31 / 106
第十二話 フラッシュ
しおりを挟む
私、少し前までサポートセンターに勤めてたんですよ。オペレーターって奴。
結構有名なカメラの。
ああいえ、サポセンは所詮別の下請け会社なので、私はそのカメラ会社とは関係ないですよ。
けど、サポセンに電話掛ける人ってそんなの知らないですよねぇ。勘違いもしょうがないです。
そもそもサポセンって、しょせん顧客の不満解消のためにある人身御供ですからね。
そりゃそうですよ、大半の人は手間や金を掛けるなら良かったって感想より、不快な思いをしたことを分かち合いたがるもんです。そして、不満を抱えてる人は商品に支払って損したと思ってる代金を取り戻したい。
そういう人たちはみんな、こう考えてるんです。私はこの商品から期待していた代価に見合う成果を得られなかった。被害者だ。会社はそれに寄り添うべきであって、否定や反論は認めない。
だから大半はごねる。
一方で企業側は、当然ながらそんなのに一々応えていたらやっていけませんからね。
だからまあ、本社はざっくり言えば突っぱねろ、と。
中には代金以上の代価を求めてる奴らだっているんです。当然です。
ただねぇ、理屈はそうでも矢面にたって言葉の暴力に晒されるのはこちら側なのだからいい気なもんですよ。本社は「ご意見ご感想ありがとうございます、今後の参考にしますね」でおしまい。
本当に、やってられませんって。毎日毎日開口一番さらされる悪意に疲れ果て、心を病んで辞めていった人も何人もいます。
精神的に余裕が無い人はやっちゃダメな仕事のひとつですよアレ。
ええ、私が辞めたのもそれが理由のひとつなんですけどね。
…ん?
……あー。
参ったな。
他の。ええ、まあ。あるはあるんですが…
……ま、いいか。
もう守秘義務とか関係ないし。
…あのときもね、ご年配の男性から朝一番に苦情が来たんですよ。
その内容が、「フラッシュ炊いたら影が写った」。
…ね、笑っちゃうでしょ?
カメラって、被写体の反射光を受けて画像を形作るから、暗いところだとフラッシュを炊かないとならないんですよね。強い光をぶつけて、その光を読み取る。
で、そんな光ぶつけたら当然影だってできる。
お前何言ってんだって話ですよ。小学生でも分かることだろって。
…さすがにそうは言いませんよ?
ただ、オブラートに包んで、そういう旨を伝えさせていただきました。むかっ腹立ちましたし。
しかし、その客、一向に引かないんですよ。
というかそもそもこちらの話を聞いてない。
ここでようやく、あれ?と。
さっきも言ったように、サポセンに連絡してくるのは、大抵が「とにかく怒りをぶつけたい」か「賠償を引き出したい」かに別れるんですよ。
が、この人は違うんです。
なんといえば良いのかな…そう、怯えてる。これが一番近いかな。
「なんてことしてくれたんだ」「お前たちのせいで」「大変なことになった」というのを、言葉を入れ替えながら繰り返してることに気づいたんです。
もっと言えば、私の言葉をあまり聴いてない。
これ、変ですよ?
譲歩を引き出すにしても、苦情を訴えるにしても、相手は反応を求めてるもんなんです。一人でぶつぶつ言うだけならわざわざ電話代を無駄にする必要、ありませんからね。
ここで私、興味を覚えてしまいましてね。
よせばいいのに、つい身を入れて聞いてしまったんです。
サポセンのコツ、ご存知ですか?
