安瀬乃片敷六丁目六番地六号より

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第三十三話 線香

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 あたしには自慢の彼氏がいるんだぁ。

 高身長、一見やせ型だけど空手黒帯の筋肉質なボディ、TOEIC800点越え、料理も得意で一人っ子。
 しかも幼いころに両親は事故で亡くしていて、自宅持ちの悠々自適な一人暮らし。
 マヂすごくない?
 ジャンボ宝くじ一等当選って感じじゃね?

 …でもね、一つだけ。

 たった一つだけ、どうしても嫌なことがあるんだ。

 彼、息が…めっちゃ臭いの。

 と言っても、歯槽膿漏とかドブ臭いとかじゃないよ。そんなのはあたしもお断り。
 強いて言うと、線香?

 そう、お線香の匂い。

 気にしすぎ過ぎって言われるかもしれないんだけどさぁ、初キッスするときに嗅いでてふと気づいちゃったんだ。「あ、これ青〇だ」って。
 そしたら、それからもうダメ。
 どうしても気になっちゃって。あのCMのフレーズ頭の中で流れちゃってどうしても雰囲気ぶち壊し。

 でも、それ以外は本当にいい彼氏なんだぁ。デートの時も気前よくおごってくれるし、おしゃれな店もあちこち知ってるし。
 多分、彼と別れてから彼以上の男を見つけるのなんてあたしじゃあ絶対ムリ。実際お母さんだって彼紹介した時に「あんた、運を全部使いきったわね」って真顔で言ってたもん。あたしもそう思う。
 だからさぁ、別れるかどうかずっと迷ってたんだ。

 そしたらこの間ね。彼、「今日誰もいないから、うちに遊びに来ない?」って誘ってきたの。

 あたしびっくりしちゃってさぁ。

 だって、付き合ってもう三年になるんだけど、それまで一度もお呼ばれしたこと無いんだよ。
 何回か、自宅デートしよう?って誘ったこともあるけどさ、来客が来る予定だとか荷物片付いてないからとか色々言われて断られ続けててさ。フツーえっち狙いとかで呼ぶよねぇ?
 もしかしたら、あたしの心が揺れ動いてるのがバレたのかな?

 そんなんだから気になるじゃん?
 そんときは即了承して、その日のバイトぶっちして彼の家にお邪魔したの。
 彼の家、安瀬乃駅前商店街からちょっと離れたところにあるけど結構立派な日本家屋でね。もしかしたら家柄も立派なのかも。あー、やっぱ良物件だわ。
 ともかく、おっかなびっくり玄関をくぐったあたしに、彼が照れくさそうに笑ったわ。

「いらっしゃい。はじめて女の子を招待するからちょっと恥ずかしいな。じゃあ僕の部屋に案内するね」

 彼の部屋は、二階の奥にあったの。
 男の人の部屋って乱雑に脱いだシャツとか転がってるイメージがあったけど、彼の部屋は整然と片付いていた。あたしの部屋より奇麗かも。さっすがって感じ。

「あ、じゃあジュース持ってくるから。その間にゲームでも準備してて」
「うん」

 それからしばらくはブラスマやったりして遊んでたんだけど、一時間くらいしたときかな?

「あっ」

 突然彼がびくって体をこわばらせたの。
 かと思ったらこちらを振り向いて、
「ごめん、ちょっと席外す」

 そう言う彼は珍しく顔をこわばらせてて。

「ど、どうしたの?」
「あぁ、うん、…約束があったの忘れてた」
「約束? あたし邪魔?」
「いや、いや、そんなことないよ。ただ…すぐ終わるから、このままで待ってて」
 そういうと彼はあたしの返事を待たずに部屋を出て行ってしまったの。

 なんか、普段の彼ならもっときちんとしてるというか、あんまりこういうミスやらないからあたしびっくりしちゃって。
 けどさー、今までに見たことない分ちょっと嬉しかったりしたのよね。ほら、憧れの人がたまに見せる弱みとか、ぐっと来ない?
 でさ、あたしは言われるがまま待ってたんだけど…

 これがね、帰ってこないのよー。
 三十分ぐらいしても帰ってこない。

 …いくら用事があったって言ったってさぁ、三十分も彼女放置するのは変だよね?

