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第8話 路地裏の凶刃
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「わっ、ちょっとだけいろかわった~‼」
魔力の放出訓練を開始してから三日。
タールからもらった色変わりのナイフが、真っ白から空色の模様が浮かぶナイフへと変化した。
隣で酒を飲んでいるタールに見せると、笑ってエシラの頭を撫でる。
「おー。よく頑張ったな」
「ふふふ、もしかしてさいそく?」
「いんや、最遅。どれだけセンスがない子供だろうが、大体は初めて握った時から色変わるぞ」
「そんな⁉ わたし、センスがぜつぼうてきなのかな……」
ウキウキな彼女の顔は、太陽が雲に隠れるようにどんどん暗くなっていった。
いくら手元のナイフで自分のセンスが可視化され、それが絶望的なものだったとしてももう少し言葉を選んだ方がよかっただろう。
タールは徐に立ち上がり、エシラを連れて外に出る。
「どこいくの?」
「ん? 祝い酒だろ。成長してんだから、ちゃんと祝わねェとな」
「でもおかねないよね」
「心配すんな。あの領主から家庭教師代としてたんまり貰ってんだよ」
『ちゃっかり取れるモン取ってるんだな‼』
肩に乗っているトカゲのアイも付いてきており、奢られる気満々だ。
領主邸をメイドに許可を貰って後にし、外の街に繰り出す。以前ではスラム街の薄汚れた住人としか見られなかったと思うが、今は違った。
エシラは療養中で幾分か肉付きが良くなり、血色も良くなった。艶やかな髪と可憐な服装で身を包み、儚げな姫君を彷彿とさせる容姿をしていることから、良い意味で注目を集めている。
「それにしても、なんかひとがいっぱいいるね」
「あー、海を挟んだ隣の国で祭りがあってだな。そこんとこの催しが奇麗だっつーことでわざわざ見ようとするのが多いんだ」
「このくにでもみれるの?」
「ああ。一番見れんのは領主邸の裏手の先にある危険地帯だが、頼んだら連れてってくれるかもな」
しばらく歩き続けてると、エシラの足が止まる。
「タールおじさん、あれたべてみたい」
「ん? 炎烏の串焼きか。いいぞ」
屋台で串焼きを購入してもらい、ベンチに腰を下ろす。
串焼きをげっ歯類のように頬張り、見ている側も涎が出そうなほど美味しそうな顔で味わっていた。
両手に限界まで串焼きを持ち、次々と口内にそれを放り込んでいる。
「エシラ、お前の魔力量は中々なもんだ。だが、その魔術の消費魔力量は凄まじい」
「すごいまじゅつだもんね」
「ああ。だから、自分の魔力量を確認すんのが大事だ。あとはまぁ……お前の場合、逃げ足もとい〝回避能力〟が凄まじいからそれも伸ばすべきだ」
「ん、わふぁっあ‼」
「……飲み込んでから返事しろ」
駆け足で赤い髪を揺らしながら近付いてくる人物がやってくる。
「タール様、少々お時間大丈夫でしょうか?」
「あぁ? 領主んとこのメイドが外で何の用だ」
「不備がありまして……それほどお時間を頂かないのですが、少々内密な物なので」
「……わァったよ。エシラ、ちょっと待っとけるか?」
コクリ。エシラは頷き、タールとメイドの背中を見送った。
『あのメイド……な~んか怪しいんだよな~』
「そうかな。たんにスラムがいのひとがきらいなんじゃない?」
『それもありそうだけど』
そのまま串焼きを頬張ろうと口に近づけた時、見知らぬ顔の男女三人が近付いてくる。
仮面をかぶっているような笑みを張り付ける彼らに、少し警戒をしながら串焼きを食べ続けた。
「やあお嬢さん、こんにちは」
「……おじさんだれ」
「おじさん……。コホン、僕たちは絶品な料理を研究している者でね。美味しそうに食べる君にぜひ新作を試食してもらいたいんだ」
『おいエシラ。こいつら絶対ついて行ったらダメな奴らだぞ。わかってるよな?』
耳元でアイがそう囁くが、彼女の口からは涎が垂れかけている。
『え、エシラ……? お前、まさか……』
