スラム街の幼女、魔導書を拾う。

海夏世もみじ

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第14話 手向けを

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「いまの……りょうしゅのきおく……?」

 あの崖で、エシラは日喰子ヒグラシに喰われていた記憶を見ていた。
 目の前には既に日喰子ヒグラシの姿はなく、割れた紅蓮の宝玉が手のひらで煌めいている。

「……あー、なるほど。俺は、記憶も体も喰われていたのか……」
「あ……りょうしゅ」

 唸りながら、本物の領主フィオレンツォがむくりと起き上がった。

「もうだいじょうぶなの?」
「ああ。記憶も、成り替わられていた時の記憶も戻ったよ。色々と迷惑をかけたね。すまない、それとありがとう、エシラ」
「うん……どう、いたしまして……」

 エシラはバツが悪そうに、彼を直視して正面からその感謝の言葉を受け止められなかった。
 それを瞬時に感じ取った領主は彼女の前まで歩み、しゃがんで目線を合わせる。

「エシラ、何か……思うことでもあったのかい?」
「うん……。りょうしゅは、だいじなきおくをたべられて、すきなひととけんかわかれして……。
 もしかしたら、ずっとそのいやなきおくをたべられてたほうがしあわせだったんじゃないかな、って……」
「そうか……。うーん、そうだねぇ……」

 今なら、あの赤髪のメイド、もとい領主の妹の行動が納得できる。
 彼の最低最悪な悪夢のような記憶、それをずっと食べられていたほうが過去に苛まれながら生きていくことはないのだから。

 自分がこれは最善だと思っていた行動が、他者にとっては最悪の可能性。それを考慮していなかった。

 エシラは割れた紅蓮色の宝玉をぎゅっと握りしめ、行き場なく暴れ回る感情を抑える。領主も言葉を選ぼうとし、眉を顰めた。
 そんな時、ヒュルルルと何かの音が聞こえ、光が二人を照らした。

「ああ……もうそんな時間か。〝花火〟と言うらしいね」

 海の向こう側で祭りが始まったらしく、深い藍色の夜空に花火が咲き乱れる。

「あのはなびだって、もしきおくがなかったら……なにもかんがえずに『きれいだね』っておもえたのに……! しあわせになれたかもなのに! わたしのせいで‼」
「エシラ……」

 今まで、表立って感情を出していたことが少なかったエシラだが、ポロポロと涙を流し始めた。

「成程。確かに、この記憶はお世辞にもいい物とは言えないものだ。脳裏に過るだけで死にたくなる……。
 けれど、いつかは向き合わなければならなかったものだ。死にたいと思う気持ちは消えてない。けれど、君が俺のために泣いてくれてるんだ。生きる活力ももらえたよ」
「ぅう……‼」
「ありがとう、もう大丈夫だ。君のおかげでようやく前を向けそうだ」

 花火を横目に、エシラのことを抱きしめる。
 泊まることを知らない涙と嗚咽に、領主も涙腺が緩む。

「りょうしゅ……」
「うん? どうしたんだい」
「なまぐさいぃ……」
「…………台無しだ。ぷっ、ははっ! やはり、君に涙は似合わないよ」

 今の今まで日喰子ヒグラシの腹の中にいたため、生臭かったらしい。
 涙は笑いで吹き飛ばされ、二人の視野が広がる感覚がした。そんな時、エシラの魔導書グリモワールが光り輝いているのに気が付く。

「それ、どうしたんだい?」
「ぐすっ。……? あ、なんか、あたらしいまじゅつがふえた……みたい?」
「ほう。もしかしたら君の魔導書グリモワールは、〝誰かの大切な忘れ物を取り返した時〟に新たな魔術が発現するのかもしれないね」
「わすれもの……」

 エシラは過去二度の出来事を思い出した。
 一つ目の【まっくろなうで】は、地蔵の本来の存在意義を思い出させたことによる発現。
 二つ目の【ゆがんだひとみ】は、エシラが過去に置いてきた怒りという感情を思い出したことにより発現した。

 彼女はそれを踏まえ、あっているのかもしれないと首を縦に振る。

「本来、魔導書グリモワールは最初から最後まで書き記されているが……そうか。
 その魔導書グリモワールは、君が書き記していくんだね」
「うん、そうみたい。ほかにはなにもかいてないし、まっしろだし」
「これからが楽しみだ。ちなみにどんな魔術を会得したんだい?」
「えーっと……」

 エシラは魔導書グリモワールのページをめくり、新たに書き記された文字を確認した。

「あ……。うん、たいせつなおもいでだよ」
「どんな魔術だったんだい? よければ見せてほしいな」
「わかった。〝アペリオ〟」

 エシラはぼそりと唱えた後、人差し指を空に向ける。集中力を高め、体内の魔力をふんだんに人差し指に籠める。
 そして、パチンッと指を鳴らした。

「――【よぞらのおはな】」

 指先からが射出され、光の筋を作りながら天高くまで上昇してゆく。
 そして、ドンッ! と轟音を立てて、大輪の花を咲かせてみせた。
 対岸の花火に引けを取らず……否、勝る勢いの華美があった。

「これは……か……‼」
「ラヴァンダさんは、もういない……。でも、しにたいとおもうりょうしゅもいなくなった」

 ……であるのならば、手向けの花を――。

 エシラはその思いを込め、魔術を放った。
 これから領主が、自分が。前を、さらに上を向いて歩めるように。ラヴァンダと、心優しき日喰子ヒグラシに届くよう。
 決別の花火を打ち上げる。

「あぁ……奇麗だ……。ラヴァンダにもこれを……いいや、見てくれているだろうか。あんなに天高くに咲いているのだから、届いているかもしれないな」
「りょうしゅ、いろいろとありがとう」
「いいや、俺は何も。日喰子ヒグラシがしたことだ」
「でも、そのヒグラシはりょうしゅをかんぜんコピーしてたから。りょうしゅのおかげでもある。ありがと」
「……そういうことなら、素直に受け取っておくよ、どういたしまして」

 その言葉を受け取ったエシラは、突然視界が歪み、倒れ込みそうになる。
 一週間眠り続けた寝起き一発で放ってよい魔術ではなかったのだ。

「おっと! 大丈夫か?」
「うん。ちょっとあたまいたい……」
「色々と無茶をさせてしまってすまなかった……。帰ろうか」
「うん……」

 エシラは両手を広げ、抱っこを要求する。
 領主は一瞬瞠目するが、クスッと笑ってそれを受け入れた。

「エシラ、本当にありがとう。感謝してもしきれないよ」
「ん、せいいはこうどうでしめしてね」
「あ、あぁ。ちゃっかりしてるのはタールの仕業か……?」

 領主は花火を背に、エシラはその花火を見つめながら、自分たちの居場所へと帰るのであった。

 ――【よぞらのおはな】。
 二人の大切な思い出を取り戻したことで発現した魔術。
 指を鳴らすとその先から花火が打ちあがり、炸裂する代物。爆発の殺傷能力以外にも、花の成長を促す特殊効果がある。
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