最後の男

深冬 芽以

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9 いびつな三角関係

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 智也が立ち止まり、私はぶつかる寸前でそれに気がついた。くるっと振り返った智也は、無表情だった。

 誕生日を祝われたくないのか、と思った。

 私も年々、誕生日は憂鬱になる。

「チーズケーキ以外は食わない」

「え?」

「チョコレートケーキなんて用意したら、お前に全部食べさせるからな」

 吐き捨てるように言った智也の顔が、少しずつ赤みを帯びていく。



 誕生日を祝われるの、実は嬉しい?



「泊まれんの?」

「……うん」

 智也の誕生日は来週の土曜日。

 ちょうどその日、子供たちを父親の元に行かせることにした。

「子供たちが体調を崩さなければ」

「……わかった」

「……うん」

 そう。子供がいると、何を差し置いても子供優先。そして、大事な約束がある時程、子供はよく体調を崩す。

 子供を持つ女と付き合うということは、そういうこと。

 さらに、今時期はインフルエンザが猛威を振るっている。社内でも数人、インフルエンザで欠勤していた。

「お前も体調崩すなよ?」

「……課長も」

 私たちは顔を見合わせて笑い、部屋を出た。

 そろそろ、食事に出た人たちが廊下を通る。その前に、戻らなければ。

 小会議室こんなところから智也と二人で出て来たのを見られたら、何を噂されるか考えたくもない。

 けれど、そうやって警戒している時に限って見つかってしまうのも、良くあること。

「あ、堀藤さん!」



 よりによって……。



 智也も同じことを思ったようで、和やかな表情が一瞬で無表情に変わった。

 千堂課長。

 課長は先に会議室から出て来た私しか見えていなかったようで、後から出て来た智也を見て、表情を硬くした。

 自分の人生で、男性二人が私を挟んで睨み合う状況が訪れるとは思っていなかった。

 僅かな優越感と、かなりの緊張感。

 私は心の中で深呼吸をした。

「お疲れさまです」と、仕事用の顔で千堂課長に言った。

「あ、お疲れさまです」と、課長は智也から私に視線を移した。

「どうかしましたか?」

「はい。揃えてもらいたい書類があったんですけど……」

「今、行きます」

 私は智也に軽く会釈をして、課長と一緒にデスクに戻ろうとした。が、グイッと腕を掴まれて、もう少しで前のめりに転ぶところだった。

「さっきの話忘れるなよ、彩」

 智也が言った。私ではなく、千堂課長を見ながら。

 さすがに、わかる。

 智也が課長を挑発していると。もしくは、牽制。

 大人気ない、と思った。

 そして、年下ではあるけれど、千堂課長が相手にしないことを願った。

「誤解を招く言動は控えるべきじゃないですか、溝口課長」

 願いは虚しく、打ち砕かれた。

「誤解?」

「他の社員に見聞きされたら、お二人が特別な関係にあると誤解されますよ」

「誤解じゃなかったらいいのか?」

 微かに話し声が聞こえて、私は咄嗟に智也の手を振り解いた。一瞬、智也が驚いた顔をして、けれど、すぐに振り払われた手をスラックスのポケットに隠した。

「誤解されて立場が悪くなるのは堀藤さんなんですから、気を付けてください」

 千堂課長が智也に言った。

 直後、智也の背後三十メートルほど先の角を、女性社員何名かがこちらに向かって曲がってきた。ランチを終えて戻って来たのだろう。

 智也は後ろを振り返らず、歩き出した。そして、千堂課長のすぐ横で一瞬、立ち止まった。

「その言葉、そのままお前に返してやるよ」

 そう言って、チラリと私を見て、遠ざかって行った。

 意外にも千堂課長は冷静で、表情を変えることなく私に仕事を指示した。
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