王太子の愚行

よーこ

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 王城の庭園の片隅には、そこに咲く薔薇を堪能しながらお茶を飲むに相応しい四阿が建てられている。その四阿では公爵令嬢アリアンヌが婚約者である王太子ローベルトと二人、ティータイムを楽しんでいた。

 二人の婚約が結ばれたのは十年前。アリアンヌが七才、ローベルトが八才のことである。
 いずれローベルトが即位した時、公爵家に後ろ盾となってもらうことを目的に、王命により結ばれた政略的なものだった。

 政治色のかなり強い婚約ではあるものの、大人たちの思惑とは関係なく昔から二人はとても仲が良い。

 婚約者となって以来、アリアンヌは毎日登城しては王妃教育に励んできた。二人が今お茶を一緒に飲んでいるのも、いずれ夫婦となる二人が親しくなるためにと、王妃教育の一環として定期的に行われてきたものだった。

 文武両道、眉目秀麗との誉れ高いローベルトは、金髪に濃い碧眼の見目麗しい美男子である。そしてアリアンヌも、銀糸の髪とアメジストの瞳が神秘に煌めく、滅多に見ない程の美少女であった。

 誰の目から見てもお似合いの二人。彼らが美しい所作で茶を嗜むその姿に、傍に控える侍女、侍従たちも誇らしげである。


 さて、二人がティータイムを始めて半刻ほど経った時である。それまで穏やかに微笑みながら近況などを話していたアリアンヌが、ふとその表情を曇らせた。憂いを浮かべた紫色の瞳をローベルトに向ける。

「殿下、実はわたくし、殿下にご相談したいことがございますの」

 それまでとは纏う空気を変えたアリアンヌに、ローベルトがまるで面白いものを見つけたような表情になる。

「珍しいね、君がわたしに相談だなんて。一体どんな内容だろう。遠慮せずに言ってごらん」
「恐れ入ります」

 軽く頭を下げた後、アリアンヌは話し始めた。

「名前は伏せますが、実は今からする話は学園で友人から受けた相談なのです。わたくし一人ではどうすべきか判断に迷うもので、殿下のご意見をお聞かせ願いたく……」

 ローベルトもアリアンヌも貴族が通う王立学園の生徒であり、ローベルトは最終学年の三年生、アリアンヌは二年に在籍している。アリアンヌの相談事とは、その学園での級友の持つ悩みについてのものらしかった。

「わたくしの友人、とある伯爵家のご令嬢には同い年の婚約者がおりますの。お相手の侯爵子息とは幼馴染という関係であり、二人は年を経るごとに互いを意識し、愛し合うようになったそうです。両家のご両親たちもお二人を温かく見守っていて、彼らが結婚する日を楽しみにしていたそうです」

 学園を卒業したらすぐに結婚しよう。
 そう硬く約束して、二人は卒業する日を楽しみに学園に通い始めた。

 最初の一年間は特に問題なく、二人は楽しく学生生活を満喫していた。友人たちからも羨まれるほど、仲睦まじい恋人同士だったという。

 そんな二人の関係に亀裂が入ったのは、今年になって彼らが二学年になった矢先のこと。地方領地で生まれ育ったとある男爵家の令嬢が、新入生として学園に入学してきたことによりすべては始まった。

 その男爵令嬢は貧乏男爵を父に持つがゆえに、領地にいた頃は平民と変わらない暮らしをしていたという。そのため思考が貴族よりも庶民に近く、また家が貧しいせいで礼儀作法やマナーを教育されることなく学園に入学することになった。

 おそらく、男爵令嬢が学園に入学した一番の目的は、良い結婚相手を見つけることだったのだろう。狙いは資産の多い高位貴族の令息たち。

 彼女は平民のように表情をくるくる変えて笑顔を周囲に振りまき、自分の体を恥ずかしげもなく異性に密着させる。淑女なら絶対にしないそんな破廉恥な行いが貴族の令息たちには珍しく、興味を引くことになった。

 入学から半年も経つ頃には、多くの男子生徒たちが男爵令嬢に魅了され、恋慕するようになったのである。

「男性と腕を組んだり意味もなく抱きついたり、満面の笑顔で好きだと告げることなど日常茶飯事。平気で異性と二人きりになり、相手に婚約者がいてもお構いなしに彼女は令息たちにつきまとい、好き好き大好きと告白しては彼らを次々と虜にしていったのです」
「それは……なんともふしだらで躾けのなっていない令嬢だな」

 話を聞いて不快に思ったのだろう、ローベルトの眉間には皺が寄っている。アリアンヌも困った顔で頷いた。

「実に嘆かわしいことではありますが、そのふしだらなところが令息たちには可愛らしく感じられ、喜ばれたようです」

 令息たちも若い男である。可愛らしい少女に上目遣いに見つめられ、甘えられ、腕を組まれたり抱きつかれながら笑顔で好意を伝えられれば、当然ながら悪い気はしない。
 また女性からそんな態度をとられることに慣れていない彼らは、あっと言う間に男爵令嬢に恋愛感情を持つようになったのである。

「わたくしもその男爵令嬢に何度か注意致しました。大声で話してはいけないとか、廊下を走ってはいけないとか、異性とあまり近距離で接するべきでないとか。特に婚約者のいる男性には馴れ馴れしくすべきではないと、何度も伝えたのです。でも、まったく聞き入れてもらえず」
「たかが男爵令嬢が公爵令嬢であるアリアンヌの言葉を無視したのかい?! なんて無礼な!」
「それどころかわたくしはその男爵令嬢に、学園内では皆が平等ですよね、誰とどう仲良くしようとわたしの勝手じゃないですか、などと言われてしまいましたわ」

 自分の婚約者に対するあまりの不敬と無礼に、いつもは優しく穏やかな気質のローベルトの顔にもさすがに怒りが浮かぶ。

「確かに学園内では身分は関係なく生徒は皆平等という理念が存在する。しかし、最低限守るべき礼儀やマナーは存在している」
「彼女にはそれが分からないみたいですわね。おかげでその男爵令嬢、今では学園中の女生徒から蛇蝎のごとく嫌われてます。彼女に篭絡された令息以外の、良識の有るご男子生徒たちからもですわ」

 その男爵令嬢は学園の至る所で高位貴族の令息たちに取り囲まれ、イチャつきながら愛を囁かれているらしい。その集団はまるで男爵令嬢と取り巻くハーレムのようであるという。

「聞くところによると、彼女は既に不特定多数の男性と一線を超える関係になっているらしく。婚約者を奪われたご令嬢方の怒りと悲しみがいかほどのものか……想像するだけで心が痛みます」

 令嬢たちにしても、ただ黙って婚約者を奪われたわけではない。将来の伴侶である彼らに不貞をやめるよう説得を試み、このままでは家門を巻き込んだ大事になると諫めたりもした。
 しかし、令息たちは聞く耳を持たないどころか逆に令嬢たちに罵詈雑言を浴びせ、その場で婚約破棄を宣言する者もいたらしい。

 酷い話ではあるが、ここまではまだ仕方がないと言える。
 ようは女の色香に弱い愚かな令息たちが、尻軽で質の悪い女の手の平の上で転がされただけのことである。

 情けない話ではあるが、坊ちゃん育ちの貴族令息が女性問題で身を持ち崩し、廃嫡されたり家から縁を切られるなどという醜聞は、たまに耳にすることのある話だ。

 では、なにが問題なのか。
 それは、男爵令嬢が自分の取り巻きとなっている令息たちに、嘘を吹き込んでいることだった。

 彼女は涙ながらに令息たちに訴えているらしい。他の貴族令嬢たちから不当な虐めを受けていると。身分が低いとバカにされたり、彼女の家が貧しいと知っていながら高価な教科書を捨てられたり破かれたり。時には多勢に囲まれて暴力を受けたりもするし、教室でも常に無視されていて友人が一人もいなくて辛い、等々。

 それを聞かされた令息たちは話の真偽を確かめることもなく、男爵令嬢の言葉を信じた。そして、自分の婚約者たちを一方的に怒鳴りつけたらしい。

 やれ思いやりがないだとか心根が腐っているだとか、見苦しい嫉妬などされても迷惑なだけだとか、二度と顔を見せるなだとか。
 そういった酷い言葉を女性に浴びせたのだそうだ。

「今では大抵のご令嬢方が、もう呆れてなにも言う気にもならない、むしろ関わりたくないから縁を切りたいと、そういった心境になってますの」

 アリアンヌの話を聞いていたローベルトは、当然だと頷いた。


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