安瀬乃片敷六丁目六番地六号より

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第四十九話 先輩

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 私の職場には、イマイチ人気のない先輩がいる。

 見た目はTOKIOの元メンバー、山〇くんを更にたくましくした感じで、見た目は頼りがいのあるイケメン。そして仕事も行動が速く手際も良い、そして後輩には優しい…と本来ならとても人気がありそうなタイプ。
 実際、わたしも少し前、教育担当と決まった直後くらいまではかなり舞い上がったものだった。

 でも、研修で教育担当がその先輩になってからというもの、仲の良い同性の先輩たちが妙に気の毒がるの。
 普通なら妬んでるんだろって考えるところだけどさ、うちの職場って基本仲が良いし、中には高校時代から親しい人もいるからとてもそうは思えなくってさ。
 どうしてですか、って聞いてみたの。そしたらみんな一様に口ごもって、唯一高校時代からの先輩が「今度チャンスがあったら、彼だけで晩御飯行くとき後からこっそり追いかけてみな」って言うの。なーんか変な話よね?

 でまあ、そうまで言うなら何かあるんだろうなーと思って興味半分で言われた通りにしてみたのよ。

 あれは確か…研修に入って一週間くらいだったかな。

 仕事が遅くなって、帰り間際に「飯食ってから帰るわ」って言ってたのをたまたま小耳に挟んじゃって。
 先輩って、同性とも親しい人があんまりいないみたいなのよね。上司とか先輩としてならそれなりに頼られてるのはぼちぼち見かけるんだけど、いざ休憩時間となるとひとりでいることが多いし、飲みに誘われてる様子もない。
 飲み会の話をしてるところに彼が通りがかると、さーっと蜘蛛の子を散らすようにいなくなるのよ。で、先輩はというと気付いてないはずないんだけどどこ吹く風。メンタルすごくない?

 あ、話がずれちゃったわね。
 ともかく、そんなことでこれなら一人で食べに行くだろうとみてわたしも急いでタイムカード押して後を追ったわ。
 実際、駅前の小さなファミレスに入ったので、わたしも五分ほど遅れて入ったの。

 先輩は奥のテーブル席にこちらへ背を向けて座ってるのが見えたわ。ただでさえ背高いから目立つのよね。
 ただ…このときになって気づいたんだけど、対面に誰か座ってるみたい。

 目を凝らして見ると、その人女性みたい。
 そう思ったのは、わたしは先輩の後ろ姿が見える斜め後ろのテーブル席に座ってたからなんだけど、見た限りだとずっと顔を俯けてたのよね。女性と思ったのは小柄なのと、白い薄手の服を着てたらしいこと、それと長く垂らした黒髪のせい。
 まあ男にせよ女にせよ、妙な雰囲気だとは思ったわ。

 だって先輩ったら、自分だけメニュー表見て女の人の方は無視してんだもの。
 普通はそんなに親しくしてなくても、同席したらメニュー表くらい回すもんよね?
 でも先輩ったら、読み終わったらメニュー立てに戻してドリンクバーに行っちゃったの。
 そこまで仲悪いなら相席しなければ良いのに。そんなに混んでる訳でも無い、むしろ空席が目立ってたくらいだからね。
 だからかしらね。
 ああ、性格悪いって思いながら注文して、後から行った私もドリンクバーから戻ってきた頃には対面の女性は居なくなってたわ。だのに先輩たら、彼女の分のお冷まで飲み干してうわぁって思ったっけ。

 でね。

 まあ、最初のころの熱量は失せて冷めてしまったわけだけど、研修はまだ続くわけよ。
 それから何回か、先輩と食事に行くことになっちゃってね。
 だって断るのは悪いと思ったのと、例の彼女のことがちょっと気になっちゃったからさ。

 そしたら先輩、普段断られてるからかやけに喜んじゃってさ。
 ご飯とかもちょこちょこおごってくれるようになっちゃったの。
 ちょっと内面的に冷めてきたといっても、顔の良い人ににこやかに詰められると悪い気にはならないじゃない?
 だから次第にわたしもあんまり悪い気はしなくなってきたんだけどねぇ…

 この間のことよ。

 二人でバーで飲んでたんだけど、ふと彼がトイレに立った時に気づいたの。

 私のすぐ隣に、例の女性が立ってた。

 もう、すっごいびっくりしたわ。
 だって、あの時とまったく同じ格好で、すぐとなりに無言で立ってるのよ?