今後勤める予定があるなら、覚えておくといいですよ。
それはですね、「うまい相槌を入れる」。これに限ります。
ぶっちゃけ、まともに話聞いたところで何のメリットもありません。
だから、聞き流す。
けど、雑に聞き流してるだけだと相手も気づくんですよね。で、凄く怒る。
もちろん怒られたくはありませんから、工夫するんです。
色々な相槌を使いまわし、お客様に気持ちよくしゃべってもらう…これがコツです。
本当に上手い人は凄いですよ。カンカンになって怒ってた人ですら、最後は気持ちよくお礼を言いながら電話を切らせるんですから。それでいて電話のこちら側では中指立てたり報告書に悪口書きまくったりするんだからたいしたもんです。
で、私もその人を真似してですね。
なだめすかしながら、色々話を聞こうとしてみました。
そのかいあって、次第に落ち着いては来たんですが…それでも、いまいち要領を得ないんです。
影が出たせいで被写体のお孫さんに不幸があった、らしいことまではどうにか分かったんですけどねぇ。
ともかく、その感情をどうしたらいいか判らなくて、こちらに電話を掛けてきた――というのが私の抱いた印象ですかね。
…気づけば大分私も親身になっていたようでして。
よせばいいのに言ってしまったんですよ。
『よければその写真、送っていただけませんか』って。
途端、相手が息を飲んだのが分かりました。そんな対応されるとは思ってもみなかったんでしょうかね。
それからたっぷり間をおいてから、分かったといいました。
そして、念を押したんです。
君だけが見て、見たら早急に処分してくれ…と。
困ったのはこちらです。
一応業務の一環として、お客様の写真をお預かりすることはあります。が、それ、どんな対応したか上司たちも見れるよう残さないとならないので勝手に削除することはできません。
迷ったのですが、好奇心に負けた私は言われたとおり処分すると約束してしまいました。言わなきゃ絶対送ってくれない気がしましたから。
そして送ってもらったのですが…いやあ、余計なことはするもんじゃないと、人生ではじめて心の底から思いましたね。
電話を切った後、送ってもらったのは三枚でした。
いずれも、自宅でしょうか? きれいな屋内で、可愛い男の子を撮影したものでした。
恐らくですが誕生日のお祝いでしょう、暗い部屋で子供がケーキに向かい息を吹きかけている瞬間です。
一枚目は、ぱっと見ただけでは異変に気づきませんでした。
気づけたのは、二枚目と引き比べてみてです。
二枚目とはフラッシュの範囲が変化していたため、そこでようやく気づけました。
おかしいのは、子供を覆う影にありました。
一枚目の子供は、全身が正面からの影に収まっていたのです。
…言ってる意味、分かりません?
フラッシュを炊くのは、カメラの前面…つまり、カメラの前に誰かが立たない限り正面から影が差すなんてことはありえないんです。
そして二枚目、三枚目と動くにつれ、覆いかぶさっている影が揺らめき、まるで巨大な口を開いているように見えました。そして、三枚目の子供は…
私はどういうことか聞こうと慌ててお客様に折り返しました…が、何故か何度掛けても繋がりません。
翌日、改めて電話をしたところ…親戚を名乗る方が出て、一家の皆さんが亡くなられたことを知りました。
……その写真、ですか?
さあ?
…いや本当に、知らないんですよ。
私はすぐにそこを辞めてしまいましたから。そのごたごたのせいで、うっかり写真を消し忘れてしまったんで。
もしかしたらすぐ後にその職場が無くなったのに関係あるかも知れませんね。
……別に、たいした理由じゃないんですよ。
丁度たまたまカメラの試し撮りしてた同僚が一枚、私を撮影しやがりましてね。
そしたら影がね、写ってたんですよ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ツギハ15ニチ19ジ
結構有名なカメラの。
ああいえ、サポセンは所詮別の下請け会社なので、私はそのカメラ会社とは関係ないですよ。
けど、サポセンに電話掛ける人ってそんなの知らないですよねぇ。勘違いもしょうがないです。
そもそもサポセンって、しょせん顧客の不満解消のためにある人身御供ですからね。
そりゃそうですよ、大半の人は手間や金を掛けるなら良かったって感想より、不快な思いをしたことを分かち合いたがるもんです。そして、不満を抱えてる人は商品に支払って損したと思ってる代金を取り戻したい。
そういう人たちはみんな、こう考えてるんです。私はこの商品から期待していた代価に見合う成果を得られなかった。被害者だ。会社はそれに寄り添うべきであって、否定や反論は認めない。
だから大半はごねる。
一方で企業側は、当然ながらそんなのに一々応えていたらやっていけませんからね。
だからまあ、本社はざっくり言えば突っぱねろ、と。
中には代金以上の代価を求めてる奴らだっているんです。当然です。
ただねぇ、理屈はそうでも矢面にたって言葉の暴力に晒されるのはこちら側なのだからいい気なもんですよ。本社は「ご意見ご感想ありがとうございます、今後の参考にしますね」でおしまい。
本当に、やってられませんって。毎日毎日開口一番さらされる悪意に疲れ果て、心を病んで辞めていった人も何人もいます。
精神的に余裕が無い人はやっちゃダメな仕事のひとつですよアレ。
ええ、私が辞めたのもそれが理由のひとつなんですけどね。
…ん?
