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25 死と再生
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豊玉姫の石像を前に、真ん中に佐藤、左に芹那、右に僕と言う形で、狭い本殿の中で向かい合って座った。
佐藤は一通り僕たちの話を聞いた後、ふむふむと頷いたきり、じっと豊玉姫を睨んだままひと言も話さなくなった。
何を考えているんだろう……。
芹那が何かを言いたくてうずうずしているのがわかった。けれど佐藤のあまりに真剣な眼差しと、ピリピリした空気に、言葉を発していいかどうかわからず、僕は芹那に目配せした。
佐藤にはすべてを話した。
正人のことは省いたが、美津子と踏切から過去の世界に行ったこと、スサノオとの旅の話、平城京での戦い、芹那との出会い。そしてこちらの世界に戻ってきてからのこと、僕がスサノオの生まれ変わりであり、芹那はツクヨミノミコトの生まれ変わりであること。その全てだ。
「二人は勘違いをしている」佐藤が最初に言ったのは、そのひと言だった。
「かん、ちがい?」芹那が聞き返した。
「君は月読尊の生まれ変わりだと言ったね?」
「はい、そうです……」
どうして芹那が敬語で話すのかよくわからないけど、佐藤は確かにこの場で学校の先生のような落ち着いた雰囲気があった。
「じゃあ、この子を呼び戻すのは、君の役目だ」
「私の、役目ですか?」
「そう。僕にはできない」佐藤はきっぱりと言った。
「勘違いと言ったのは?」僕はあらためて聞いた。
「二つあるよ」
「二つ?」
「そう。まず一つは、僕は別に魔法を使えるわけじゃない。あの時河童を兎に変えたのは、本来の姿に戻しただけなんだよ」
「本来の姿?」
「そう。僕にはなんとなくだけど、もう一つの世界が見えるって和也には話したね」
「うん」
「あの河童は、もう一つの世界では兎だったんだ」
「兎?」
「そう。僕にはその姿が見えた。だからその姿に戻してやっただけの話だ」
「え、でも、だったらなおさら、豊玉姫を本来の姿に戻せるんじゃあ?」芹那が聞いた。
「違うよ。豊玉姫は、違う世界にいるから姿が変わったわけじゃない。あっちの世界でもこっちの世界でも豊玉姫はこの姿だ。つまり、この石の姿もまた、豊玉姫の本来の姿なんだ」
表情からするに、芹那はたぶん理解していない。
「で、もう一つの勘違いって言うのは?」
「君たち二人は、自分たちがどう言う存在であるのかまったくわかっていない」
「私たちの、存在……」
「そう。まず君は、月読尊の生まれ変わりなんだよね。月読尊と言えば、須佐之男命もそうだけど、伊弉諾(いざなぎ)から生まれた三貴神の一人だ。その力がただ怪我や病気を治すだけだなんてはずがない。もっと強大な力を秘めているはずなんだ」
「強大な力……」
「月と言えば、死と再生の象徴だ。月の満ち欠けは、復活する者と滅亡する者なんだよ。君にはそれを掌(つかさど)る力があるはずなんだ。病気や怪我を治せるのも、きっとそのせいだ。豊玉姫が仮に今、死の状態にあるとするならば、それを復活させるのは月読尊、君なんだよ」
芹那は眉を寄せ、これから泣けばいいのか喜べばいいのかわからないような顔をしている。
「須佐之男命にしてもそうさ。須佐之男命と言えば、神の世界を破壊するほどの荒くれ者で、妖怪最強と言われる八岐大蛇を倒した神だ。そんな最強の神が、土蜘蛛なんかに手こずるわけないんだ」
僕は泣けばいいのか喜べばいいのかわからなかった。
「二人とも、まだ全くと言っていいほど自分たちの力を発揮していない。ところで和也、その胸からぶら下げているものはなんだい?」
「え? これ?」そう言って僕は勾玉を取り出した。
「そ、それなんだい……?」一瞬、佐藤はとんでもなく恐ろしいものを見たような表情になった。
