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11 渇望
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「課長が……どうしてそんなに私にこだわるのか……わからないんですけど……」と、彩さんが恥ずかしそうに目を逸らした。
溝口課長と『大人の関係』なんてしている割に、遊び慣れた感じがしないことが不思議に思える。
「正直、俺にもよくわかりません」
「え?」
どんな返事を想像していたのか、彩さんは少し甲高い声で聞き返した。
「言葉で説明するのは難しいんですけど、彩さんのことがすっごく気になるし、俺のことをすっごく気にしてほしいと思います。溝口課長とのことを聞いてムカついたし、俺も——」
『俺もシたい』とまでは、さすがに言わなかった。
けれど、彩さんは言葉の続きを察したようで、顔を赤らめた。微かに唇を噛む。
初めて彩さんを抱き締めて告白した時は、安心感とか癒しとかを求めていたと思う。けれど、抱き締めた時、その感触に安心感なんてものは全く感じなかった。
もっと俗物的な欲望。
その時は、気づかない振りをした。
けれど、その欲望は沸々と膨らんでいった。
彩さんが溝口課長に抱かれる姿を想像してしまう。柔らかな身体を熱くする姿を。
俺は知らない、部下でもない、母親でもない、『女』の顔。
京本さんに言い返した時の、彼女の低く冷たい声に、身体の中心に熱が灯った。その熱は、次第に全身に広がって、毎夜俺を悩ませた。
俺も『女』の顔を見たい――。
「そういうんじゃダメですか?」
「ダメって言うか――」と、彼女は少し困った顔で言った。
俺は元居た場所に腰を下ろした。
「溝口課長との『利害』って何ですか?」
「え?」
「資料室で言ってましたよね。『溝口課長と付き合っているのは、利害が一致しているから』だって」
俺はたこ焼き器に液を注ぎ足しながら言った。
「ああ……。はい」
「その『利害』ってやつを聞いたら、あなたを諦められるかな」
「……」
彼女は無言で、たこ焼きをひっくり返し始めた。
相手がいることだから、軽々しく言わないのはわかっている。けれど、それを聞かなければ、俺に勝ち目はない。
「無理にとは言いません。知らなければ知らないで、俺はあなたを諦めずに済みますから」
「――!」
ズルい言い方なのは、承知の上。それでも、これくらい言わなければ、彼女はきっと話してくれない。
俺は手際よく、たこ焼きをひっくり返していった。
「もう、いい感じですかね」
真君と亮君を呼ぼうと立ち上がった。
「――っ! 子供たちがいるところで……話せるようなことでは……」と言って、彩さんの声がフェードアウトしていく。
「じゃあ、二人で食事でもしながら、話せませんか? 明日の夜にでも」
「……」
「外で話しにくければ、ここで話しましょう。夕食、準備しておきますから」
彼女の返事を聞くより先に、頭では明日のメニューを考え始めていた。
「それは――」
「半端な状態で噂になるのは、お互い避けたいですよね」
こんな、脅しめいた言い方をした自分に、驚いた。同時に、それだけ自分が必死なのだとわかった。
「わかりました」
俺は心の中でガッツポーズをしながら、真君と亮君にたこ焼きが出来たことを伝えに行った。
溝口課長と『大人の関係』なんてしている割に、遊び慣れた感じがしないことが不思議に思える。
「正直、俺にもよくわかりません」
「え?」
どんな返事を想像していたのか、彩さんは少し甲高い声で聞き返した。
「言葉で説明するのは難しいんですけど、彩さんのことがすっごく気になるし、俺のことをすっごく気にしてほしいと思います。溝口課長とのことを聞いてムカついたし、俺も——」
『俺もシたい』とまでは、さすがに言わなかった。
けれど、彩さんは言葉の続きを察したようで、顔を赤らめた。微かに唇を噛む。
初めて彩さんを抱き締めて告白した時は、安心感とか癒しとかを求めていたと思う。けれど、抱き締めた時、その感触に安心感なんてものは全く感じなかった。
もっと俗物的な欲望。
その時は、気づかない振りをした。
けれど、その欲望は沸々と膨らんでいった。
彩さんが溝口課長に抱かれる姿を想像してしまう。柔らかな身体を熱くする姿を。
俺は知らない、部下でもない、母親でもない、『女』の顔。
京本さんに言い返した時の、彼女の低く冷たい声に、身体の中心に熱が灯った。その熱は、次第に全身に広がって、毎夜俺を悩ませた。
俺も『女』の顔を見たい――。
「そういうんじゃダメですか?」
「ダメって言うか――」と、彼女は少し困った顔で言った。
俺は元居た場所に腰を下ろした。
「溝口課長との『利害』って何ですか?」
「え?」
「資料室で言ってましたよね。『溝口課長と付き合っているのは、利害が一致しているから』だって」
俺はたこ焼き器に液を注ぎ足しながら言った。
「ああ……。はい」
「その『利害』ってやつを聞いたら、あなたを諦められるかな」
「……」
彼女は無言で、たこ焼きをひっくり返し始めた。
相手がいることだから、軽々しく言わないのはわかっている。けれど、それを聞かなければ、俺に勝ち目はない。
「無理にとは言いません。知らなければ知らないで、俺はあなたを諦めずに済みますから」
「――!」
ズルい言い方なのは、承知の上。それでも、これくらい言わなければ、彼女はきっと話してくれない。
俺は手際よく、たこ焼きをひっくり返していった。
「もう、いい感じですかね」
真君と亮君を呼ぼうと立ち上がった。
「――っ! 子供たちがいるところで……話せるようなことでは……」と言って、彩さんの声がフェードアウトしていく。
「じゃあ、二人で食事でもしながら、話せませんか? 明日の夜にでも」
「……」
「外で話しにくければ、ここで話しましょう。夕食、準備しておきますから」
彼女の返事を聞くより先に、頭では明日のメニューを考え始めていた。
「それは――」
「半端な状態で噂になるのは、お互い避けたいですよね」
こんな、脅しめいた言い方をした自分に、驚いた。同時に、それだけ自分が必死なのだとわかった。
「わかりました」
俺は心の中でガッツポーズをしながら、真君と亮君にたこ焼きが出来たことを伝えに行った。
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