スラム街の幼女、魔導書を拾う。

海夏世もみじ

文字の大きさ
7 / 17

第7話 月夜見

しおりを挟む
「エシラ! 日喰子ヒグラシの顕現が正式に確認された! 行くぞ‼」

 相変わらず色が変わらない色変わりのナイフとにらめっこしているエシラのもとに、領主が飛び込んできた。

「……りょうしゅ、いきなりへやにはいってこないで。へんたい」
「えっ、ああ……ごめんなさい」
『エシラ、大体の人にはすぐ懐くのに領主はすこぶる懐かずで珍しいな~』

 ベッドの上で不服そうに頬を膨らませるエシラに、領主は再びしょんぼりとする。
 彼から「ついてきてくれ」と言われたため、ベッドから降りて背中を追った。

「その……なんだ。最近はどうなんだい? 魔力の練習とか」
『思春期の娘に話題振る父親みたいだな‼』
「ぜんぜんうまくいかないよ。このままじゃまにあわないかも……」
「そうか。まあゆっくり……とも言えないから、頑張れとしか言えないな」

 この国の国王に既に報告はしてしまっているため、エシラは早急に成果を挙げなければならない。
 そういえばと呟き、彼女は領主に質問を投げかける。

「いまわたしがヒグラシにあっても、なにもできなくない?」
「大丈夫。今回現れた日喰子ヒグラシは俺たちが追っているのとは別個体だからね。既に近くにいた魔女にも要請済みだ」
「そうなんだ。おためしでみてみる、みたいなかんじなの?」
「うん、そうだよ」

 領主邸を後にし、街中を騎士に囲まれながら練り歩く。
 いつもならば野鼠のようにこそこそと歩くはずの道を堂々と歩き、不安が込み上げてトカゲのアイを津から強く抱きしめた。

 しばらく歩くこと数分、領主の足が止まる。

「到着だ。この廃屋敷に姿を隠したらしい」
「きれいなほうだね。わたしのいえよりまし」
「ぐっ……。俺が街にいれない時間が多いばかりに、スラム街の皆に豊かな暮らしが提供できていないんだ……。すまない」
「だいじょうぶ。さいしょからきたいしてない」
「ガーーン!」

 壁の塗料は剥げ、所々に虫食いされた箇所が見える大きいだけの屋敷。
 時折家が軋み、笑っているようにも聞こえる。エシラは幽霊の怖さより、住居がない恐怖の方が勝っているため、恐れ慄くことはない。

『でもよ、オイラたちが入っていいのか? 魔女を待った方がいいんじゃ』
「そうだ。だが、屋敷の取り壊し工事をしていて、中にまだ作業員がいる。俺たちはその男性全員の救助が目的だ」
『なるほどな。じゃあとっとと助けに行くぞっ‼』

 屋敷の中に足を踏み入れ、中の探索を開始した。
 解体用の工具や壊れた家具などが散乱しており、薄暗い内装と静寂が恐怖心をくすぐる。

「改めて日喰子ヒグラシについて説明しておくよ。この存在は人間から生まれる魔物のことで、自我の獲得のために人の記憶や存在自体を喰らい、擬態する存在だ」
『ま、擬態するって言っても記憶を食べた人物にしか変身できないけどな』
「そう。だからこそ、日喰子ヒグラシは完全に個として成るためにその人物に関する記憶を全てを喰らい、この世界から完全に忘れさせるために動くという個体もいる」
「……とってもいやだね」
「ああ、とてつもなく嫌だろうね」

 領主の顔に影が落ちたのを見逃さず、エシラは声をかけた。

「りょうしゅもむかし、ヒグラシになにかされたの?」
「え? ああ……まあ、昔許嫁がいたんだけれど、日喰子ヒグラシに彼女の記憶を食われてね。彼女が死んでから記憶が戻ってしまったんだ」
「そうなんだ。……あれ?」
「今は色々と複雑でね。まあ、君が気にすることじゃないよ。
 ……さて、しかも日喰子ヒグラシの中には擬態した人物の魔術を使えるものもいるから気を引き締めて――」