「八岐大蛇だよ。本当は夜になるとその姿を現すんだけど、今はどうやら深い傷を負っていて戻れないらしいんだ」
「なるほど……、さっき言ってたことは本当なんだね。とてつもない力を感じるよ。けれどね、それもやはり、月読尊、君が持っていた方がいいかも知れない」
「え、この勾玉を? 私が持つの?」
「そう。豊玉姫と同じことだよ。八岐大蛇を復活へと導けるのは、月の力、つまり再生の力を持った月読尊だけなんだ。それに三種の神器は知ってるね。それぞれ、八咫鏡は天照大神、天叢雲剣は須佐之男命、そして八尺瓊勾玉は月読尊が持っていた方が相性がいいんだ」
「そうなの……ね」
芹那はなぜだか気乗りしない様子だ。
「か、和也、それって確か蛇よね」
「うん、まあそうだよ」
「蛇かあ……」
それが嫌なのか……。
「それにいざとなれば、君を守る強い味方になってくれるはずだ」
「わかった、つける。和也それ貸して?」
わかりやすいんだから……。
僕は勾玉を首から外し、芹那に預けた。
「でも、どうすればいいのかしら……」
夕方になって佐藤を見送り、僕らは再び本殿に戻って豊玉姫を前に頭を悩ませた。
「さすがの佐藤も、そこまでは教えてくれなかったね」
「佐藤君がわからないもの、私たちがわかるわけないものね」
「うん。でもいろいろ教えてくれて助かったよ」
「ほんとにね。まあちょっと、衝撃的ではあったけども」
スサノオが神の世界を破壊するほどの荒くれ者と呼ばれていたなんて想像もつかなかった。僕の知っているスサノオは、勇敢で、優しく、ちょっと抜けたとこもあるけどよく笑う、気のいい兄貴のような存在だった。そしてその生まれ変わりである僕にしても、そんな力がこの体に宿っているなんて信じられない話だった。
気が付くと、外はもう暗くなっていた。
「あっ、いっけない! 今日の夕食、私が作る日だった! お父さん今ごろお腹空かしてるよ……」そう言って芹那と二人、本殿の外に出た。
と、待ち構えていたかのように、鳥居の真上に大きな三日月が昇っていた。
まるで死神の鎌のように鋭い月だった。
「あ、あれ……? みんな死んじゃった?」芹那はうわごとのようにそう言い残すと、ばたりと気を失って倒れてしまった。
佐藤は一通り僕たちの話を聞いた後、ふむふむと頷いたきり、じっと豊玉姫を睨んだままひと言も話さなくなった。
何を考えているんだろう……。
芹那が何かを言いたくてうずうずしているのがわかった。けれど佐藤のあまりに真剣な眼差しと、ピリピリした空気に、言葉を発していいかどうかわからず、僕は芹那に目配せした。
佐藤にはすべてを話した。
正人のことは省いたが、美津子と踏切から過去の世界に行ったこと、スサノオとの旅の話、平城京での戦い、芹那との出会い。そしてこちらの世界に戻ってきてからのこと、僕がスサノオの生まれ変わりであり、芹那はツクヨミノミコトの生まれ変わりであること。その全てだ。
「二人は勘違いをしている」佐藤が最初に言ったのは、そのひと言だった。
「かん、ちがい?」芹那が聞き返した。
「君は月読尊の生まれ変わりだと言ったね?」
「はい、そうです……」
どうして芹那が敬語で話すのかよくわからないけど、佐藤は確かにこの場で学校の先生のような落ち着いた雰囲気があった。
「じゃあ、この子を呼び戻すのは、君の役目だ」
「私の、役目ですか?」
「そう。僕にはできない」佐藤はきっぱりと言った。
「勘違いと言ったのは?」僕はあらためて聞いた。
「二つあるよ」
「二つ?」
「そう。まず一つは、僕は別に魔法を使えるわけじゃない。あの時河童を兎に変えたのは、本来の姿に戻しただけなんだよ」
「本来の姿?」
「そう。僕にはなんとなくだけど、もう一つの世界が見えるって和也には話したね」
「うん」
「あの河童は、もう一つの世界では兎だったんだ」
「兎?」
「そう。僕にはその姿が見えた。だからその姿に戻してやっただけの話だ」
「え、でも、だったらなおさら、豊玉姫を本来の姿に戻せるんじゃあ?」芹那が聞いた。
