安瀬乃片敷六丁目六番地六号より

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第七話 五番目_5

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 以上が、俺の記者として最後の顛末である。

 あの後、俺はコートもフラッシュライトもそのままだったことを思い出し、取りに戻る…なんておろかなことは考えず、すぐさま会社にとって返すと辞表を置いて故郷への電車に飛び乗った。

 今は実家の部屋にこもり、あった出来事を思い出しながら旧型のノートPCでまとめている。この記事を公表する気はさらさら無いが、整理することで冷静さを取り戻すことができる…職業病と言う奴だ。

 会社の連中からはどういうことだと怒りの鬼電を貰ったが、それでも俺の判断は間違っていなかったはずだと断言できる。

 あのまま留まり、生活を繰り返すのは、遅かれ早かれ俺の命にかかわると思ったからだ…そう判断したのには幾つか理由がある。

 まず、あの化け物…逃げ出した瞬間はゲンさんの顔が原因ではあるが、俺をこうさせただけのもっとも大きな恐怖を与えたのは、実は他にある。

 足だ。

 あいつには、人間大の足が4ついていたのだ。

 一瞬しか見えなかったが、間違いない。
 帰宅途中の時間で頭を冷やし、その事実を整理したことでここまで疑問に思っていたことにも色々納得が付いた。

 まず、とり阿世が胸肉を扱わない理由。

 かつて某有名フライドチキンのチェーン店が流行っていたところでまことしやかに流された都市伝説がある。
「四本足の鶏」と言う奴で、四本足の鶏を遺伝子操作で生みだしたから鳥腿肉ばかり売りに出せるんだ、という他愛も無いものだ。この四本足というのは六本足というパターンもあるが、いずれにせよ腿肉を大量に提供していたことからついたイメージなのだろう。
 それに対し、店側は科学技術から不可能だと反証しており、一般にもそれが通説とされた。

 しかし、だ。

 実際にはここ近年、自己複製細胞を培養することで造られた、世界初の人工フライドチキンがリリースされたというニュースが流れている。実際に食べた者もおり、その人たちによると本物とほとんど区別がつかなかったとのこと。、上等の“鶏肉”だったという。

 もしそういう技術が確立したなら、人気がある食材だけ作成することは不可能ではあるまい…例えば、そう、腿肉とか。
 問題点としては、現在はまだコストとの折り合いが付いていないらしく、100gで数十万円掛かってしまう。このままでは、やはり御伽噺の域を出ないだろう。

 ――このままでは。

 そう、一から生み出そうとするからコストが高くつくのだ。

 コストを下げたい。その場合、一番手っ取り早いのは…別の生物を利用、或いは流用することだろう。複製細胞で元から存在する細胞を変異させればいい。

 これを突き詰めて考えた技術は、実は現在にも存在する。
 豚の臓器を利用した、人間への移植用の内臓培養だ。無論臓器の代替なら品質などこだわる必要性がでるからやはり高くつくだろうが…単に、食べるための処置であればどうだろう。
 例えば、食べられる瘤みたいなものを人工的に作り、それが一定以上大きくできるようにすればかなり安く出来るはず。人工的な癌細胞みたいなものなら、より簡単に安価で作れるだろう。

 その成果が…あそこで安く提供される鶏腿肉。俺はそう結論付けた。

 とはいえ、「作れました、ハイ、終わり! やったぜ!!」とはならない。次の問題は、この新しい、そして倫理観に大きく影響を与えるであろう実験結果を国民にどうやって浸透させるか、である。
 考え無しにこの研究を発表するのは下策もいいところだ。
 戦後安全保障に費やす金を娯楽に費やしてきた結果、食通を気取る我が国民は大豆の遺伝子を書き換えるだけでも騒ぐようになった。ましてや生きている動物の肉が対象ともなれば、安全性のみならず倫理の観点でも間違いなく世論は大騒ぎになるだろう。

 それを抑え込むためにはどうするか。

 俺なら…なし崩しに国民の生活と切り離せないくらいズブズブにする。そう、例えば…領土も資源も少ないわが国で快適な暮らしを享受せんと、危険と判っている原子力発電に依存させたように。
 余り人が集まりにくい土地から、地域住民たちのニーズを勝ち取り、口伝えで全国チェーンを拡大する。そうして地域住人たちからは信頼と愛着を積み重ね、実績ある食料品として地位を勝ち取ることができれば、後々事実が明るみになったとしても心情からは否定しづらくなるというやり方はどうだろう?

 思うに、とり阿世は、その観測気球だったのではないか?

