安瀬乃片敷六丁目六番地六号より

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第七話 五番目_4

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 駅を降りた俺はしばらくコンビニで時間を潰し、日付が変わってから店へ向かうことにする。

 大抵二十四時間営業じゃない飲食店は店を閉めた後、清掃活動に勤しむ。それがどれくらい掛かるかは店次第だが、大抵の従業員は日付が変わると帰るものである。

 店員との余計な遭遇を避けるのは、他の浮浪者たちへの迷惑も考えると必要なことだ。
 世間では爪弾き者扱いだが、彼らをおろそかにすることは後々自らの首を絞めることになる――先輩が口をすっぱくして教えてくれたことだが、その教えは今でも俺の血肉となって受け継がれている。

 とり阿世の裏は、扉とガードレールとの間に薄汚れたロッカーがおいてあり、その前に青いポリバケツが置かれていた。
 音を立てないようポリバケツの蓋を捻り、そっと持ち上げる。むわっと生ゴミ特有の臭気が俺の鼻を突いた。

「さて、ここからは肉体労働の時間だな」

 バケツの中一杯に広げられた大きな袋の口すれすれまで生ゴミが詰まっている。
 これをこの場で漁るのは下の下だ。仮に誰かに見かけられたら不審者としてのレッテル張りは免れないし、何より処理が大変だ。

 少し迷った末、俺は袋の口をひねりつかめる場所を確保すると袋から取り出すことにする。
 路地裏にでも持ち込めば、中身を広げるスペースくらいは確保できるはず。多少は地域の治安に悪影響を与えるだろうが、コラテラルダメージと許容していただきたい。

 俺はとり阿世の正面から反対側、三軒ほど離れたところにある小さな裏路地へとゴミ袋を引きずっていく。人気がない路地は不気味だが、こういうあまり見られたくない行為を行っているときはありがたい。

「くそ、つっかかる?!」 

 人一人が通り抜けるので精一杯なサイズの路地に大きなゴミ袋を通すのはなかなかに骨が折れる。最初は先に入って引っ張り込もうとしたが上手く力がこめられず、一旦出て後ろから蹴り込むようにして無理やり押し込むことになった。

 …ことが済めば再びバケツに戻すつもりだったが、すでに放置したい気持ちで一杯だ。
 そんなことになったら虫やネズミがわいて大変なことになるからやらないけど。

「さて、この辺でいいか」

 路地の先には続きがあるが、あんまり奥に行くと戻ってくるのが大変だ。
 まだ路地側からは見えなくも無いだろうが、なに、ここほど寂れてるなら人は余り通るまいし、仮に通っても浮浪者だと誤解してくれるだろう。

 俺はその場に下ろした袋を跨いで路地側に戻る。路地側に背を向けることで咄嗟のことがあっても顔を見られる可能性が減ると考えたからだ。警察に見つかったら当然意味は無いのだが、その場合は物証もあることだし逃げる方が悪手になるため大人しく従うつもりだ。ま、この御時世食い詰めた探偵が残飯を求めてゴミを漁っていたと言えば信じてもらえるだろう。

 俺は脱いだトレンチコートから長年愛用している小型のフラッシュライトを取り出し、口に咥え込む。海外製のこいつは掌サイズ程度ではあるが、光量が非常に強くて今でも気に入っている。
 トレンチコートを汚れてない地面へ畳んで置いた俺は、腕まくりすると袋の口を開き、中のものをざっと調べていく。

 目に付く大きいものは取り出し、横へどける作業…と言っても大半は鳥の骨や野菜クズばかりで、大き目の肉の塊などはかつて見かけた他の店のよりも明らかに少ない。これだけでも、他店より人気があるというのがうかがい知れる。

 このまま生ゴミを掻き分ける工程で終わるかと考え始めた頃。
「…なんで…」
 とあるものを見つけた俺は手を止めていた。

 薄暗闇の中だが、肉汁や残りかすの中にあって一際異彩を放つその形には見覚えがあった。寒さからか、かすかに震える手で俺はそれをつまみ上げ、しっかりフラッシュライトの光の中に納まるよう持ち上げる――

