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8 アプローチ
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真君は塾に行きたいとか行きたくないとか以前に、お金のかかる塾に行ってもいいのか、を心配してるのだろう。
五年生にもなれば、家庭の経済状況もある程度わかってくる。
優しい子だな……。
「千堂さんも塾に行ってましたか?」
「俺が塾に行ったのは高校生になってからだな。それも、三年生になってから。それまでは部活ばっかりしてたよ」
「それでもいい大学に入れたんですよね?」
「いい大学……と言えば、いい大学かな?」
子供相手に謙遜する自分が、少し恥ずかしくなった。
真君の言う『いい大学』の基準がわからない。
「苦手な教科とかあるの?」
「いいえ」
「じゃあ、お母さんが塾に行った方がいいと思うのは、成績を保つため、かな」
「成績を保つ……」
ある考えが、浮かんだ。
真君にとっても俺にとっても、都合のいい話。
「俺が教えてあげようか」
「え?」
「学生の頃に塾の講師をしていたことがあるんだ。小学生の勉強なら、今も見てあげられると思う」
真君は返事に困り、少し不安そうに俺を見ていた。彼の背後に堀藤さんと亮君の姿を見て、俺は小声で真君に言った。
「心配しないで、俺に任せて?」
真君が小さく頷いた。
一緒に過ごした僅かな時間で、俺は堀藤さんと子供たちについて、多くのことを知った。
真君はお母さん想いの優しい子で、カレーよりハンバーグが好き。スポーツは苦手ではないけれど、特別好きなスポーツもない。昨年の運動会では応援団をしたらしい。
亮君はとにかく元気で明るくて、カレーもハンバーグも好き。野球少年で、週に四日、練習に行っている。俺も学生の頃に野球をしていたと話したら、キャッチボールに誘ってくれた。クラスでは黒板係をしている。
俺もやったことあるな、黒板係……。
二十数年前を思い出し、『黒板係』という懐かしい響きに、思わず笑ってしまった。
会社では静かで柔らかい雰囲気の堀藤さんは、子供と一緒だとなかなかに世話焼きで怒りっぽかった。食べるのも喋るのも忙しい亮君に、五回は『食べるか喋るかどっちかにしなさい』と言った。亮君の耳には、全く届いていないようだったが。俺にも四回は『騒がしくてすみません』と言った。五回目は言う前に俺が止めた。
けれど、結局、五回目も言われてしまった。
「今日はありがとうございました」
「いいえ。こちらこそご一緒させてもらって、ありがとうございました」と、俺はバックミラー越しに、言った。
彼女は亮君が車を汚すのではと心配し、一緒に後部座席に乗った。だから、助手席には真君。けれど、真君も亮君も、走り始めて十分ほどで眠ってしまった。
「騒がしくって、すみませんでした」
「楽しかったですよ」
「真と亮も楽しかったみたいです。楽しすぎて余計な事ばかり喋っちゃって……」と言いながら、彼女は亮君の頭を撫でた。
大切そうに、愛おしそうに。
いいな、と思った。
五年生にもなれば、家庭の経済状況もある程度わかってくる。
優しい子だな……。
「千堂さんも塾に行ってましたか?」
「俺が塾に行ったのは高校生になってからだな。それも、三年生になってから。それまでは部活ばっかりしてたよ」
「それでもいい大学に入れたんですよね?」
「いい大学……と言えば、いい大学かな?」
子供相手に謙遜する自分が、少し恥ずかしくなった。
真君の言う『いい大学』の基準がわからない。
「苦手な教科とかあるの?」
「いいえ」
「じゃあ、お母さんが塾に行った方がいいと思うのは、成績を保つため、かな」
「成績を保つ……」
ある考えが、浮かんだ。
真君にとっても俺にとっても、都合のいい話。
「俺が教えてあげようか」
「え?」
「学生の頃に塾の講師をしていたことがあるんだ。小学生の勉強なら、今も見てあげられると思う」
真君は返事に困り、少し不安そうに俺を見ていた。彼の背後に堀藤さんと亮君の姿を見て、俺は小声で真君に言った。
「心配しないで、俺に任せて?」
真君が小さく頷いた。
一緒に過ごした僅かな時間で、俺は堀藤さんと子供たちについて、多くのことを知った。
真君はお母さん想いの優しい子で、カレーよりハンバーグが好き。スポーツは苦手ではないけれど、特別好きなスポーツもない。昨年の運動会では応援団をしたらしい。
亮君はとにかく元気で明るくて、カレーもハンバーグも好き。野球少年で、週に四日、練習に行っている。俺も学生の頃に野球をしていたと話したら、キャッチボールに誘ってくれた。クラスでは黒板係をしている。
俺もやったことあるな、黒板係……。
二十数年前を思い出し、『黒板係』という懐かしい響きに、思わず笑ってしまった。
会社では静かで柔らかい雰囲気の堀藤さんは、子供と一緒だとなかなかに世話焼きで怒りっぽかった。食べるのも喋るのも忙しい亮君に、五回は『食べるか喋るかどっちかにしなさい』と言った。亮君の耳には、全く届いていないようだったが。俺にも四回は『騒がしくてすみません』と言った。五回目は言う前に俺が止めた。
けれど、結局、五回目も言われてしまった。
「今日はありがとうございました」
「いいえ。こちらこそご一緒させてもらって、ありがとうございました」と、俺はバックミラー越しに、言った。
彼女は亮君が車を汚すのではと心配し、一緒に後部座席に乗った。だから、助手席には真君。けれど、真君も亮君も、走り始めて十分ほどで眠ってしまった。
「騒がしくって、すみませんでした」
「楽しかったですよ」
「真と亮も楽しかったみたいです。楽しすぎて余計な事ばかり喋っちゃって……」と言いながら、彼女は亮君の頭を撫でた。
大切そうに、愛おしそうに。
いいな、と思った。
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