……あー。
参ったな。
他の。ええ、まあ。あるはあるんですが…
……ま、いいか。
もう守秘義務とか関係ないし。
…あのときもね、ご年配の男性から朝一番に苦情が来たんですよ。
その内容が、「フラッシュ炊いたら影が写った」。
…ね、笑っちゃうでしょ?
カメラって、被写体の反射光を受けて画像を形作るから、暗いところだとフラッシュを炊かないとならないんですよね。強い光をぶつけて、その光を読み取る。
で、そんな光ぶつけたら当然影だってできる。
お前何言ってんだって話ですよ。小学生でも分かることだろって。
…さすがにそうは言いませんよ?
ただ、オブラートに包んで、そういう旨を伝えさせていただきました。むかっ腹立ちましたし。
しかし、その客、一向に引かないんですよ。
というかそもそもこちらの話を聞いてない。
ここでようやく、あれ?と。
さっきも言ったように、サポセンに連絡してくるのは、大抵が「とにかく怒りをぶつけたい」か「賠償を引き出したい」かに別れるんですよ。
が、この人は違うんです。
なんといえば良いのかな…そう、怯えてる。これが一番近いかな。
「なんてことしてくれたんだ」「お前たちのせいで」「大変なことになった」というのを、言葉を入れ替えながら繰り返してることに気づいたんです。
もっと言えば、私の言葉をあまり聴いてない。
これ、変ですよ?
譲歩を引き出すにしても、苦情を訴えるにしても、相手は反応を求めてるもんなんです。一人でぶつぶつ言うだけならわざわざ電話代を無駄にする必要、ありませんからね。
ここで私、興味を覚えてしまいましてね。
よせばいいのに、つい身を入れて聞いてしまったんです。
サポセンのコツ、ご存知ですか?