「しらないひとについてったらダメっていわれてる。けど、こまってるひとをたすけるのもだいじ。わたし、こうしゃをしんじてみるっ‼」
『ちょっと待てエシラーー! 拉致されちゃうっての! ダメだってば‼』
目先の欲に溺れ、無垢に相手を信じて後ろをついてゆく。
スラム街に住んでいる彼女は、人の悪意に対してはそこそこ感じ取りやすい。しかし、わすれものの次に食事が好きなため、簡単に引っかかってしまうのだ。
しばらく歩き、気が付けば人気のない薄暗い路地裏まで来ていた。
「さて……まさかこんな簡単に騙されてくれるとは思ってなかったぜ」
「ごはんは?」
「んなもんあるかよ。悪いが仕事なんでな。テメェら、逃げられないように拘束するぞ‼」
前後で囲まれているこの状況、相手は腰に携えていた短剣を取り出し、抵抗しようものならそれを振るうつもりらしい。
いざとなれば、こんな者たちは【まっくろなうで】で容易に捻りつぶせる。が、それは再び暴走をして無関係な人も巻き込んでしまう可能性があると同じでもある。
つまり、エシラは魔術を使わずにこの窮地を脱する必要があるということだ。
『だから言ったじゃん! だからついて行ったらダメだって言ったじゃん‼』
「ひきょう……。こんなきたないまねを……!」
『エシラも言い逃れできないくらい間抜けだったぞ‼ こんなわかりやすい罠にかかって‼』
ポケットにしまっていた色変わりのナイフを取り出し、捕まえようとしてくる男の手を避ける。
そのまま全力疾走で振り切ろうと考えていたのだが、三人組の一人がいつの間にか目の前までやってきていた。そして、手に持っている短剣を振るう。
「ふんッ‼」
「っ! は、はや……‼」
ゴミ漁りをほぼ毎日していて、追いかけっこが得意なエシラは違和感を感じていた。
この男は普通の人とは違う、何かを使っている。
「オイオイ、どこの令嬢かはわかんねぇが、魔力の応用すら知らねぇんだな」
「まりょくのおうよう? そういえばタールおじさんがいってたような……」
魔力は魔術を出すためだけのものではない。刃に魔力を流せば切れ味が上がる、全身に流せば運動神経が上がる。
その言葉を今、思い出した。
「例えば、逃げるウサギを捕まえるには、こんな風に――‼」
「うっ‼」
男は旋風のように地を駆け、エシラの背後に回り込んで彼女を地面に押さえつけた。
押さえつけている男とは違う男が唯一の武器である色変わりのナイフを奪い取り、それをまじまじと眺める。
「うわっ、なんだこの色変わりのナイフ⁉ くそほど粗悪品だぞ! ロクに妹を養う金ねぇ俺が言えたもんじゃないが、こりゃヒデェ」
「不良品使ってたのね。私が今使ってる色変わりの短剣とどれくらいクソなの?」
「お前のが百ならコイツのは限りなくゼロに近い。不純物が入りすぎてて変わる色も変わらねえ。逆に――これで色を変えれたら天才越えて異常だ」
「え……?」
今初めて気が付く。自分は魔術の才能はない、ただの人間ではないということに。
自分は天才ではない。同時に凡人でもない。――異常であるということに。
「痛ッ! な、なんかトカゲ噛みついてきた‼ キャーー! 僕トカゲが一番苦手なのにいいい‼」
『うぐぐぐ! エシラー! 今のうちに逃げてくれ――‼』
エシラを取り押さえている男の耳たぶに、アイが噛みつく。その時、一瞬の隙が生まれて拘束が緩くなった。
このまま行けば、なんとか逃げ切れるかもしれない。だが、エシラは背中は見せず、真正面から睨み合う選択肢を選ぶ。
動揺が走った三人のうちの一人から、青い色をしている色変わりの短剣を奪い取って壁掛けランタンの上に着地する。
「ぜぇ……ぜぇ……。まだ抵抗する気か。しかし、トカゲ攻撃はやるな」
「諦めが悪いな。昔のお前を見てるみたいだ」
「む? 待て……なんだその剣の色は……⁉」
エシラが奪い取った短剣は、空色、青色、紺色と変わってゆく。
「よかった。わたし、さいのうないんじゃないかなっておもってたから……すごくうれしい。ありがとう」
