スラム街の幼女、魔導書を拾う。

海夏世もみじ

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第13話 儚く散る花

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 ――数年前。
 アルクス公国大聖堂にて。

「では次、エスターテ家からフィオレンツォ! 前に出なさい」
「……はぁああい」

 無駄に白いひげを生やした、白い衣装に身を包む老人に呼ばれ、一人の少年は席を立ちあがる。
 フィオレンツォ・エスターテという貴族として生まれた彼は、十歳の時にする魔導書グリモワール選定の儀に付き合わされているわけだ。

(とっとと終わんねぇかな……)

 欠伸を噛み殺しながら壇上に上がり、司祭らしい服の老人に目をやる。
 それを確認し終えると、何かの呪文を吐きながら並べられた本に手をかざした。

「……ム? おおっ⁉ 〝紅蓮装丁の魔導書グリモワール〟がお主を選んだぞッ‼」
「えぇ……」
「皆拍手を‼」

 雨音のように響き渡る拍手に、彼は吐き気を催していた。
 なぜならば、魔導書グリモワールに選ばれたら面倒ごとが次々と舞い込むのと同義であるからだ。

 それに、彼の両親がこんな好機を見逃すわけがない……。

「――フィオレンツォ、次のパーティーにも出席してもらうぞ。嫌がってもな」
「…………」

 大聖堂にて魔導書グリモワールに選ばれてから数週間後。
 フィオレンツォは今日も今日とて父親にそんなことを告げられていた。

 魔導書グリモワールに選ばれれば、それだけ権力を持つこととなる。
 ゆえに、親に政治利用されているのだ。

「んだよクソ親父が! やっぱ貴族はクソだ。誰も信じらんねぇ」

 自室の荒れ具合も、使用人に見られるわけにはいかない。
 全員親父の手中にあるから油断ができない。信じられるのは、自分だけなのだ。

「……あ、そーいや今日の午後からお見合いとか言ってたっけか? 究極めんどくせぇ~~」

 フィオレンツォは部屋に呼びつけた使用人に服を見繕ってもらい、馬車に乗って移動をする。
 今回お見合いするのはルーメ家という名高い貴族だ。当の本人は、名前を憶えていない。
 いかんせん貴族に対してはゴミ捨て場くらいの興味しかないからだ。

 お見合いの場ではとんとん拍子で両親同士で話が進み、彼もとうとうお見合い相手の御尊顔を見れる。

「は、はじまぅっ、はじめまして! ラヴァンダ・ルーメ、でしゅ‼」
「…………噛んだな」

 桃色の髪をしたハーフアップに、翡翠色の瞳をジタバタと泳がせる彼女。
 整った顔はみるみる赤くなり、熟したリンゴのようだった。

「す、すみません……噛みまコヒュッ!」
「……ははっ。なんだお前、馬鹿丸出しだな」
「ひ、ひどいですぅっ⁉」

 彼女に対しての感想は俺の発言通り、馬鹿そうだなぁという一点だけだった。
 だが、その馬鹿さ……美化していえば素直さ。それこそが、今の荒んだフィオレンツォの心に必要だったんだろう。

 このお見合いをしてからというものの、彼とラヴァンダは頻繁に会って中を育んでいた。

「フィオレンツォ様! 魔術見せてください‼」
「お前はほんと魔術好きだな……。ほいっ、【火丸曄ひがんばな】‼」
「きゃっきゃっ♪」

 ある時は魔術を披露してあやしたり。

「ラヴァンダ、そのとんがり帽子はなんだ?」
「あ、これですか? 実は私、魔女になりたいんです! それでみんなを笑顔にするんです!」
「へー。でも真っ白なんだな」
「お花が好きでして……。そこで私、〝年に一度、夜にだけ咲くどんな願いが叶う花〟を染料にして着色したいな~って!」
「いいな。そん時は俺も付き合うよ」
「えへへ。ありがとうございますっ」

 ある時は夢を聞かせてもらったり。

「もし俺が領主になったら、眼鏡キャラから眼鏡を外す派閥を追放する法を作ろうと思う」
「……眼鏡、好きなんですか?」
「いや、断じてそういうわけじゃない。でも共感するだろ?」
「いいえ。全く」

 ある時は彼の性癖について。
 色々と楽しく語り合った。

 魔導書グリモワールに選ばれてからは多忙の日々だったが、ラヴァンダがいてくれたから楽しく過ごせていただろう。
 だが、そんな幸せが崩れるのはいつだって唐突なものだった。

「件の花が見れるのっていつだったっけ?」
「確か一週間ほど後です!」
「そうか。なら一緒に見に行こうか」
「はいっ‼」

 いつも通り、二人が何気ない会話をしながら赤い絨毯が敷かれている廊下を歩いていたところだった。

「フィオレンツォ様、ラヴァンダ様。そろそろお食事の時間です」
「ん? メイド、もう少し時間があるはずだと思ったが」
「そうですか。ならばあちらの時計をご確認ください」

 駆け足でやってきたメイドは二人の背後を指さす。
 何も考えず、後ろを振り向いた。

「ええ、はい……。
「は」

 フィオレンツォが再び前を向いたら、目の前にバカでかい口があんぐりと開かれてた。

(なん、だ、このバケモノ……! いや、とにかく今ラヴァンダだけでも助け――‼)