 ぼろぼろにほつれた、大きい茶色い染みがついた灰色のニット帽。

 紛れも無い、先日あった歩道橋下にいた浮浪者が身に着けていたものだ。

 単にニット帽だけなら、落し物として捨てたのかもしれない。が、事件記者としても働いたことのある俺は、帽子に着いた真新しい染みを見知っている。

 これは…血だ。
 しかも、量的にかなりの出血。放置していたら命に関わるくらいの。
 頭部からの出血が酷いことを示す帽子が、なぜこんなところに捨てられていたのか。

 考えすぎだと言えばそれまでだが、俺はどうしても消息不明のゲンさんのことと結び付けてしまう。

「…デ……デノ…」

 しばらく呆然としていた俺だが、ふと妙な声を聞いた気がして顔を上げた。

 路地の向こうから聞こえたような気がしたが…
 目を凝らしてよく見てみる。路地裏に差し込む星明りは背後の灯りに負けて視覚を補強するには及ばない。

「…いや。やっぱり、何か、いる?」

 気づけば結構近くまでに来ている。
 そいつは俺と同じくらいの…しかし、人というにはやけにもこもこした…
「ソデ…オデノ…」
 と、暗闇から何かがこちらにむけて伸ばされる。

 そいつは俺が身を引くより早く手にしていたニット帽を素早く毟り取る。その反動でよろけた俺は後ろにたたらを踏んだ影響で口に咥えていたフラッシュライトを向けた。
 宙を切り裂き舞う光の中、俺は確かに見た。見てしまった。

「ゲンさん?!」

 胡乱な目つきで頭を傾がせていたが、間違いない…ゲンさんがいた。
 意外な人物の意外な登場に、頭がしびれたようになって立ち尽くす。

「グェッ」

 その僅かな逡巡の後、妙な声とともに、暗闇から声の主が姿を現す。
 今度は身構えていたこともあって、しっかり見てしまった。

「鶏…?」

 最初は、その全体的なシルエットからセサミストリートのビッグバードを連想した。
 しかし、それもあながち間違いではなかったと思う。
 ふわふわそうな羽毛、立派な鶏冠、そして壁にぶつかり思うように羽ばたけない翼。この翼がブレーキとなったせいで、眼前にいる人間大の鶏は思うように接近できていない。
 おかげで、フラッシュライトを手に取り、そちらへ向けるだけの猶予ができてしまった。

 羽毛や鶏のとさかと思っていたものは、よくよく見れば隆起していた薄灰色の肉の塊にすぎなかった。
 それが毛羽立つように見えていたのは、透けて見える光の加減のためであり、その隙間を縦横無尽に通る葉脈のように伸びた筋が不規則に膨らんだり縮んだりしているせいだった。
 何より、そのもっとも特異とするところが、無数についている目だ。
 鳥特有の、赤い白目に小さく丸い黒目。
 それが豆粒程度だが、びっしりと肉の至る所にある。もちろんそんなものが目であるはずもない…が、目と判じたのは、それらがひっきりなしにぎょろぎょろと見渡していたからだ。まるで、鶏のように…

 そして、もっとも目を引いたもの――本来の鶏の顔があるであろう頭の部分には、薄汚れた灰色の羽毛にくるまれた歩道橋下の浮浪者、そして、ゲンさんの顔が二つ…できの悪い粘土細工を混ぜ合うようにして横に並んで付いていた。
 それらはぽかんと口を開け、だらだらと涎を垂らし。

「ひっ」

 彼らの四つの目がぎょろぎょろとめまぐるしく動き…そして、ついには俺にむけてぴたりと焦点を当てた。
 そいつと目が合う。知性の欠片も感じられない、無機質な四つの目。俺は、ガキの頃鳥の目に恐怖を覚えたことを唐突に思い出した。あいつらの、感情を感じさせない目。
 その目が、こちらに向けて飛び出してきた…一瞬、そう思うほどにはすばやい動きだった。
 がちん、という音が俺の耳元すぐ傍で打ち鳴らされる。
 実際には奴が、俺の頚動脈めがけて噛み付こうとしたのだ。
 結果そうならなかったのは、単にたまたま、何をしようとしているのか見ようと反射的に懐中電灯を高く上げたせいで奴が視界を失ったためだ。その懐中電灯は、何かにひっかけられた拍子にどこかへ吹っ飛んでしまっていた。

「う、わ、うわああああっ」

 違う、こいつはゲンさんなんかじゃない! 

 俺が思考を整理していた間もなお攻撃しようとする意思は消えていなかったようで、奴は何度もがちがちと歯を噛み鳴らしているが、身体を大きく揺らしているせいで通路に引っ掛かって進めないでいる。代わりに、生肉の腐ったような匂いが口から吐き出されては俺の顔に吹き付けられる。
 なんなんだ、なんなんだこいつは。
 たっぷりの時間が掛かったが、ようやくその現実が脳を経由して、両手両足にその場から逃げろと動かす命令として伝わった。

 悪夢の中から飛び出したようなおぞましい生き物を目の当たりにし、俺はほうほうのていで路地へと飛び出す。
 幸い背後から追ってくる気配はない。
 それでもどれだけ走ろうが、奴の口の発する匂いはいつまでも記憶にこびりついていた。

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ツギハ5ニチ19ジ
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