最終的に色変わりの短剣は、光を吸収するほどの漆黒へと変色した。
三人は顎が外れるくらい口を大きく開け、滝のような汗とかき始める。
「あ、ありえねぇ……色変わりの武器はどんな才ある魔術師も、魔女も! 紺色が限界だ‼」
「黒色になった記録なんて今までなかったはずでしょ⁉」
「どうやら、只者じゃなかったか。〝未知の領域〟だな……‼」
心臓から腕と足の指先まで魔力を巡らせる。
瞬きをすると同時にエシラの姿は消え、稲妻のように一瞬にして移動した。先ほどの男の動きを再生……否、倍速で再生しているようだった。
大人と子供では対格差や身体能力の差があり、負けることは少ない。
だが、その常識をひっくり返すように男の背後に回ったエシラは、その短剣の持ち手の先端で首元を殴って気絶させる。
仲間がようやく気が付いて彼女に切っ先を向けるが、黒い剣で一閃。持っていた剣はスライスされて地面に落ちた。
同じように殴って気絶させ、残るは一人。
「来い、若き天才よ。 【ファイアーバレット】‼」
「……いまならできるよね。〝開〟・【まっくろなうで】‼」
最後の一人がエシラに狙いを絞り、火の球を飛ばした。エシラは顕現させた黒い腕で、その火の球を握りつぶす。
そのまま一気に決着を――! そう思い駆けだそうとしたのだが、エシラの視界が歪む。
「あ、れ……? なんで……!」
『え、エシラ! 大丈――うぐっ! オイラもさっきので骨が折れちまった……‼』
足がガクガクと震え、胃の中の熱いものが込み上げてくる。
エシラは、まだ魔力の練習を始めて数日しか経っていない。魔力による身体能力強化に魔術の行使、そして子供故の集中継続力の低さが、今ここに現れてしまった。エシラの覚醒を嘲笑うかのように、倒す直前に。
「うぅ……‼ あと、ちょっとだったのに‼」
「安心しろ、少女よ。私たちは君を殺したりはしない。ただ、仕事をしなけれ身内が危ないのでな……。万全の君と手合わせ願いたかったが、そろそろ時間だ。すまない」
もう手加減はしない。警戒しつつ、魔術を再び放つ準備えおしている。そして、
「眠っているんだ。【ボルトバレット】」
眼前に迫る雷の弾丸。エシラもアイも、疲労で動けない。
万事休すか。折しも、背後から誰かの声が響く。
「すまん、遅れた。エシラに手ェ出させるかよ。【歪空】」
「なッ⁉」
声が聞こえたと同時に、空間の一部がぐにゃりと歪んだ。放たれた雷の弾丸はあらぬ方向に飛んで行く。
「タールおじさぁぁん‼」
『助かったぞーー‼』
「ふー……やれやれ、知らねェ人についてくんじゃねぇよ……」
タールの息が上がっていることから、全力疾走でもして探していたのだろう。
安堵して涙目になるエシラとアイ。
「貴殿は……誰だか知らないが、実力者とお見受けする。手合わせ願いたい」
「あ? なんだこの野郎。悪ィがこっちはイライラしてんだよ。エシラが消えて酔いも醒めちまって、広範囲の捜索魔術展開して頭痛ェんだ」
「ならば仕方あるまい。ではこれからは仕事の続きだ。その少女は事らに渡してもらうぞ。【レインバレット】‼」
雫の弾丸が降り注ぐが、タールはそれら全てを透明な壁で受け止める。
「いいかエシラ。戦闘において分析は必須だ。相手をよく見て、どんな回路を構築して魔術を使ってるか……。そいつがわかりゃあ、あとは消化試合みてェなもんだ。【レインバレット】」
「ガハッ⁉」
男が使っていた魔術と全く同じものを使い、いとも容易く無力化してみせた。
エシラを誘拐しようとした三人組は地面で伸び、起き上がる気配はない。なんとか解決したようだ。
「た、たすかった……。タールおじさんありがとぉ……‼」
「ああ、無事でよかった。にしても、二人はよく倒せたな」
「うん。じつはもらったナイフがふりょうひんだったみたいで、ほんとはまっくろだったの!」
「は? 黒に? いや、それも異常だが、そのナイフはちゃんとオレが事前に買ったもんだ、不良品になるわけがねェ。……すり替えられていた?」
『よくわかんないけど、とりあえずよかった~~‼』