 もっとも、とり阿世をこれ以上調べることはもはや出来ない。
 実はとり阿世はここ数日の間に閉店してしまっていた。レビューでは安くて美味い店の突然の閉店に驚き悲しむ声であふれており、一部は国の補助が行き届いていないことを理由に与党を叩く材料にしている者まで現れた。
 あきれるほどにスムーズな撤退と言い、実際にはこれ以上にないくらい国の補助があったと俺は見てるのだが。

 こうした経緯があったからこそ、とるものもとりあえず逃げを打つことこそが唯一の正解だったと俺は確信しているのだ。

 フラッシュライトとコートを置いてきたままではあるが、財布をはじめとした身元を証明するものはズボンにあった。
 後は俺から余計な動きを見せさえしなければ、こちらまで辿り着かれることはないはず。

「ふぅ…」

 ここまでだらだらと書き述べておいてなんだが、実はまだ、すべての思考がまとまりきったわけではない。

 今までは俺が実際に見た物証からの類推だが…ここから先、まだ物証の無い憶測がある。
 それを形にする前に反射的に時計を確認すると、だいぶ遅い時間になっていた。どうも思っていた以上に机に向かっていた時間が長かったらしい。
 経過した時間を意識したとたん、ぐぅと腹が鳴った。

「親父…あ、そうか、今いないんだっけか」

 両親は近所の寄り合いがあったため、今は俺だけしか家にいない。一応冷蔵庫に食材はある…が、あれ以来肉を食うことに抵抗があるため野菜だけでも探すことにした。最悪、生のにんじんだけでもいい、齧ることで腹は膨れるしビタミンも摂れると良いこと尽くめだ。

 俺はテキストを保存してノートパソコンを閉じると、二階にある俺の部屋を出て、きしむ音を立てながら家の中心にある階段を下りていく。
 一階につくと左手の台所に向かい、古い型式の冷蔵庫の扉を開ける。昔ながらに整頓された野菜室をごそごそとあさると、ジップロックに包まれたキュウリを見つけた。

「おっ、糠漬けがあるじゃん。ラッキー」

 お袋が長年作ってる糠床で漬けたキュウリは絶妙な味の深みと塩加減が効いていて、子供の時分から好きなのだ。
 ついでに牛蒡とにんじんの金平や鰯の梅煮なども見つけたので取り出し、レンジで温める。

「とり、阿世…か」

 傍にあった椅子を引いて腰掛け、ガラスの向こう側でゆっくり回転するおかずをぼんやり見ながら俺は再び思考の海に沈んでいく。

 ここまでは、とり阿世の背後が「国」だったらという前提の考えで述べてきた。

 しかし、果たして本当にそうなのだろうか?

 引っかかっているのは、店の名前だ。調べた限りでは、店長の名前ではないらしい。地域に密着するから名前にあやかって、というのもよくある。が、この店は微妙に違う。では、どういう意味を持って付けられた名なのか。

「阿世…なんか特別な意味があったはずなんだよな…」

 ただ検索をかけただけでは、「世間におもねること」と出てしまうが、それだと意味が通らない。
 他に何か、別の意味があったはずだ。
 何かで見かけた記憶があるのだが…だめだ、どうにも思い出せない。

 ここまで俺の思い過ごしなら、それでいい。
 だが…どうにもすっきりしない。
 ここまで、色々と考えて仕組まれている。だのに名前だけはおざなり、だなんてことはあるのだろうか?
 もっと根深い悪意が隠されている。そんな気がして仕方ない…

 ばつん。
「ん?」

 後で検索するときに併せて入れようと考えている条件について色々思案していると、突然視界が闇に閉ざされた。
 電気が落ちたのだ。

 ブレーカーが落ちた?
 いや、幾ら古い家でもレンジを使うだけでブレーカーが落ちたことは無いはずだ。
 どこかの配線が老朽化していて焼け飛んだのかもしれない。なんにせよ、じっとしてても解決しないのでとりあえず見てから考えようと、俺は腰を浮かした。
 うちの場合、ブレーカーは台所を出て廊下の突き当たりにある玄関、すりガラスの引き戸の上に取り付けられている。

「うお、くっれえな」

 家の中は幾ら見覚えがあると言っても大抵は灯りがついているもので、大抵の人間は真っ暗闇の中を移動することはあまり無いはずだ。ましてやここは田舎だ、より足取りがおぼつかない。
 俺は壁に手をつき、ゆっくりゆっくりと記憶をなぞりながら玄関へ向かう。途中の柱で子供の頃背の丈を示す傷跡に気づいて昔を懐かしんだり…そんな他愛も無いことを考えながら、玄関に到着した俺は足を止めた。

「あ、あ……」

 声を、出してしまった。

 明かりの無いすりガラスごしに、
 もこもことした、
 馬鹿でかい影。

 そいつも、俺と同時に相手《獲物》を認識したようだ。

「…デノ!」「オデノ!」「オデノ!」「オデノ!」
 再会を喜んでいるのか、狩りの興奮に打ち震えているのか。
 叫び声をあげながらすごい勢いで扉に体当たりしてきた。

 どうして?
 足が震える。答えは出ない。
 だが、もはやその答えは意味を成さないだろう。

 主にガラスで構成されている引き戸は、俺たちをさえぎるには心許ない。
 事実、間を置かずしてがしゃり、音を立てて大きく剥離する。
 その隙間から、こちらを確認するように奴は顔を向けていた。

 その、顔の高さに位置する部分にぼんやりと映っている――八つの目。
 ゲンさんたち、そして…両親の目が、今度こそ逃がすまいと俺をしっかり捕らえていた。

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ツギハ8ニチ19ジ
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