121 / 212
14 欲しいものと必要なもの
6
しおりを挟むゴールデンウイークの三日前。
私と宮野さんは駅前の居酒屋にいた。安定期に入り、悪阻も治まった彼女は、少しふっくらしてきた。
「今日もお疲れ様でした!」
宮野さんのグレープフルーツジュースのグラスと、私の黒ウーロン茶のグラスが、カシャンと音を立てて擦れた。
「すみません。急に誘っちゃって。お子さんは大丈夫でした?」
「大丈夫」
宮野さんが出産を決意して以来、時々ランチに誘ってくれたりして、親睦を深めてきた。
京本さんとの一件を見られていることもあって、智也、千堂課長とのことも話した。全てではないけれど。
「慣れました? 課長補佐」
「まだまだ、憶えることが多くて。それに、営業って人が相手だから、私には難しくて」
「確かに。でも、だからこそのやりがいもありますから」
「まだ、やりがいを感じられるほど、何も出来てないですけど」
正社員となって一か月。
今はまだ、取引先に同行して、挨拶をして回るくらいしかしていない。
自社開発していないスーパーや飲食店を相手に、オリジナル商品を提案する。
オープン〇周年記念の饅頭に店名を入れたり、そのパッケージを考えたり。饅頭に限ったことではない。クッキーの焼き印のデザイン、マグカップのデザインなど、要するに取引相手が飲食に関わるというだけで、何でもあり。食品以外に関しては、二課、三課と協力することもある。
「最近、溝口課長とは会っていないんですか?」と、宮野さんが大根サラダを噛みながら、聞いた。
「うん。忙しくて、ね」と、私は鶏串を皿に取る。
「仕事でトラブってるの、知ってます?」
「え?」
「近藤さんがやらかしたみたいで、課長と谷さんでフォローに入ってるんですけど、部長まで引っ張り出されてるみたいです」
知らなかった。
外勤が増え、同じ階とはいえ、智也と顔を合わせることもあまりなくなっていた。自分のことで精いっぱいだったのも、ある。
部下の不始末だから課長がフォローするのは当然だろうけれど、主任である谷さんまでとなると、余程だ。その上、部長までとは。
そういえば、最近近藤さんを見ていない……?
「そんな大事になるなんて、何をしたんですか?」
「枕営業」
「は!?」
「ざっくり言うと、そうらしいです」
「近藤さんが!? まさか――」
仕事に対して真面目とは言えない彼女が、枕営業してまで仕事を取ろうとするなんて、信じられない。それ以前に、近藤さんは担当を持っていないはず。
『独り立ちには、まだまだだ。何より、本人にその気がない。提携企業を何社覚えているかも怪しいくらいだ』と、智也が言っていた。
15
あなたにおすすめの小説
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
体育館倉庫での秘密の恋
狭山雪菜
恋愛
真城香苗は、23歳の新入の国語教諭。
赴任した高校で、生活指導もやっている体育教師の坂下夏樹先生と、恋仲になって…
こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載されてます。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる