最後の男

深冬 芽以

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9 いびつな三角関係

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 翌日の昼休み。

 私と智也は宮野さんに呼ばれて、昨日と同じ小会議室にいた。

 昨日、宮野さんは病院に行くために早退した。事情は、智也がこっそりと倉田課長に説明した。

 今朝、挨拶をした宮野さんは、憑き物が落ちたようにすっきりした顔つきだった。悪阻のせいで、顔色は少し悪かったけれど。

「明日からしばらく、デスクワークをすることになりました」

「じゃあ……」

「昨日、病院で診断を受けてから夫と話し合いました。それで、産むことに決めました」

 今日の宮野さんは、ヒールのない靴を履いている。私は、それが嬉しかった。

 昨夜、智也と電話で話した。

『宮野さんはきっと、子供を産む』と。

「良かったですね、宮野さん」

「お二人のお陰です。ありがとうございます」

「いいえ。けど、まだ油断は出来ませんから、具合の悪い時は無理しないでくださいね」

「はい」と、宮野さんは穏やかな笑みで言った。

「ただ、みんなに気を遣わせたくないので、しばらくは内密にお願いします」

「わかった」

「私も、お二人のことは言いませんから」

「え!?」と、私と智也の声が重なった。

「昨日、堀藤さんのことを『彩』って呼びましたよね? 課長」

 記憶にない。

 思わず顔を見合わせた。

 智也も憶えていないよう。

「秘密にするなら、気を付けた方がいいですよ、課長」と言って、宮野さんは笑った。

「あの、宮野さん。私と課長は、その……そういうんじゃなくて……」

「そうだな」

 誤解を解こうと慌てる私の肩を抱き、智也が言った。

「気を付ける」

「ちょ――。 課長!!」

「じゃあ、デスクに戻ります。堀藤さん、悪阻が治まったら、ランチに行きましょうね」

「え? あ、はい。あ! ちょっと待――」

 動揺しまくりの私と、肩なんか抱いてご満悦の智也を残して、宮野さんは部屋を出て行った。

「課長!」

 私は思いっきり肩に置かれた智也の腕を払いのけた。

「ん?」

「『気を付ける』って何ですか!」

「大丈夫だろ、宮野は。口の軽い奴じゃない」

「そういう問題ではないでしょう」

 秘密は、共有する人間が多いほど秘密とは言えなくなる。それに、漏れた時に疑う人間が増えてしまうことにも、なる。



 それに、そもそも――。



 智也は私をじっと見下ろすと、キスを落とした。唇に、軽く触れるだけのキス。

「恋人っぽい、な?」

「だから、私に聞かないでください」

「もう少し気楽に考えてもいいと思うけどな」と、智也がため息交じりに言った。

 今度は、私が智也をじっと見上げる。

「鬼課長の言葉とは思えませんね」 

「誰が鬼だよ」

「オンとオフでギャップがあり過ぎだって例えです」

「お前のギャップも相当なモンだろ」

「処世術です」と言いながら、私は腕時計を見た。

 十二時四十八分。

 そろそろデスクに戻らなければ。

「俺もだ」と言って、智也がドアに向かって歩き出した。

 壁の時計を見たのだろう。

「Sなのかと思ってました」

「イジメられたいか?」

「そういうこと言うなら、誕生日に甘いチョコレートケーキを食べさせますよ?」
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