 明らかに、好意的な印象持ってないって思うわよね。
 やば、もしかして彼女か奥さん?とか思ってたら、その人すっと手を持ち上げ、わたしの肩に触れたの。

「ひっ」

 思わず悲鳴を上げたわ。
 人のものとは思えない、冷たい、そして重たい手。
 どう言ったらいいのかな。
 触られたところから力が抜けていくというか、重くなるというか。
 あっという間に倦怠感が回って、目の前がちかちかして、気持ち悪くなって…

「おい」

 そんなとき、わたしの身体がぐいっと引っ張られたわ。椅子の背もたれにぶつかった感触で意識がはっと戻り、こちらをにらんでいる先輩の顔が見えた。

「手ぇ出すなといったろうが!」

 最初は先輩がわたしに怒ってるのかと思ったけど、そうじゃなかったのね。
 先輩は硬く握った拳を振り上げると、あの女目掛けて振り下ろした。

 ばちぃんん!!

 女が倒れ込み、そんな音がしたと思ったわ。
 けど、実際にはわたしの耳は何も拾わなかった。

「へ?」

 混乱したのはそれだけじゃない。
 女は、床にべちゃりと倒れたと思ったら悔し気にこちら、そして先輩を見上げて…
 消えてしまった。

「あ、あの…今の?」
「あー…まあ、説明しないとだめ…だよな?」

 先輩は気まずそうに頭を掻き掻き、手を差し伸べて立ち上がるのを手伝いながらそう言ったわ。
 もちろん、私はうなずいた。

 ひとまず注目されて集まってきた店員たちにスカートをひっかけて転びそうになったのだと言い訳して引き取ってもらい、元のスツールに並んで腰かける。
 作ってもらったリキュールを口に含み、落ち着いたところでわたしは話のつづきを伺うことにした。

「ああ。んーと…まあ、説明は難しいんだが。ざっくり言うと、さっきの女。アレな、幽霊なんだわ」

 私は少し迷った後、こくりと頷いて見せた。

 吐き気というか体調不良は先輩があの女を追っ払った?ときに解消している。頭の巡りはいつも通りだ。
 じっくり考えてみたけど、現れたときといい、彼女が消失したのを目の当たりにした今、事実と考えるほかないだろう。
 その反応をみて、先輩は話をつづけた。

「実を言うとな、俺の家系…爺さんだかその前だかからついてる霊なんだそうだが。俺にはガキのころからつくようになった」
「はぁ」
「ジジイの言ってた話だと、どうも数代前の先祖が子供のころにとりつかれるようになって以来、つきまとわれるんだと。ただこの幽霊、祟ったりとかはするわけではないんだが、厄介なことに他人から見えやすい性質らしくてな」

 先輩曰く、霊感に強くない人ですらもたまに見えてしまう時があるらしい。
 先日の、メニュー表を回さないのもお冷を呑んだのも同じ理由からで、要は注文を取りに来る際にみえてしまっていたということなのだろう。
 虹のようなもんだとか笑っていたが、幽霊と一緒にされてはたまったものではあるまい。

「てか、それでも十分大変じゃないですか」

 ちょっと同情した私はフォローを入れる。対し、先輩は肩をすくめた。

「そうでも無いさ。力が弱いのか知らんが、あいつはこちらに直接攻撃できないし」

 そう言いさすと、先輩はすいと視線をわたしから外した。どうやらわたしの横…いや、後ろを見ている?
 と思いきや、風圧で髪が乱れた。
 先輩がわたしの頬すれすれに後ろを拳で打ち抜いたからだ。
 再び床に横たわる女の幽霊がわたしにも見えた。

「何より、こうやってぶっ飛ばせるから憂さ晴らしにはもってこいなんだわコイツ」

 そう朗らかに答える先輩、そしてそんな彼を床に倒れ伏したまま憎々し気に見上げる幽霊。

 ようやくわたしは彼の人気が無い本当の理由が理解できた気がしたのだった。

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ツギハ22ニチ19ジ
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