悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部

Hiroko

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24 豊玉姫

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「須佐乃袁尊、危なかったねえ、ほら、これ飲んでねえ」ダイダラ坊はそう言って、芹那に飲ませていた温かい酒を、指先に滴らせて僕にもくれた。
「あ、ありがとう……」そう言って僕はその酒を飲むと、なるほど確かに急激に体が温かくなり、一瞬の脱力感の後に、深い眠りから覚めたような爽快な気分になった。
「な、なんだこれ、すごいね!」と僕はダイダラ坊に言った。
「えへへ、そうだろう? 神様にもらったお酒だからねえ」とダイダラ坊は自慢げに言った。
 辺りを包む白い靄が雲なのか霧なのか判然としなかった。
 ただ、すーーーっと風が吹いて靄が晴れると、そこには神の遣いの狼と、その横に芹那が倒れているのが見えた。
「せ、芹那!? どうしたんだ、芹那!?」僕は慌てて芹那の下に駆け寄った。
「芹那! 芹那!」抱き起して肩をゆすっても体から力が抜けて意識を取り戻す様子がない。
「芹那! 芹那! どうしたんだ、芹那!」
「大丈夫だよお……」ダイダラ坊が言った。「月読尊は、酒を飲み過ぎただけだよう」
「え……?」そう言えばなるほど、慌ててて気づかなかったが、芹那の体は妙に温かい。頬も赤い。息が酒臭い。このまま置いて帰ろうかと思った。
「それより須佐乃袁尊!」
「は、はい!」狼が突然大きな声を出したので僕は授業中に居眠りを起こされた時のようにびっくりした。
「助けていただきたい!」
「え、こ、今度は何を!?」
「豊玉姫を、助けていただきたい!」
 そ、そう言えば豊玉姫はどうなった? 確かあの時、僕が戦っている間に芹那がもう大丈夫だと言ってなかったか?
「ご覧あれ!」
 狼がそう言うので、僕はその横にある小さな石像に目をやった。
「お、お地蔵様?」
「無礼な!」
「は、はい! ごめんなさい!」
「お地蔵さまではない! こちらが豊玉姫であらせられる!」
「と、豊玉姫?」どう見ても小さなお地蔵さまだった。け、けど、それは髪の長い女の子が目を閉じ膝を抱えて座っているような姿で、確かにそんな奇妙な形のお地蔵様など見たことはなかった。
「そうなんだよお、豊玉姫なんだよお」
「で、でもどうしてこんな、石の姿に……」僕は狼を怒らせないよう、言葉を選びながら話した。
「豊玉姫はねえ、千年以上もあそこに隠れていたからねえ、石になってしまったんだよう……」ダイダラ坊はそう言いながら、その顔は見えぬほどに高いところにあってわからなかったが、どうやら泣いているようだった。
「そ、そんな……」
「助けていただけるか! ありがたい!」
 また始まった……。
「助けてあげたいけど、いったいどうすればいいかわからないよ……」
「豊玉姫はねえ、僕の恩人なんだよお……」ダイダラ坊が言った。
「恩人ってえ?」いつのまにやら芹那が話を聞いていて、眠たげにそう聞いた。
「僕はもともと化け物だったんだよお。それがねえ、豊玉姫がねえ、『お前は優しい。人のために良く働く。だから陸地に海を作れば、神の遣いにしてやろう』って言ったんだよお」
「陸地に海を? どう言うこと?」僕は聞いた。
「陸地に海を作って、近淡海(ちかつおうみ)と呼んだんだよお」
「琵琶湖のことじゃないかしら? 近江の国のことを言ってるのよ、たぶん」芹那は寝ぼけながらそう言った。
「琵琶湖? ダイダラ坊が琵琶湖を作ったのかい?」
「その通り!」と狼が代わりに答えた。
「僕が陸地に海を作る時にねえ、豊玉姫は、その土を集めて山を作りなさいと言ったんだよお。そこから下を眺めて、人のために働きなさいと言ったんだよお」
「山を? 作ったのかい?」
「さよう! この富士の山は、ダイダラ坊が掘った土を集めたもの。ダイダラ坊が治める山である!」
 芹那はいつのまにやら僕の肩に寄り掛かってまた寝息をかいていた。
「豊玉姫は、一緒に来なかったのかい?」
「豊玉姫は、海の神である! 山へは入らぬ! だがしかし、富士の麓で世を眺め、ダイダラ坊とともに人々をお助けするつもりであった!」
「それが、こんなことになってしまったのか……」
「助けていただけるか! ありがたい!」
「あ、いや、その……」無理だとは言いにくい空気になってしまった。
「とりあえず、うちに連れてきなさいよ……」芹那が半分寝ながら言った。
 無責任な! と僕は言いたかったが、だからと言って解決できる考えも浮かばなかった。

 そんなわけで、僕は石像となった豊玉姫を背中に背負い、新幹線に乗り、電車を乗り換え、バスに乗り、芹那の神社まで戻ってきた。
「とりあえず、本殿の中に入れておきましょう」
「そんなものみたいな扱いでいいの?」
「なに言ってるの、本殿はそもそも神様に入ってもらうところよ? むしろうってつけだわ」
「まあ、そう言われればそうだよね」と僕は言い、豊玉姫を本殿に入れた。
「問題は、豊玉姫をどうやって元に戻すかよね」狭い本殿の中に入り、膝を抱えて石像になった豊玉姫を前に、芹那は頬杖をついた。やっぱり何も考えてなかった!
「和也も何か考えなさいよ?」芹那はなぜか僕を責めるように見た。
「考えろって言われても……」僕は首をひねるしかなかった。
「そうだ、こないだ話してた佐藤君って人にお願いできないかしら?」
「佐藤に?」
「河童を兎に変えちゃったんでしょ?」
「そんな話したっけ?」
「したわよ。まるで私が人の話すぐ忘れる子みたいな言い方しないでよ」
 いや、その通りだから……。
「とにかくその佐藤君にお願いしてみましょうよ。河童を兎に変えられるなら、石になった豊玉姫を元に戻すこともできるかも」
「そ、そう言う理屈かなあ……」
「他に理屈なんてないわよ。ね、佐藤君を呼びましょう!」


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