スラム街の幼女、魔導書を拾う。

海夏世もみじ

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第7話 月夜見

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「エシラ! 日喰子ヒグラシの顕現が正式に確認された! 行くぞ‼」

 相変わらず色が変わらない色変わりのナイフとにらめっこしているエシラのもとに、領主が飛び込んできた。

「……りょうしゅ、いきなりへやにはいってこないで。へんたい」
「えっ、ああ……ごめんなさい」
『エシラ、大体の人にはすぐ懐くのに領主はすこぶる懐かずで珍しいな~』

 ベッドの上で不服そうに頬を膨らませるエシラに、領主は再びしょんぼりとする。
 彼から「ついてきてくれ」と言われたため、ベッドから降りて背中を追った。

「その……なんだ。最近はどうなんだい? 魔力の練習とか」
『思春期の娘に話題振る父親みたいだな‼』
「ぜんぜんうまくいかないよ。このままじゃまにあわないかも……」
「そうか。まあゆっくり……とも言えないから、頑張れとしか言えないな」

 この国の国王に既に報告はしてしまっているため、エシラは早急に成果を挙げなければならない。
 そういえばと呟き、彼女は領主に質問を投げかける。

「いまわたしがヒグラシにあっても、なにもできなくない?」
「大丈夫。今回現れた日喰子ヒグラシは俺たちが追っているのとは別個体だからね。既に近くにいた魔女にも要請済みだ」
「そうなんだ。おためしでみてみる、みたいなかんじなの?」
「うん、そうだよ」

 領主邸を後にし、街中を騎士に囲まれながら練り歩く。
 いつもならば野鼠のようにこそこそと歩くはずの道を堂々と歩き、不安が込み上げてトカゲのアイを津から強く抱きしめた。

 しばらく歩くこと数分、領主の足が止まる。

「到着だ。この廃屋敷に姿を隠したらしい」
「きれいなほうだね。わたしのいえよりまし」
「ぐっ……。俺が街にいれない時間が多いばかりに、スラム街の皆に豊かな暮らしが提供できていないんだ……。すまない」
「だいじょうぶ。さいしょからきたいしてない」
「ガーーン!」

 壁の塗料は剥げ、所々に虫食いされた箇所が見える大きいだけの屋敷。
 時折家が軋み、笑っているようにも聞こえる。エシラは幽霊の怖さより、住居がない恐怖の方が勝っているため、恐れ慄くことはない。

『でもよ、オイラたちが入っていいのか? 魔女を待った方がいいんじゃ』
「そうだ。だが、屋敷の取り壊し工事をしていて、中にまだ作業員がいる。俺たちはその男性全員の救助が目的だ」
『なるほどな。じゃあとっとと助けに行くぞっ‼』

 屋敷の中に足を踏み入れ、中の探索を開始した。
 解体用の工具や壊れた家具などが散乱しており、薄暗い内装と静寂が恐怖心をくすぐる。

「改めて日喰子ヒグラシについて説明しておくよ。この存在は人間から生まれる魔物のことで、自我の獲得のために人の記憶や存在自体を喰らい、擬態する存在だ」
『ま、擬態するって言っても記憶を食べた人物にしか変身できないけどな』
「そう。だからこそ、日喰子ヒグラシは完全に個として成るためにその人物に関する記憶を全てを喰らい、この世界から完全に忘れさせるために動くという個体もいる」
「……とってもいやだね」
「ああ、とてつもなく嫌だろうね」

 領主の顔に影が落ちたのを見逃さず、エシラは声をかけた。

「りょうしゅもむかし、ヒグラシになにかされたの?」
「え? ああ……まあ、昔許嫁がいたんだけれど、日喰子ヒグラシに彼女の記憶を食われてね。彼女が死んでから記憶が戻ってしまったんだ」
「そうなんだ。……あれ?」
「今は色々と複雑でね。まあ、君が気にすることじゃないよ。
 ……さて、しかも日喰子ヒグラシの中には擬態した人物の魔術を使えるものもいるから気を引き締めて――」

