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7 彼女の素顔
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しおりを挟む「送別会、お前も行くのか?」
帰り支度をする彩に、聞いた。
「うん」
「じゃあ、金曜は来ないのか?」
「うん」
「……」
他の曜日はまちまちだったが、金曜日は帰ると必ず彩の手料理が用意されていた。週末の分も。
今週の金曜は、退職する女性社員二人の送別会。部全体でやる。
「週末は?」
「子供と約束があるから」
「そうか」と、平気なフリをして言った。
三日間一緒にいて、何度も抱き合って、時間ギリギリまでベッドにいたいと思っていたのに、彩は朝から台所に立ちっぱなし。
俺の飯を作り置きしてくれるのは嬉しいけれど、寂しくもある。
俺は彼女の丸みを帯びた背中を眺めながら、少し前から考えていたことを聞いてみた。
「お前さぁ、正社員になる気あるか?」
「え?」と、ようやく彩が振り返って俺を見た。
「女性社員が二人も抜けるだろ? 外部から中途採用するよりも、お前を正社員にしてパートかバイトを雇った方が即戦力だろ」
「けど、私の所属は一課でしょう? 二課の智也に決定権があるの?」
「決定権があるのは部長だから、俺は推薦するだけ。ついでに、二課に異動させたい」
「……なんで?」
「ずっと一緒にいられるだろ?」
彩が疑いの目で俺を見る。
この三日間で、彩は敬語を使わなくなった。俺を名前で呼ぶようにも。
とりあえず、満足だ。
「冗談だ。お前は結婚までの腰かけ社員より、よっぽどデキるからな。それに、結婚退職の予定もないだろう?」
「……お陰様で」
皮肉に捉えたのか、彩はまたフイッと背を向けた。
「いや、マジで。実際、上層部でもちょっとした議論になってるらしい。営業部の女性社員の退職率」
「三課は結婚しても辞めない人、いるじゃない」
確かに、美容部門は五人いる女性社員のうち二人は二十代後半の既婚者。とは言っても、三課は女性社員が五人いるが、一課と二課には三人しかいない。それも、毎年のようにほぼ全員が入れ替わる。
結婚退職、残業の多さに嫌気がさして退職、上司に叱られた翌日から来なくなった女性社員もいた。
だから、誰も女性社員に営業を教えない。
いつまでいるかわからない女性社員は事務員、という暗黙の了解が出来上がってしまった。
「お前、どうして三課がポーチを抱えていること、知ってた?」
「おばさんの耳はダンボなんです」と、部下モードの口調で言った。
「真面目に」
「棚卸の度に目につきましたから。それに、給湯室は皆さんが使いますし」
「棚卸で倉庫に出入りするのはお前だけじゃないし、給湯室もそうだ。だが、あの在庫のことを覚えていた奴がどれだけいると思う?」
「買い被り過ぎですよ、課長。おばさんはしょーもないことが気になるモンなんです」
「なら、営業こそおばさんにぴったりだろ」
「……本気ですか?」
「モチロン。だが、お前にその気がないのに推薦しても無意味だろ」
彩が、正社員途用を断る理由はない。時給のパートより収入は安定するし、ボーナスも支給される。福利厚生も充実する。
「彩、正社員になって俺の補佐をしろ」
「補佐?」
「ああ。俺が部長になった時に、二課の成績が落ちないように、お前が俺の仕事を引き継げ」と言いながら、彼女を背後から抱き締めた。
「公私混同、じゃない?」
「お前にその実力がなければ、迷わず一課に返品する」
ふふっ、と彩が笑った。息が手の甲の上で踊る。
「出戻るのは一度で充分よ」
俺も、彩を一課に帰すつもりなどなかった。
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