悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部

Hiroko

文字の大きさ
43 / 52

正人の話 其の壱壱

しおりを挟む
「おい、猪からあんな攻撃食らってどうして生きていられるんだよ?」
「うるさいわね……、十分痛かったわよ……」そう言いながら、香奈子は俺の体を支え、山道を歩いた。
「いったいどこに行く気なんだ」
「山を下りるのよ。決まってるじゃない」
「下りてどうする?」
「和也たちを待つわ」
「待ち合わせでもしてるのかい」
「そんなわけないじゃない。けど、きっと来てくれる。いつだってそうだった……」
「いつだって、ね……」
 俺は左足を骨折していた。と言うより、左足があるのかないのかわからなかった。感覚がないのだ。見るとただグネグネとした脚の形をしたものがぶら下がっていた。そして右足も、歩くたびに股関節が痛んだ。こっちも恐らくどこか折れているのだろう。それに足首が腫れあがっている。香奈子に肩を借りて、やっと歩いている状態だ。
「和也のこと、話してよ」
「和也のこと? どんなことが知りたいんだよ」
「なんでもいい。話しかけてくれないと気を失いそうなの。だからお願い、話を聞きたいの」
「わかったよ。でもよ、たぶん混乱すると思うぜ。なぜだか和也と美津子の記憶に関してだけ、違う世界のものなんだ」
「どう言うこと?」
「わかんねーよ。俺も何が何だかさっぱりなんだ。ただ、和也があの踏切を渡ってどっかにいっちまった三か月の間に、世界が二つに分かれちまってよ、俺の中には向こうの世界とこっちの世界の両方の記憶が存在するんだ。それと同時に、まったく思い出せない記憶があったりして、自分でもわけがわかんねーんだ」
「和也は、どんな世界にいたの?」
「どんな世界……、そうだなあ。完全に違うところは、向こうの世界に化け物がいなかったってことだな」
「面白いわね。化け物がいない。そんな世界があったらどれほど幸せか」
「想像すらできねーのか?」
「あたり前じゃない。そんな話……」
「けどなあ。和也はたぶん、その世界を取り戻したくて、いま戦ってるんじゃねーのか?」
「化け物のいない世界……。そこに私はいた?」
「ああ、いたぜ」
「そう……、良かった」
「なにが良かったんだ?」
「和也がもし、化け物のいない世界を取り戻したとしても、私は和也と会えるってことがわかったから」
「けど、こっちの世界にいたからこそ、香奈子は和也と付き合えたんだぜ?」
「ええ。わかってる、そんなこと」

「ここなんだ? 土産物屋かなんかか?」
 伊吹山から麓に降りて来た時には、辺りはもうすでに暗くなっていた。
「わからないけど、そんなとこだと思う。伊吹山に登る前、和也と芹那さんと一緒にここで一晩泊ったの」香奈子はレストランの中のソファに座り、目を閉じながら話した。
「その芹那ってーの、誰?」
「和也が居候している神社の友達。私の、剣道の師範の親戚でもある」
「なんかややこしいな。で、和也はなんで居候なんか……」
「ごめんなさい……、少し、眠りたい……」
「ん、ああ。そうだな。ずっと俺をここまで連れてきてくれたもんな。ありがとよ」俺がそう言い終わる前に、香奈子はもう寝息を立てていた。
 
