の顔だ。けれどそれだけじゃない。
『美人だな』とパッと目を引くような、儚さと色気があった。二度見してようやく、ロローツィアだと確信した。
近くに寄るまで、ロローツィアの変化に気付かなかったオレ。オレを責める二人にテンパっているところにロローツィアを見つけたものだから、『聖者と幼馴染のオレってすげぇだろ』と、ロローツィアをダシにして二人に許してもらおうとした。
……だが。
『僕、今は最高に幸せなんです。君もそう思える人と出会えるといいですね。では』
そう言って笑ったロローツィアは、この世の春を集めたように美しかった。幼馴染に『美しい』なんて小っ恥ずかしいこと、思ったことはかつて一度も無かったのに、明らかに、変わった。
オメガとして、成熟したんだ。
そう思い当たった瞬間、激しい嫉妬の感情が湧き起こる。何故、グレイリヒト、あいつが。美味しい所だけ持って行った!
婚約を続けていたなら、オレがあのロローツィアを好きに出来たのに!
「あれほど可愛くなるなんて、聞いてない……っ」
「ちょっとぉ、オーランド!あんな美形のお友達がいたなら言ってよ!すごい装備してたし、きっとお金持ちに違いないわ!」
「は?リリー……、お前、オレのことが好きなんじゃなかったの?」
「え?ええそうよ。この街一番の傭兵ならね。でも、あの人の方が強そうだわ。ううん、きっとそう。だからね、おともだちに戻りましょっ」
「え」
るんるんとグレイリヒトたちを追いかけていくリリーに、唖然とする。オレにいい顔をしておきながら、なんだあれは……っ!
エカテリーナ様といい、リリーといい、オレはああいう女に騙される運命にあるらしい。
あっ!そこで重大な問題に気付く。もしグレイリヒトがリリーにふらついたなら、ロローツィアは捨てられてしまう。そんなのは、可哀想だろう!
「ロローツィア!待っ……」
オレが拾ってやる、と追いかけて行った先で、見たものは。
ロローツィアが心から幸せそうにくすくすと笑っていた。その耳元を、グレイリヒトが気障な仕草でそっと触れて、口付けている。それにもまた、恥ずかしそうに笑うロローツィアが、幻想的なほど可憐で可愛くて。
道ゆく通行人ですら、ぽうっと見惚れてしまうほどで。
ロローツィアがオレの隣にいてくれたとして、あれほどに輝かせることは、出来るのだろうか?
「……無理だ……」
追いかけなくてはと思うのに、足は止まってしまった。その時、視界の端に、同じように立ち竦むリリーが見えた。
悔しそうにギリギリとロローツィアを睨んでいる。なんて醜い女だったのだろう。どれだけ羨んでも、ロローツィアの代わりに愛されることなんてないだろうに。
そう憐れんだが、オレ自身にもグサリと刺さったような気がして、何も言わずにトボトボと帰宅する。
アパートでは、ルカが泣きながらオレの持ち物を乱暴に箱へ投げ入れていた。
「……ごめん、ルカ。オレ……間違ってた」
「え?なに、今更!荷物まとめておいたから、すぐ出て行って!あのリリーって人でも、どこでも、ボクにしたみたいに転がり込んだらいいでしょ!!」
オレはルカを後ろから抱きしめた。ヒックヒックとしゃくり上げて泣くルカを見たのは、初めてだ。いつも明るくてオレを癒してくれるのは、ルカだったのに。ぞんざいに扱ってしまっていたのだ。
「オレ、分かったんだ。これからは、心を入れ替えてルカだけを愛するから。お願いだ、見捨てないでくれ……」
「うっ、うっ……、ホント…………?」
「本当だ!もう一生、ルカだけだ!!」
「オーランド…………っ」
オレはルカと、本当の意味で恋人となった。
それからすぐに、この土地の浄化がなされて傭兵団は解散となり、オレは貴族家の護衛となった。
とはいえ。
性懲りも無く浮気をするオレ。
なんだかんだと許してくれるが、徐々に精神的に不安定になっていくルカと、ルカに甘えてさらにクズになっていくオレ。
オレって、目の前にいる人しか大事にできない。逆を言えば、目の前にいないと忘れてしまうらしい。
近い将来、ルカに縁を切られて後悔しながら根無草の生活になるとは、この時のオレは知らなかった。
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