 刹那、領主の姿がその場から消える。シャボン玉が割れるように一瞬で。
 火を見るより明らかな異常事態であり、警戒を始める。

「これもヒグラシのせいなのかな……」
『飛ばされたのはアイツだけみたいだな。記憶を食われた人物の魔術だろうし、気を付けるぞ』

 不自然なくらい静かな薄暗い廊下を歩き続けること数分。
 奥の扉から顔だけ覗かせる何者かの姿が目に映る。

「まだ生き残りがいたのね! そこの君、早くこっちに! 危険だから!」
「あれがこうじしてたひとなのかな?」
「早く! アイツに見つかっちゃうわ!」

 顔を覗かせていたのは若い女性の顔で、焦った様子で手でエシラを招いていた。
 その焦燥がエシラにも伝わり、駆け足でそちらに向かう。

『あれ? でも待てよエシラ。確か領主――
「え――」

 到着。
 アイのその言葉は一足遅く、エシラは既にその女性がいる部屋へと足を踏み入れてしまっていた。

「『いただきまぁあああああああす』」
「ひっ……⁉」
『逃げろエシラ‼』

 女性……そう思っていた存在は、人間とは思えない姿をしていた。
 顔と片手だけが人そのものだったが、他全ての部位はペンキで塗ったような黒色。そして、鎖骨あたりから鼠径部にあたる位置まで、縦一直線に大きな口をガパッと開けている。

「ヒグラシ……‼」

 ばくんっ。
 深淵が口を開けたようなその暗闇に食われる音がした。

「ぅ……? あ、あれ? たべられて、ない……?」
「――オイオイオイ。あたしの獲物に手ぇ出してんじゃあないわよ」

 日喰子ヒグラシはエシラがいたところにあった椅子を咀嚼しており、当の彼女は別の場所で自分の安否を確認した。
 エシラを救ったのは、つばが欠けて三日月のような形をしたとんがり帽子を被る女性だ。

「『あ゛ぁ~~? 邪魔、する、なあああああああ‼』」
「やっぱ日喰子ヒグラシはゴミクソだぜぇ。ゴミクソはゴミクソらしく、クソな末路を辿るべきだ。アペリオ

 深い藍色の魔導書グリモワールを開ける。

「――【月輪天惺げつりんてんせい】」
「『あ――?』」
「あたしは匂いで人間か日喰子ヒグラシかがわかるし、どんな性格かもわかる。テメェ、クソみたいな性格だな」

 日喰子ヒグラシはバラバラな死骸となり、やがて灰のようになった。
 そしてそのまま隙間風に乗って、最終的には丸い宝石のような物を遺す。

「嬢ちゃん大丈夫かい?」
「あ、うん」
「……ん? この玉ァ気になんのか? これは日喰子ヒグラシが食った記憶が集まった宝玉でね。これを壊せば記憶が戻るのさ」
「そうなんだ。きれいなきんたまだね」
「オイこら、女の子がタマキン言うんじゃありません。確かに金色だけど。……さて、あたしはそろそろ行くか。達者でな!」

 記憶の玉を手に持ち、バシュンッと音を立ててこの場から姿を消す女性。
 彼女と入れ替わるように、慌てた様子の領主がこの部屋にやってきた。

「エシラ! 大丈夫だったかい?」
「りょうしゅ。ヒグラシはもうたおされたよ」
「そうか。さすがは〝月夜見つくよみの大魔女〟。仕事が早い」
「つくよみ?」
「うん。最近このあたりまで来ていてね。数多の日喰子ヒグラシを屠った大魔女が一柱。君が目指す〝魔女〟の一人だよ」
「……なれるきがしない」

 圧倒的な力を有する魔女。
 それを目の当たりにし、自分もそちら側へ行けるのかと心中で渦巻いたエシラであった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【第2部開始】ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

月森かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 魔力がないと決めつけられ、乳母アズメロウと共に彼女の嫁ぎ先に捨てられたラミュレン。だが乳母の夫は、想像以上の嫌な奴だった。  乳母の息子であるリュミアンもまた、実母のことを知らず、父とその愛人のいる冷たい家庭で生きていた。  そんなに邪魔なら、お望み通りに消えましょう。   (小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています)  

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、生命を懸けて鬩ぎ合い、幾度も涙を流す旅路の中で自分の在り方を探す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※基本週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開中(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...