 ばくんっ。
 瞬間、視界が真っ暗になって、咀嚼音が彼の耳に直で響いてきた。

 そう。
 彼は、日喰子ヒグラシに喰われた。


  #  #  #


「う、うーーん……?」

 フィオレンツォが目を覚ますとそこは、知っている天井だった。
 ただ一つ違和感があるとするのならば、彼の片手が思うように動かないという点だ。

「ふ、フィオレンツォ様! よかった……お目覚めになったんですねっ‼」
「……お前は……」

 桃色のハーフアップに、翡翠色の瞳をした気品ある佇まいの女性。
 彼女がフィオレンツォの手を握りながら心底嬉しそうに、安堵しながら涙を流していた。
 だが、だけれども――

「――
「え……?」
「ってか、俺は貴族が嫌いなんだ。誰だか知らねぇけど、あんまべたべたすんな」

 フィオレンツォは、婚約者に関する記憶の全てを喰われてしまった。
 それだけ愛を育もうが、壊れるのはいつだって一瞬だ。


「だから! お前のことなんか知らねぇっつってんだろ!」
「そんな……私ですフィオレンツォ様! お見合いをして婚約者となったラヴァンダです‼」

 室内からは男の怒りを孕んだ声と、女の悲哀を孕んだ声が響いていた。
 日喰子ヒグラシに記憶を喰われたフィオレンツォは、ラヴァンダに関する一切の記憶をなくしている。
 ゆえに、貴族への不信感と嫌悪感が頂点の時まで巻き戻ってしまっていた。

「いいからこっから出てけって!」
「っ……。わかり、ました。あ、明日も来ますからっ‼」

 ラヴァンダはめげずに明日も来ると言い放ち、部屋を後にする。

 ――後日。
 有言実行をして彼がいる部屋へとやってきたラヴァンダだったが、

「あのなぁ……来るなっていっただろ!」

 心を開いて、はにかんだ表情を向けてくれる彼などいるはずがなく、怒号が鼓膜を揺らす。

「で、でも……。少しでも記憶が戻るようにって」
「それが迷惑なんだってわかんねぇのかよ! いいからどっか行け‼」
「うぅ……」

 次の日、そのまた次の日と彼の元を訪れる彼女だったが、記憶が戻ることも、日喰子ヒグラシが討伐されることもなかった。
 そんな非日常が日常になりつつある時、とうとう出禁の命令が下ってしまう。

「今日は、あの花を探しに行く日だったのに……」

 人混みに揉まれながら、ラヴァンダは朱色に染まりつつある街路を歩く。
 そんな彼女の頭の上で電球が点いた。

「そうだ、その花! なら、フィオレンツォ様を元に戻せるかも‼」

 濁流のように流れてくる人々をかき分け、〝その花が見える〟と言われている場所まで彼女は足を運んだ。
 この数分後にとも知らず、彼女は……行方不明となった。


  #  #  #


「あ……思い、出した」

 室内で、一滴の雫が零れるように彼は呟いた。
 窓の外は真っ暗で、部屋の明かりが彼の焦燥の面を暗闇から掘り起こされる。

「そうだ、アイツ……あいつなんかじゃない。ラヴァンダ……っ! 俺の、俺の大切な人だっただろうが!
 くそっ……なんで、忘れてたんだッ‼」

 彼女のことを完全に思い出した彼は、はやに置かれていた純白なとんがり帽子を片手に屋敷を飛び出した。
 行先は分かっている。全てを思い出したから。

 暗闇を駆け抜け、煌めく汗を落としながらそこへと向かった。

「はぁ、はぁ……っ‼ ラヴァンダ‼ いるのか⁉」

 たどり着いた先は、領主邸の裏手の先にある危険地帯。
 ここは漣の音が聞こえ、崖となっているため近づくことは怪我をする可能性がある。

 フィオレンツォは必死に彼女の名前を呼ぶが、耳に入ってくるのは彼女の花のような凛とした声ではなく、漣だけだ。

「ま、まさか崖の下に落ち……い、いや。いないだろ。ないない。そうだ、先に帰ったんだ……。そうに、決まってる……」

 崖の下を覗くが、そこは真っ暗で何も見えやしない。
 見るのが怖かった。そこに彼女が落ちてしまっていたら、生きている可能性はゼロになってしまうと感じたから。
 悪寒がした。肌が粟立った。嫌な予感をビシバシと感じていた。

 その悪い予感を受け入れたくないために立ち上がり、踵を返そうとしたその時。
 ヒュルルル……ドンッ。

「あ――」

 海の向こうの夜空に、大輪の花が咲いた。
 その花は一瞬で咲き、一瞬で散ってゆく光の花……そう、〝花火〟だ。

「夜にだけ咲く、何でも願いが叶う花……あれのことだったのか」

 彼が持っていたラヴァンダの白いとんがり帽子が、その花火で染色させられる。
 彼女と一緒に見たかったと感じて、その花火を直視するのは嫌になって、視線が自然と下を向いた。
 そのせいで、

「――ぇ……ぁ、うぁ……っ!」

 花火は淡く明るく、地上を微かに照らす。
 彼の目に飛び込んできたのは――頭から血を流してピクリとも動かないラヴァンダの姿だった。

「な、んで……なんで! ぅ、あぁああああああああ‼‼」

 どれだけ叫んでも、この声が届くことはない。
 彼女は薄暗い道を歩き、崖があることすら気づかずに落下。魔術も、体術も、何も扱えない彼女が辿り着くのは必然的に死、のみだった。


 咲いては散る花火には目もくれず、儚く散った愛しき君へ。
 彼はただただ、涙と後悔、謝罪しか送ることができなかった。
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