最後の男

深冬 芽以

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16 交わる領域

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 俺も千堂のことをとやかくは言えないな、と思った。

 週末、勇気が熱を出して病院に連れて行くから、真心を預かって欲しいと姉さんから電話がきた。俺は二つ返事でOKした。

 真心を迎えに行き、水族館は好きかと聞いた。そして、車を走らせた。

 彩が、子供と一緒に水族館に行くことは知っていた。だから、来た。けれど、電話をしたり、探し回るつもりもなかった。

 同じ場所にいて、会えるかどうかも含めて、賭けだった。

 千堂が彩の子供たちと親しいと聞いても、何とも思わなかった。

 対抗して子供に会おうとは思わなかったし、そんなことをして子供たちを動揺させるのはどうかとも思った。

 何よりも、そこまでの覚悟がなかった。

 けれど、姉さんに言われて考えた。

 俺が、彩にとっての一番になろうとすれば、どうしたって彩の一番である子供たちを無視できない。彩が俺を、子供たちと同率の一番にしてくれるなら、俺も子供たちを彩と同率の一番に考えなければならなくなる。

 理屈では、そうだ。

 ならば、次は感情面だ。

 こればかりは考えていてもどうしようもない。

 彩の子供たちに会って、俺自身が何を感じるか。それは、会ってみなければわからない。

 だからといって、改まって紹介してもらうのは、気が重い。

 だから、偶然を装うことにした。

 会ってみて、違う、無理だ、と思ったら、挨拶だけして帰ればいい。

 我ながら情けないと思うが、逃げ道を用意しておく必要がある時もある。

 行き当たりばったりで身動きが取れなくなるようなことは、避けたい。

「おじちゃん、ペンギン見たい!」

 真心が、言った。

「ペンギン?」

 俺は入館時に貰ったパンフレットを見て、ペンギンの所在を確認する。

「もうすぐペンギンの散歩があるらしいぞ?」

「見たい!」

「ん。じゃ、外に出るか」

 俺は真心の手を引いて、建物の出口に向かった。

 歩きながら、彩の姿を探していた。

 キョロキョロするほどではないけれど。

「おじちゃん、おばちゃんと水族館に来たことある?」

 俺が彩を探していることを察するかのように、真心が聞いた。

「ないよ」

「じゃあ、どこに行くの?」

「どこって?」

「デート。コイビトはデートするんでしょ?」

「……」

 恐るべし、四歳児。

 最近、会う度に真心がませたことを言う。

 なんて答えようかと考えた時、足元に衝撃があった。後ろから。

 振り返ると、真心より少し大きい男の子が尻もちをついていた。

「大丈夫か?」

 俺はしゃがんで、その子に聞いた。

「すみませんっ!」

 頭上からの声に、ハッとして顔を上げた。

「ごめんなさい。子供が――」

 俺の顔を見て、子供の母親もハッとした。

「智也!?」

 彩だ。



 すると、この子は――。




 俺は、母親の姿に慌てて立ち上がる子供の顔を覗き込んだ。



 彩の子供。

 名前、なんてったっけ――?




「おばちゃんだ!」と、真心が嬉々として飛びついた。

「真心ちゃん!?」

「勇気が熱を出して、真心を預かったんだよ」と、俺は立ち上がって言った。

「子供の遊び場所なんて知らねーし、お前が水族館の話をしてたことを思い出してさ」

「そうなんだ」

「お母さん、ごめんなさい」

 俺にぶつかった子が、母親のお叱りを受ける前に謝った。

 彩は前屈みで子供と目線を合わせた。

「謝る相手はお母さんじゃないでしょう」

 子供相手に、きつい口調。

 少し、驚いた。

 子供は振り向いて、俺を見上げた。

「ぶつかってごめんなさい」

 正直、こういう時の対応には慣れていない。だが、あまり子ども扱いする必要はないと感じた。

「もう、走るなよ?」

「はい!」

 元気な返事。

 実際に、もう走らないかはわからないけれど、物怖じしない、いい子だなと感じた。
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