「違うよ。豊玉姫は、違う世界にいるから姿が変わったわけじゃない。あっちの世界でもこっちの世界でも豊玉姫はこの姿だ。つまり、この石の姿もまた、豊玉姫の本来の姿なんだ」
表情からするに、芹那はたぶん理解していない。
「で、もう一つの勘違いって言うのは?」
「君たち二人は、自分たちがどう言う存在であるのかまったくわかっていない」
「私たちの、存在……」
「そう。まず君は、月読尊の生まれ変わりなんだよね。月読尊と言えば、須佐之男命もそうだけど、伊弉諾(いざなぎ)から生まれた三貴神の一人だ。その力がただ怪我や病気を治すだけだなんてはずがない。もっと強大な力を秘めているはずなんだ」
「強大な力……」
「月と言えば、死と再生の象徴だ。月の満ち欠けは、復活する者と滅亡する者なんだよ。君にはそれを掌(つかさど)る力があるはずなんだ。病気や怪我を治せるのも、きっとそのせいだ。豊玉姫が仮に今、死の状態にあるとするならば、それを復活させるのは月読尊、君なんだよ」
芹那は眉を寄せ、これから泣けばいいのか喜べばいいのかわからないような顔をしている。
「須佐之男命にしてもそうさ。須佐之男命と言えば、神の世界を破壊するほどの荒くれ者で、妖怪最強と言われる八岐大蛇を倒した神だ。そんな最強の神が、土蜘蛛なんかに手こずるわけないんだ」
僕は泣けばいいのか喜べばいいのかわからなかった。
「二人とも、まだ全くと言っていいほど自分たちの力を発揮していない。ところで和也、その胸からぶら下げているものはなんだい?」
「え? これ?」そう言って僕は勾玉を取り出した。
「そ、それなんだい……?」一瞬、佐藤はとんでもなく恐ろしいものを見たような表情になった。
「八岐大蛇だよ。本当は夜になるとその姿を現すんだけど、今はどうやら深い傷を負っていて戻れないらしいんだ」
「なるほど……、さっき言ってたことは本当なんだね。とてつもない力を感じるよ。けれどね、それもやはり、月読尊、君が持っていた方がいいかも知れない」
「え、この勾玉を? 私が持つの?」
「そう。豊玉姫と同じことだよ。八岐大蛇を復活へと導けるのは、月の力、つまり再生の力を持った月読尊だけなんだ。それに三種の神器は知ってるね。それぞれ、八咫鏡は天照大神、天叢雲剣は須佐之男命、そして八尺瓊勾玉は月読尊が持っていた方が相性がいいんだ」
「そうなの……ね」
芹那はなぜだか気乗りしない様子だ。
「か、和也、それって確か蛇よね」
「うん、まあそうだよ」
「蛇かあ……」
それが嫌なのか……。
「それにいざとなれば、君を守る強い味方になってくれるはずだ」
「わかった、つける。和也それ貸して?」
わかりやすいんだから……。
僕は勾玉を首から外し、芹那に預けた。
「でも、どうすればいいのかしら……」
夕方になって佐藤を見送り、僕らは再び本殿に戻って豊玉姫を前に頭を悩ませた。
「さすがの佐藤も、そこまでは教えてくれなかったね」
「佐藤君がわからないもの、私たちがわかるわけないものね」
「うん。でもいろいろ教えてくれて助かったよ」
「ほんとにね。まあちょっと、衝撃的ではあったけども」
スサノオが神の世界を破壊するほどの荒くれ者と呼ばれていたなんて想像もつかなかった。僕の知っているスサノオは、勇敢で、優しく、ちょっと抜けたとこもあるけどよく笑う、気のいい兄貴のような存在だった。そしてその生まれ変わりである僕にしても、そんな力がこの体に宿っているなんて信じられない話だった。
気が付くと、外はもう暗くなっていた。
「あっ、いっけない! 今日の夕食、私が作る日だった! お父さん今ごろお腹空かしてるよ……」そう言って芹那と二人、本殿の外に出た。
と、待ち構えていたかのように、鳥居の真上に大きな三日月が昇っていた。
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