今後勤める予定があるなら、覚えておくといいですよ。
それはですね、「うまい相槌を入れる」。これに限ります。
ぶっちゃけ、まともに話聞いたところで何のメリットもありません。
だから、聞き流す。
けど、雑に聞き流してるだけだと相手も気づくんですよね。で、凄く怒る。
もちろん怒られたくはありませんから、工夫するんです。
色々な相槌を使いまわし、お客様に気持ちよくしゃべってもらう…これがコツです。
本当に上手い人は凄いですよ。カンカンになって怒ってた人ですら、最後は気持ちよくお礼を言いながら電話を切らせるんですから。それでいて電話のこちら側では中指立てたり報告書に悪口書きまくったりするんだからたいしたもんです。
で、私もその人を真似してですね。
なだめすかしながら、色々話を聞こうとしてみました。
そのかいあって、次第に落ち着いては来たんですが…それでも、いまいち要領を得ないんです。
影が出たせいで被写体のお孫さんに不幸があった、らしいことまではどうにか分かったんですけどねぇ。
ともかく、その感情をどうしたらいいか判らなくて、こちらに電話を掛けてきた――というのが私の抱いた印象ですかね。
…気づけば大分私も親身になっていたようでして。
よせばいいのに言ってしまったんですよ。
『よければその写真、送っていただけませんか』って。
途端、相手が息を飲んだのが分かりました。そんな対応されるとは思ってもみなかったんでしょうかね。
それからたっぷり間をおいてから、分かったといいました。
そして、念を押したんです。
君だけが見て、見たら早急に処分してくれ…と。
困ったのはこちらです。
一応業務の一環として、お客様の写真をお預かりすることはあります。が、それ、どんな対応したか上司たちも見れるよう残さないとならないので勝手に削除することはできません。
迷ったのですが、好奇心に負けた私は言われたとおり処分すると約束してしまいました。言わなきゃ絶対送ってくれない気がしましたから。
そして送ってもらったのですが…いやあ、余計なことはするもんじゃないと、人生ではじめて心の底から思いましたね。
電話を切った後、送ってもらったのは三枚でした。
いずれも、自宅でしょうか? きれいな屋内で、可愛い男の子を撮影したものでした。
恐らくですが誕生日のお祝いでしょう、暗い部屋で子供がケーキに向かい息を吹きかけている瞬間です。
一枚目は、ぱっと見ただけでは異変に気づきませんでした。
気づけたのは、二枚目と引き比べてみてです。
二枚目とはフラッシュの範囲が変化していたため、そこでようやく気づけました。
おかしいのは、子供を覆う影にありました。
一枚目の子供は、全身が正面からの影に収まっていたのです。
…言ってる意味、分かりません?
フラッシュを炊くのは、カメラの前面…つまり、カメラの前に誰かが立たない限り正面から影が差すなんてことはありえないんです。
そして二枚目、三枚目と動くにつれ、覆いかぶさっている影が揺らめき、まるで巨大な口を開いているように見えました。そして、三枚目の子供は…
私はどういうことか聞こうと慌ててお客様に折り返しました…が、何故か何度掛けても繋がりません。
翌日、改めて電話をしたところ…親戚を名乗る方が出て、一家の皆さんが亡くなられたことを知りました。
……その写真、ですか?
さあ?
…いや本当に、知らないんですよ。
私はすぐにそこを辞めてしまいましたから。そのごたごたのせいで、うっかり写真を消し忘れてしまったんで。
もしかしたらすぐ後にその職場が無くなったのに関係あるかも知れませんね。
……別に、たいした理由じゃないんですよ。
丁度たまたまカメラの試し撮りしてた同僚が一枚、私を撮影しやがりましてね。
そしたら影がね、写ってたんですよ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ツギハ15ニチ19ジ
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
静かに壊れていく日常
井浦
ホラー
──違和感から始まる十二の恐怖──
いつも通りの朝。
いつも通りの夜。
けれど、ほんの少しだけ、何かがおかしい。
鳴るはずのないインターホン。
いつもと違う帰り道。
知らない誰かの声。
そんな「違和感」に気づいたとき、もう“元の日常”には戻れない。
現実と幻想の境界が曖昧になる、全十二話の短編集。
一話完結で読める、静かな恐怖をあなたへ。
※表紙は生成AIで作成しております。
本当にあった不思議なストーリー
AA.A
ホラー
筆者の実体験をまとめた、本当にあった不思議な話しです。筆者は幼い頃から様々な科学では説明のつかない経験をしてきました。当時はこのような事をお話ししても気持ちが悪い、変な子、と信じてもらえなかった事が多かったので、全て自分の中に封印してきた事柄です。この場をおかりして皆様にシェア出来る事を嬉しく思います。
夜にも奇妙な怖い話2
野花マリオ
ホラー
作品のホラーの中で好評である続編であります。
作者が体験した奇妙な怖い体験や日常的に潜む怪異や不条理を語ります。
あなたはその話を読んでどう感じるかはお任せいたします。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる