王太子の愚行

よーこ

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「その気持ちは分かるな。自分の伴侶になる男が、計算高い女にまんまと手玉に取られ、情けない姿を周囲に晒しているのだから。愛想を尽かされても仕方ない」
「婚約破棄も大歓迎、といった気持ちのご令嬢が今では多いのです。とはいえ、わたくしに相談して下さった伯爵令嬢のように、今もまだ婚約者のことを心から愛していて、できることなら元の仲の良かった頃に戻りたいと願う健気な方もいるのです。それに……」

 これまでになく真剣な顔で、アリアンヌは大きなため息をついた。

「今回の男爵令嬢を中心に起きた高貴族令息たちの目に余る所業、すでに国外へも情報は流れ、我が国の恥となっているようなのです」
「なに?!」

 これまではあくまでも他人事として話を聞いていたローベルトも、為政者の顔になって眉を吊り上げた。

「それは大問題じゃないか!」
「はい。我が国の貴族令息たちが小娘の手の平の上で簡単に転がされる情けない様は、どうも笑い話として近隣諸国に拡散されているらしく、このままでは我が国はいい笑いものになってしまいます。あまり侮られては、今後の外交政策にも支障をきたす可能性もあるかもしれません」
「なんてことだ……」

 ローベルトは頭を抱えてしまう。
 そんなローベルトを横目に、アリアンヌは小さく肩を竦めた。
 
「男爵令嬢の色香に惑わされ、冷静に現実が見れなくなった令息たちの中には、優秀だと誉れ高く将来を期待されていた者も多いようです。実を申しますと、その中にはローベルト様のご友人もたくさんいらっしゃいますのよ?」
「なっ、わたしの友人たちもか?!」

 大きく目を見開いてローベルトが勢いよく顔を上げた。アリアンヌは同情するような悲しい顔になる。

「残念ですが、騎士団長のご子息も魔術師長のご子息も、宰相子息であるわたくしの弟さえ、みんな揃ってその男爵令嬢の恋の奴隷ですわ」
「そんな信じられない、まさか彼らが?! いずれ国王となるわたしを支えてくれるはずの側近候補たちじゃないか!」
「彼らは毎日のように所構わず男爵令嬢に愛を囁き、ドレスやら宝石などのアクセサリーなど、高価な贈り物を貢いでいるそうです。かなりの金額になるでしょうから、きっと家のお金を使いこんでいると思われます」
「なぜだ?! どうして彼らほど優秀な者たちが、身分低い令嬢などに簡単に誑かされたんだ?! 信じられない……いや、信じたくない」

 ローベルトの嘆きは当然である。
 自分だけを見てくれる恋人ならともかく、その男爵令嬢は何人もの令息と同時に交際しているのだ。しかも、それを隠そうともせず公然と浮気をしている。
 それを許し、嬉々としてその少女に縋りついて愛を請う彼らの姿は、誰の目にも情けなく映るだろうし、むしろ異様に思えるに違いない。

 王太子の友人とは、すなわち将来の国王の側近候補たちである。
 彼らは家柄は勿論のこと、精神性、才能、愛国心、矜持共に高いことが誰しもに認められる、選ばれし逸材ばかりだった。

 そんな彼らが他の貴族子女たちから後ろ指を差され、嘲笑されているという。愚かにも下位貴族の令嬢に手玉にとられているという恥ずべき理由で。

 事は既に個人の問題だけで済むことではない。
 自らの家門に泥を塗る愚行であることは勿論のこと、彼らを側近候補として傍に置く王太子の評価をも下げる致命的失態とも言えるのである。

「どうしてそんなことに。彼らは頭がおかしくなってしまったのか」
「恋は盲目とはよく言ったもの。自分たちがいかに愚かな行為をしているのか、ご令息の方々は気付いていらっしゃらないのではないでしょうか」
「ああ、なんということだ……」

 側近候補たちの再選定を検討するローベルトだったが、はっと何かを思い出したように焦った顔でアリアンヌに尋ねた。

「現在、我が国には帝国の第三王子が留学していたね。彼は大丈夫か?! まさか、彼も男爵令嬢の毒牙にかかっているなんてことはないだろうね?!」

 留学という名目ではあるが実は視察目的で、学園には今年から帝国の王子が転入してきている。
 文化的にも軍事的にも周辺国家の中で最も発展した大国である帝国からの王子が、まかり間違って股のゆるい男爵令嬢などに篭絡されでもしたら、事態は深刻な国際問題へと発展しかねない。

 帝国の第三王子の留学が決定した時、アリアンヌはローベルトの父である国王から王子の世話係を任命されている。

 筆頭公爵家の令嬢であり王太子の婚約者であるアリアンヌは、既に王妃教育のほとんどを終了しており、高い教養を有している。更には同年代の令嬢の中では抜きん出て美しく、学園での成績が優秀であることは誰しもが認めるところ。アリアンヌになら安心して帝国の王子を任せられると、そう判断された上での王からの任命だった。

 そのことを知っているが故でのローベルトからの質問である。

 アリアンヌがそれに答えようと口を開きかけた時、四阿の外から耳に心地よい男性の低い声が聞こえてきた。

「俺のことなら心配無用だ、ローベルト殿」

 驚いたローベルトとアリアンヌが声の方に振り向くと、そこには帝国の第三王子アイザックの姿があった。後ろには侍従が一人控えている。

 アイザックは将来、帝国の軍部を統括することが決まっている武人気質の人間である。鍛えられた肉体は逞しく、長身で肩幅が広く胸板も厚い。短く切りそろえた漆黒の髪と金色に輝く瞳を有する魅力的な彼は、数々のご令嬢を虜にする美丈夫である。

 その圧倒的存在感はさすがは帝国の王子だと、ローベルトとアリアンヌは初めてアイザックに会った時、密かにそう思ったものだ。
 これは油断ならない相手だと、笑顔の裏で心に刻み込むほどに。

 とはいえ学園に入学後の彼は、身分を笠に着ることなく多くの生徒たちと交流を図り、留学生活を満喫しているようだった。他国文化を尊重して学ぶ姿勢を前面に出し、各所に足を運んで視察も精力的に行っている。
 世話係のアリアンヌも協力を惜しむことなく、自国をアイザックに紹介して回っていた。

 そのおかげか、既にアイザックとアリアンヌは友人同士ともいえる気安い仲になっている。その流れから、アイザックはアリアンヌの婚約者であるローベルトともそれなりに親しくしていた。

 身柄の安全を図るため、留学中のアイザックの住居には王城の敷地内に建てられた離宮が用意された。そのため、王城が誇る美しい薔薇庭園の四阿に、彼が散策しながらフラリと立ち寄ることは、そう珍しいことではない。

 これまでにも、この場所で三人が一緒にお茶を楽しんだことが何度もある。

「良ければ俺もお茶を御馳走になっても?」

 だからアイザックにそう問われたローベルトとアリアンヌは、即座に了承してにこやかに彼を迎え入れたのだった。



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