疑問が残り霧が晴れないままだが、一時的に問題は解決だ。
蠢き、交錯する陰謀をまだ知らず、彼女らは安堵の溜息を吐いた。
魔力の放出訓練を開始してから三日。
タールからもらった色変わりのナイフが、真っ白から空色の模様が浮かぶナイフへと変化した。
隣で酒を飲んでいるタールに見せると、笑ってエシラの頭を撫でる。
「おー。よく頑張ったな」
「ふふふ、もしかしてさいそく?」
「いんや、最遅。どれだけセンスがない子供だろうが、大体は初めて握った時から色変わるぞ」
「そんな⁉ わたし、センスがぜつぼうてきなのかな……」
ウキウキな彼女の顔は、太陽が雲に隠れるようにどんどん暗くなっていった。
いくら手元のナイフで自分のセンスが可視化され、それが絶望的なものだったとしてももう少し言葉を選んだ方がよかっただろう。
タールは徐に立ち上がり、エシラを連れて外に出る。
「どこいくの?」
「ん? 祝い酒だろ。成長してんだから、ちゃんと祝わねェとな」
「でもおかねないよね」
「心配すんな。あの領主から家庭教師代としてたんまり貰ってんだよ」
『ちゃっかり取れるモン取ってるんだな‼』
肩に乗っているトカゲのアイも付いてきており、奢られる気満々だ。
領主邸をメイドに許可を貰って後にし、外の街に繰り出す。以前ではスラム街の薄汚れた住人としか見られなかったと思うが、今は違った。
エシラは療養中で幾分か肉付きが良くなり、血色も良くなった。艶やかな髪と可憐な服装で身を包み、儚げな姫君を彷彿とさせる容姿をしていることから、良い意味で注目を集めている。
「それにしても、なんかひとがいっぱいいるね」
「あー、海を挟んだ隣の国で祭りがあってだな。そこんとこの催しが奇麗だっつーことでわざわざ見ようとするのが多いんだ」
「このくにでもみれるの?」
「ああ。一番見れんのは領主邸の裏手の先にある危険地帯だが、頼んだら連れてってくれるかもな」
しばらく歩き続けてると、エシラの足が止まる。
「タールおじさん、あれたべてみたい」
「ん? 炎烏の串焼きか。いいぞ」
屋台で串焼きを購入してもらい、ベンチに腰を下ろす。
串焼きをげっ歯類のように頬張り、見ている側も涎が出そうなほど美味しそうな顔で味わっていた。
両手に限界まで串焼きを持ち、次々と口内にそれを放り込んでいる。
「エシラ、お前の魔力量は中々なもんだ。だが、その魔術の消費魔力量は凄まじい」
「すごいまじゅつだもんね」
「ああ。だから、自分の魔力量を確認すんのが大事だ。あとはまぁ……お前の場合、逃げ足もとい〝回避能力〟が凄まじいからそれも伸ばすべきだ」
「ん、わふぁっあ‼」
「……飲み込んでから返事しろ」
駆け足で赤い髪を揺らしながら近付いてくる人物がやってくる。
「タール様、少々お時間大丈夫でしょうか?」
「あぁ? 領主んとこのメイドが外で何の用だ」
「不備がありまして……それほどお時間を頂かないのですが、少々内密な物なので」
「……わァったよ。エシラ、ちょっと待っとけるか?」
コクリ。エシラは頷き、タールとメイドの背中を見送った。
『あのメイド……な~んか怪しいんだよな~』
「そうかな。たんにスラムがいのひとがきらいなんじゃない?」
『それもありそうだけど』
そのまま串焼きを頬張ろうと口に近づけた時、見知らぬ顔の男女三人が近付いてくる。
仮面をかぶっているような笑みを張り付ける彼らに、少し警戒をしながら串焼きを食べ続けた。
「やあお嬢さん、こんにちは」
「……おじさんだれ」
「おじさん……。コホン、僕たちは絶品な料理を研究している者でね。美味しそうに食べる君にぜひ新作を試食してもらいたいんだ」
『おいエシラ。こいつら絶対ついて行ったらダメな奴らだぞ。わかってるよな?』
耳元でアイがそう囁くが、彼女の口からは涎が垂れかけている。
『え、エシラ……? お前、まさか……』
「しらないひとについてったらダメっていわれてる。けど、こまってるひとをたすけるのもだいじ。わたし、こうしゃをしんじてみるっ‼」
『ちょっと待てエシラーー! 拉致されちゃうっての! ダメだってば‼』
目先の欲に溺れ、無垢に相手を信じて後ろをついてゆく。
スラム街に住んでいる彼女は、人の悪意に対してはそこそこ感じ取りやすい。しかし、わすれものの次に食事が好きなため、簡単に引っかかってしまうのだ。
しばらく歩き、気が付けば人気のない薄暗い路地裏まで来ていた。
「さて……まさかこんな簡単に騙されてくれるとは思ってなかったぜ」
「ごはんは?」
「んなもんあるかよ。悪いが仕事なんでな。テメェら、逃げられないように拘束するぞ‼」
前後で囲まれているこの状況、相手は腰に携えていた短剣を取り出し、抵抗しようものならそれを振るうつもりらしい。
いざとなれば、こんな者たちは【まっくろなうで】で容易に捻りつぶせる。が、それは再び暴走をして無関係な人も巻き込んでしまう可能性があると同じでもある。
つまり、エシラは魔術を使わずにこの窮地を脱する必要があるということだ。
『だから言ったじゃん! だからついて行ったらダメだって言ったじゃん‼』
「ひきょう……。こんなきたないまねを……!」
『エシラも言い逃れできないくらい間抜けだったぞ‼ こんなわかりやすい罠にかかって‼』
ポケットにしまっていた色変わりのナイフを取り出し、捕まえようとしてくる男の手を避ける。
そのまま全力疾走で振り切ろうと考えていたのだが、三人組の一人がいつの間にか目の前までやってきていた。そして、手に持っている短剣を振るう。
「ふんッ‼」
「っ! は、はや……‼」
ゴミ漁りをほぼ毎日していて、追いかけっこが得意なエシラは違和感を感じていた。
この男は普通の人とは違う、何かを使っている。
「オイオイ、どこの令嬢かはわかんねぇが、魔力の応用すら知らねぇんだな」
「まりょくのおうよう? そういえばタールおじさんがいってたような……」
魔力は魔術を出すためだけのものではない。刃に魔力を流せば切れ味が上がる、全身に流せば運動神経が上がる。
その言葉を今、思い出した。
「例えば、逃げるウサギを捕まえるには、こんな風に――‼」
「うっ‼」
男は旋風のように地を駆け、エシラの背後に回り込んで彼女を地面に押さえつけた。
押さえつけている男とは違う男が唯一の武器である色変わりのナイフを奪い取り、それをまじまじと眺める。
「うわっ、なんだこの色変わりのナイフ⁉ くそほど粗悪品だぞ! ロクに妹を養う金ねぇ俺が言えたもんじゃないが、こりゃヒデェ」
「不良品使ってたのね。私が今使ってる色変わりの短剣とどれくらいクソなの?」
「お前のが百ならコイツのは限りなくゼロに近い。不純物が入りすぎてて変わる色も変わらねえ。逆に――これで色を変えれたら天才越えて異常だ」
「え……?」
今初めて気が付く。自分は魔術の才能はない、ただの人間ではないということに。
自分は天才ではない。同時に凡人でもない。――異常であるということに。
「痛ッ! な、なんかトカゲ噛みついてきた‼ キャーー! 僕トカゲが一番苦手なのにいいい‼」
『うぐぐぐ! エシラー! 今のうちに逃げてくれ――‼』
エシラを取り押さえている男の耳たぶに、アイが噛みつく。その時、一瞬の隙が生まれて拘束が緩くなった。
このまま行けば、なんとか逃げ切れるかもしれない。だが、エシラは背中は見せず、真正面から睨み合う選択肢を選ぶ。
動揺が走った三人のうちの一人から、青い色をしている色変わりの短剣を奪い取って壁掛けランタンの上に着地する。
「ぜぇ……ぜぇ……。まだ抵抗する気か。しかし、トカゲ攻撃はやるな」
「諦めが悪いな。昔のお前を見てるみたいだ」
「む? 待て……なんだその剣の色は……⁉」
エシラが奪い取った短剣は、空色、青色、紺色と変わってゆく。
「よかった。わたし、さいのうないんじゃないかなっておもってたから……すごくうれしい。ありがとう」
最終的に色変わりの短剣は、光を吸収するほどの漆黒へと変色した。
三人は顎が外れるくらい口を大きく開け、滝のような汗とかき始める。