 刹那、領主の姿がその場から消える。シャボン玉が割れるように一瞬で。
 火を見るより明らかな異常事態であり、警戒を始める。

「これもヒグラシのせいなのかな……」
『飛ばされたのはアイツだけみたいだな。記憶を食われた人物の魔術だろうし、気を付けるぞ』

 不自然なくらい静かな薄暗い廊下を歩き続けること数分。
 奥の扉から顔だけ覗かせる何者かの姿が目に映る。

「まだ生き残りがいたのね! そこの君、早くこっちに! 危険だから!」
「あれがこうじしてたひとなのかな?」
「早く! アイツに見つかっちゃうわ!」

 顔を覗かせていたのは若い女性の顔で、焦った様子で手でエシラを招いていた。
 その焦燥がエシラにも伝わり、駆け足でそちらに向かう。

『あれ? でも待てよエシラ。確か領主――
「え――」

 到着。
 アイのその言葉は一足遅く、エシラは既にその女性がいる部屋へと足を踏み入れてしまっていた。

「『いただきまぁあああああああす』」
「ひっ……⁉」
『逃げろエシラ‼』

 女性……そう思っていた存在は、人間とは思えない姿をしていた。
 顔と片手だけが人そのものだったが、他全ての部位はペンキで塗ったような黒色。そして、鎖骨あたりから鼠径部にあたる位置まで、縦一直線に大きな口をガパッと開けている。

「ヒグラシ……‼」

 ばくんっ。
 深淵が口を開けたようなその暗闇に食われる音がした。

「ぅ……? あ、あれ? たべられて、ない……?」
「――オイオイオイ。あたしの獲物に手ぇ出してんじゃあないわよ」

 日喰子ヒグラシはエシラがいたところにあった椅子を咀嚼しており、当の彼女は別の場所で自分の安否を確認した。
 エシラを救ったのは、つばが欠けて三日月のような形をしたとんがり帽子を被る女性だ。

「『あ゛ぁ~~? 邪魔、する、なあああああああ‼』」
「やっぱ日喰子ヒグラシはゴミクソだぜぇ。ゴミクソはゴミクソらしく、クソな末路を辿るべきだ。アペリオ

 深い藍色の魔導書グリモワールを開ける。

「――【月輪天惺げつりんてんせい】」
「『あ――?』」
「あたしは匂いで人間か日喰子ヒグラシかがわかるし、どんな性格かもわかる。テメェ、クソみたいな性格だな」

 日喰子ヒグラシはバラバラな死骸となり、やがて灰のようになった。
 そしてそのまま隙間風に乗って、最終的には丸い宝石のような物を遺す。

「嬢ちゃん大丈夫かい?」
「あ、うん」
「……ん? この玉ァ気になんのか? これは日喰子ヒグラシが食った記憶が集まった宝玉でね。これを壊せば記憶が戻るのさ」
「そうなんだ。きれいなきんたまだね」
「オイこら、女の子がタマキン言うんじゃありません。確かに金色だけど。……さて、あたしはそろそろ行くか。達者でな!」

 記憶の玉を手に持ち、バシュンッと音を立ててこの場から姿を消す女性。
 彼女と入れ替わるように、慌てた様子の領主がこの部屋にやってきた。

「エシラ! 大丈夫だったかい?」
「りょうしゅ。ヒグラシはもうたおされたよ」
「そうか。さすがは〝月夜見つくよみの大魔女〟。仕事が早い」
「つくよみ?」
「うん。最近このあたりまで来ていてね。数多の日喰子ヒグラシを屠った大魔女が一柱。君が目指す〝魔女〟の一人だよ」
「……なれるきがしない」

 圧倒的な力を有する魔女。
 それを目の当たりにし、自分もそちら側へ行けるのかと心中で渦巻いたエシラであった。
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