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本編
61 最終話
しおりを挟む「ロローツィア。これを贈らせて欲しい」
新学期に入る直前。寮の部屋でグレイに渡されたのは、黒地のネックガードだった。
繋ぎ目に金箔で小さなサクラルビーが描かれて、ガーネットが嵌め込まれている。グレイの瞳の色だ。
落ち着いたデザインの中にグレイの所有欲が上品に散りばめられていて、僕はうっとりとため息を吐いた。なんて、素敵な贈り物なんだろう。
「オーラン……なんとか、という奴だけじゃない。ロローツィアはどんどん綺麗になっていく。こういう形で俺の存在を、刻ませてくれないか」
「……嬉しい。付けてくれる?」
頸を晒して見せると、グレイはごくりと喉を鳴らして――――小声で『あー噛みて……』と聞こえたような気がした――――慎重に、そのネックガードをカチリと嵌めてくれた。誰からだって僕の頸を守ってくれる気がする!
オメガっていうのは不憫な生き物で、アルファに一度頸を噛まれてしまえば、永遠にそのアルファのものとなる。それが『番』という関係。
そのアルファと結婚出来るのならいいのだけど、事故で噛まれてしまったり、気が変わって結婚してくれなかったりすると、オメガは悲惨。最悪、番欠乏症で死んでしまう可能性もある。
だから、ネックガードはとても大事。これまで僕の頸を守ってくれていたのは、ただただ頑丈さを優先した無骨なものだったけれど、これなら隠さずに、ずっと付けていたい。
「ね。僕、グレイのものなんだって、分かる?」
嬉しくて聞いてみれば、グレイも嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「もの、というか……たまらないな。ロローツィア」
グレイの唇が降ってくる。声は徐々に静まって、睦合いになった。
優しいグレイがこの時ばかりは獣になって、容赦なく僕を責め立てて貪る。食べれば食べるほど何故か腹は空くみたいで、身体中のあちこちに所有痕を残され、奥深くまでずっぷりと甘く溶け合って、夜が更けていった。
新しいネックガードを付けて、新学期が始まる。婚約者と手を繋いで登校するのって、本当に幸せ。ニヤニヤ笑いが溢れてしまうのは、許して欲しい。止められないんだから。
「朝から見せつけてくれるな、グレイ」
「おはよう、アレキウス。久しぶりだな。姫君と上手くいっていると聞いたが」
「……まぁ、そうだな」
確かに、アレキウス様の顔色は随分と良い。これまでだって凛々しい王子様だったけれど、もっときらきらした存在感が強まったような。
僕と目が合うと、アレキウス様はほんのりと頬を染めて、教えてくれた。
「彼女は、私には勿体無いほど愛に溢れた人でね。まっすぐに愛してくれるから、応えたいと思っているよ」
「お幸せそうで、良かったです。本当に……心から、祝福します」
「ありがとう」
アレキウス様は、もう傷ついた顔じゃなく、照れくさそうに笑った。ご婚約されたお姫様は、なんて言うか……そう!ヴァンドーラ・アッペルの新作、『アレイムの夢』ラインの、高級寝台の似合いそうなお人。つまり、アレキウス様の好み(のベッド)にぴったりだと思う。
その肩にガシッと乱暴に腕を回したのは、ショーン様。また一回り大きくなっている気がする……。
「おっ?ロロ、雰囲気変わったな!良い感じじゃん」
「あ、ありがとうございます、ショーン様。日焼けしましたか?」
「分かっちゃうか。すげーだろ」
力瘤を盛り上げるショーン様に、背後にいたジキル先輩が爽やかに言った。
「そんなに肌の黒い貴族令息なんかいないのにねぇ。でもロロくん、本当に綺麗になったね。すごく……うーん、うっかり手ぇ出しちゃいそう。って冗談冗談!」
ジキル先輩が一瞬だけ真剣な目をした気がしたけれど、すぐに視界は塞がってしまった。グレイに隠された僕は、大好きなフェロモンに包まれて幸せを噛み締めていて、ジキル先輩を警戒したグレイが恐ろしい眼光をしていたなど、気付けるはずもない。
「どうしたの、グレイ。……ここ、道の真ん中だから……」
「すまない」
「ううん。端っこに行く?」
「………………行く」
ふわふわとした頭でグレイについて行こうとして、止められる。
「待て待て待て!これから始業だ、そんな時間はない!」
「そうだぞ、揃って行こうぜ~」
「いいなぁ、ぼくも同じ学年が良かったよ」
友人にも恵まれて、最高の未来の旦那様と一緒に、まだまだ学生生活は続く。
もしかしたらまだ辛いことや、悲しいことがあったとしても、僕たちは乗り越えられる。そう確信出来る、幸せ。
幸せな僕が気に入らない人もいるだろうけど、僕は人畜無害な男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか!
本編・終
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