 あ、ううん、別に責めるつもりはなかったよ?
 ただ、何か手が離せないなら手伝えることはないかなって思っただけ。マジよマジ。

 で、階段を降りたところで気づいたの。

 二つ向こうの部屋? 襖の向こうから彼の話し声が聞こえる。
 誰もいないって言ってたのに、お爺ちゃんかお婆ちゃんが急に帰ってきちゃったのかな?

 それなら挨拶でもした方がいいかしら、そう思って近づいたんだけどさ。

「大丈夫だって。彼女ならきっと…」
「でもねぇ…あたしゃ心配だよ」

 会話の内容に、襖の引き戸に手を掛けたあたしは動きを止めた。
 聞き取りにくかったけど、間違いない。
 彼の声。

 けどさ、なぜ会話みたいに一人でべらべらしゃべってるんだろう?
 不思議に思ってた間も、彼の一人芝居は続いていた。

「今まで…逃げられ…からねぇ。そろそろあたしらも…」
「大丈夫だって。それより焦らないことだよ」
「そうよぉ、お母さん。それで何度も失敗してるんだから」

 なんかオネエ言葉も混じっている。そんなことをするような彼じゃないのに。
 どうしても何してるのか気になったあたしは、しばらく迷ったものの…意を決して襖の取っ手に手をかけ、ほんの少しだけ開けて音を立てずに覗いてみた。

 眼前では、仏壇に向かって彼が座っているのが見えた。
 外はすでに夕方で、締め切られたカーテンの隙間から差し込む夕日が部屋の埃を照らしている。

 もしかして仏壇へのお参りをしていたのだろうか。
 けど三十分て。
 どんだけ熱心なのよ。

 ちょっと呆れてしまったあたしだったけど。

(あっ)

 異変に気付いて声をあげそうになったのを、慌てて両手で抑え込む。
 一瞬ばれたかとひやっとしたが、幸い音は出なかったようだ。グッジョブあたし。

 異変に気付くのが遅れたのは、それまで異様さに気づかなかったからなんだ。

 彼の周囲を漂う煙。
 それが、いつまでたっても彼の周囲から動かない。消えないの。
 ……いや、ホントは動いていたんだけどね。

 煙はゆらゆらと、人の形になって彼にまとわりついていたの。
 あたしの見た限りでは、お団子に結った着物のおばあちゃんと、落ち着いた感じのグラデーションボブにした中年女性のように見えた。

 んで、彼女たちの胸から下は、二筋の細い煙となってて、片方は仏壇の線香から伸びている。
 そして、もう片方は…彼の口の中へと消えていた。

(そっか、そのせいで息が線香臭いんだ)

 状況を飲み込めないあたしはそんな悠長なことを考えてしまった。
 と、襖を少し開けていたせいでか、煙がゆらっと揺れた。

「あっ」
 と思う間もなく、彼がこちらを振り向く。慌ててあたしは身を引き、そのまま靴をつっかけるようにして飛び出したわ。

 これが、あたしの知った彼の秘密。

 …その後どうなったかって?

 うん、彼とはまだつづいてるよ?

 だってさっきも言ったじゃん、あたしが彼以上に良い男捕まえる幸運なんてないって。あたしだってそう思ってるもん。

 それにさ。

 姑つきなのはちょっとアレだけど、…彼に棲みついてるだけなら別に問題ないかなって。なんかあったら子供作ればいいんだし。
 今でも線香の匂いは嫌だけどさぁ。
 キスのときだけ我慢すればいい話だもんね、きゃははっ!

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 ツギハ1ニチ19ジ
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