 何かが眩しくて夜中に目が覚めた。
「なんだ……?」と思って窓の外に目をやると、尋常じゃないでかさの月が昇っていた。それはもう窓からの視界を覆い隠すほどの大きさで、まるで月が近づいてきてこちらを覗き込んでいるような異様さだった。
 目が眩むほど眩しい……。何事だよ……。そう思いながら俺は座った椅子から立ち上がろうとしたが、脚がまったく役に立たず、その場に崩れ落ちてしまった。
「動かないで」と、女の声がした。香奈子ではない。香奈子はまだソファで昏々(こんこん)と眠り続けている。
「誰だ?」その女はまるで背中に月を背負うようにして立っていたので、眩しすぎて顔すらまともに見えない。
「あなたこそ、だれ?」
「俺の名前か? 聞いても知らねーだろ」
「まさか、あなたが正人くん?」
「はあ? なんで知ってんだよ」
「和也の友達ね。私は芹那よ」
「あ、ああ。香奈子の話してた……、と言うより、どうして月がこんなに近いのか、理由がわかったぜ。これはえらい奴が現れたもんだな」
「私のこと、わかるのね」
「わかるさ。夜を統べる神、月読尊だな」
「あなたが、ほんとにあの伊吹山で戦っていた大蛇だなんて……」
「信じられねーか? まあ、この姿じゃ仕方ねえな。だが、ちゃんとわかってるやつもいるみたいだぜ」
「え? な、なにこれ……」そう言って月読尊は、首にぶら下げた勾玉を慌てて外に出した。その時にはもう、勾玉は蛇に姿を変えており、月読尊の手の平でうねうねと絡まり合いながら次第に大きくなっていった。
「い、いやっ!」
「なに怖がってんだよ、変な奴だなあ。自分で首にかけてたんじゃないか。そいつの正体を知らなかったわけでもないだろう」そんな俺の言葉も耳に届かないほど、月読尊は次第に手にあまるほどの大きさになった八岐大蛇を床に降ろし、自分は腰を抜かしたようにへなへなとその場に座り込んだ。
 銀色の巨大な鱗が月の光を受けて鈍い金属めい光を反射している。
 頭は七つある。そのどれもが俺を一飲みにできそうなほどでかい。
 赤く深い眼は宝石でも埋め込んだように鈍く輝いている。
 さてどうしたものか。こんな体でなけりゃ、こいつらを一飲みにして、俺の一部にしてしまうんだが。
「久しぶりだな、おい」俺は八岐大蛇を睨みつけた。
 八岐大蛇も俺を威嚇するように睨みつける。
「探してたんだぜ。まさかこんなとこで会えるとはな」
「ちょ、ちょっと、あなたたち、まさかここで戦い始めるんじゃないでしょうね!」
「あっはっは、俺は別にかまわねーぜ。まあ、負けちまうのは目に見えてるがな」
「あなた、怪我してるのね」
「正直言うと、死にかけている」そう言って俺は笑った。「だが、そっちにいる奴もけっこう重症だぜ?」
「そっちにいる奴?」そう言って月読尊は俺の指し示した方に目をやり、「香奈子!?」と叫び声をあげると慌てて眠る香奈子に駆け寄った。
「ねえ香奈子、大丈夫なの!?」
「そんな大声出してやるなよ。怪我を負っているのは確かだが、今はとてつもなく眠いはずだ。とりあえず寝かしてやれ」
「いいわ。生きているなら、私がなんとかできる」そう言って月読尊は香奈子を抱きしめ、目を閉じた。途端、その体から光の粒子が舞い、金色の光が香奈子もろとも蛾の蛹が繭でも作るように包み込んだ。
「へえ……」と思って見ていると、さらに窓から覗き込んでいた月までもが光を増し始め、月読尊を助けるかのように光の手を伸ばした。
「こりゃあすげー。周りにいる者はたまったもんじゃないがな……」
 月からの光を浴びていると、まるで毒ガスにでも包まれているように息ができなかった。喉の奥が痺れ、心臓が止まるのを感じた。まるで鉄くぎでも打たれたように胸が痛い。「うぐぐ……」と唸り声をあげ、俺は体中をまるで腐った血液が巡るかのような寒気を感じた。吐き気がするが、まるで喉を何かに塞がれたかのように何も吐き出せない。体が痙攣を起こし、自由がきかない。力の弱い者なら一瞬で命を落としていただろう。月は復活と滅亡の象徴だ。月読尊が命を助けたいと思う相手には生を吹き込むが、そうでない相手には容赦なく滅亡と言う名の毒で包み込む。八岐大蛇とて例外ではない。七匹とも苦しみにのけぞり、のたうち回りながらついには勾玉の姿に戻ってしまった。
「くっそ……、まずいな……」俺は半ば死を覚悟した。口から血の味のする泡を吐き、意識が遠のき始めたところで、月読尊の「もう大丈夫よ」と言う声が聞こえた。















しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

 社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。

本条蒼依
ファンタジー
 山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、 残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして 遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。  そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を 拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、 町から逃げ出すところから始まる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

処理中です...