「あ、ありえねぇ……色変わりの武器はどんな才ある魔術師も、魔女も! 紺色が限界だ‼」
「黒色になった記録なんて今までなかったはずでしょ⁉」
「どうやら、只者じゃなかったか。〝未知の領域〟だな……‼」
心臓から腕と足の指先まで魔力を巡らせる。
瞬きをすると同時にエシラの姿は消え、稲妻のように一瞬にして移動した。先ほどの男の動きを再生……否、倍速で再生しているようだった。
大人と子供では対格差や身体能力の差があり、負けることは少ない。
だが、その常識をひっくり返すように男の背後に回ったエシラは、その短剣の持ち手の先端で首元を殴って気絶させる。
仲間がようやく気が付いて彼女に切っ先を向けるが、黒い剣で一閃。持っていた剣はスライスされて地面に落ちた。
同じように殴って気絶させ、残るは一人。
「来い、若き天才よ。 【ファイアーバレット】‼」
「……いまならできるよね。〝開〟・【まっくろなうで】‼」
最後の一人がエシラに狙いを絞り、火の球を飛ばした。エシラは顕現させた黒い腕で、その火の球を握りつぶす。
そのまま一気に決着を――! そう思い駆けだそうとしたのだが、エシラの視界が歪む。
「あ、れ……? なんで……!」
『え、エシラ! 大丈――うぐっ! オイラもさっきので骨が折れちまった……‼』
足がガクガクと震え、胃の中の熱いものが込み上げてくる。
エシラは、まだ魔力の練習を始めて数日しか経っていない。魔力による身体能力強化に魔術の行使、そして子供故の集中継続力の低さが、今ここに現れてしまった。エシラの覚醒を嘲笑うかのように、倒す直前に。
「うぅ……‼ あと、ちょっとだったのに‼」
「安心しろ、少女よ。私たちは君を殺したりはしない。ただ、仕事をしなけれ身内が危ないのでな……。万全の君と手合わせ願いたかったが、そろそろ時間だ。すまない」
もう手加減はしない。警戒しつつ、魔術を再び放つ準備えおしている。そして、
「眠っているんだ。【ボルトバレット】」
眼前に迫る雷の弾丸。エシラもアイも、疲労で動けない。
万事休すか。折しも、背後から誰かの声が響く。
「すまん、遅れた。エシラに手ェ出させるかよ。【歪空】」
「なッ⁉」
声が聞こえたと同時に、空間の一部がぐにゃりと歪んだ。放たれた雷の弾丸はあらぬ方向に飛んで行く。
「タールおじさぁぁん‼」
『助かったぞーー‼』
「ふー……やれやれ、知らねェ人についてくんじゃねぇよ……」
タールの息が上がっていることから、全力疾走でもして探していたのだろう。
安堵して涙目になるエシラとアイ。
「貴殿は……誰だか知らないが、実力者とお見受けする。手合わせ願いたい」
「あ? なんだこの野郎。悪ィがこっちはイライラしてんだよ。エシラが消えて酔いも醒めちまって、広範囲の捜索魔術展開して頭痛ェんだ」
「ならば仕方あるまい。ではこれからは仕事の続きだ。その少女は事らに渡してもらうぞ。【レインバレット】‼」
雫の弾丸が降り注ぐが、タールはそれら全てを透明な壁で受け止める。
「いいかエシラ。戦闘において分析は必須だ。相手をよく見て、どんな回路を構築して魔術を使ってるか……。そいつがわかりゃあ、あとは消化試合みてェなもんだ。【レインバレット】」
「ガハッ⁉」
男が使っていた魔術と全く同じものを使い、いとも容易く無力化してみせた。
エシラを誘拐しようとした三人組は地面で伸び、起き上がる気配はない。なんとか解決したようだ。
「た、たすかった……。タールおじさんありがとぉ……‼」
「ああ、無事でよかった。にしても、二人はよく倒せたな」
「うん。じつはもらったナイフがふりょうひんだったみたいで、ほんとはまっくろだったの!」
「は? 黒に? いや、それも異常だが、そのナイフはちゃんとオレが事前に買ったもんだ、不良品になるわけがねェ。……すり替えられていた?」
『よくわかんないけど、とりあえずよかった~~‼』
疑問が残り霧が晴れないままだが、一時的に問題は解決だ。
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