最後の男

深冬 芽以

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6 二人の距離

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『隠すことないじゃん。再婚とか抜きにしても、恋人くらいいたっていいと思うよ? せっかく自由になったんだから!』

 部屋を移ったらしく、璃子の背後が静かになり、璃子の声のボリュームも戻った。

『今度、どんな人か聞かせてよ』

「璃子。子供たちには――」

『言わないよ。真が聞いたら、一人でも電車に飛び乗りそうだからね』と、妹がケラケラと笑う。

「笑いごとじゃないから」

『ま、恋人のことは置いといても、今回はゆっくりしなよ』

「ん。ありがとう」

『亮に代わるから、切ってね。亮ー! お母さんと話しなー』

 バタバタと走る足音。

『お母さん!』

 元気な声は、少し息が弾んでいた。

 亮の姿を思い出すと、ホッとする。

「亮? いい子にしてる?」

『うん! みんなで温泉に行くさ!!』

「お風呂で走っちゃダメよ?」

『うん!』

「お兄ちゃんと喧嘩しないでね?」

『うん! お母さん、お土産は何がいい?』

「いらないよ」

『ダメ! 兄ちゃんと俺のお小遣いで買うんだから』

「お小遣い? 家から持って行ったの?」

『うん!』

『亮! 言ったらダメだろ』と、真の声。

『あ! 俺、まだ話してるのに!』

『うるさい!』

 いつもの兄弟の会話。

 真が亮から電話を奪う姿が目に浮かぶ。

「真! 勝手にお小遣いを持って行ったの?」

『おばあちゃんがいいって言ったから』

「全部持って行ったわけじゃないでしょうね」

『……』

「落としたらどうするの! 千円ずつ持って、あとはおばあちゃんに預けなさい」

『千円じゃお母さんにお土産買えないしょ』

「二人で五百円ずつ出して、千円以内で買える温泉饅頭かクッキーを買って来て? 残りの五百円で、自分の好きな物を買っておいで」

『わかった』

「亮と喧嘩しないでね?」

『うん!』

「気を付けてね?」

『うん! お母さん、バイバイ』

「バイバイ」

 スマホをバッグにしまい、正面を向く。

「すみません」と言って見ると、智也がニヤニヤと笑っていた。

「何ですか?」

「これで、明後日までは一緒にいられるな」

「え?」

「電話がかかってこなかったら、妹の家に行くつもりだったんだろう?」

 そうだ。

 荷物を降ろしたら、駅に送ってもらうつもりだった。

「行かせるつもりはなかったけどな?」

「課長」

「明後日、帰るまでに『課長』も敬語もやめさせてやるよ」

 自信満々に私を見る智也に、ドキッとした。

 長らく忘れていた、ときめき。

 体温が上昇し、鼓動が加速する。

「とりあえず、今は『課長』だけどな」

 工場に到着し、私はホッと胸を撫で下ろした。
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