140 / 212
16 交わる領域
8
しおりを挟む彩の背後で、少し距離をとって俺を見ている子供が目に入った。多分、上の子。
思い出した。
確か、真心の『真』でしん。
「真君……だっけ?」
「え?」と、彩が振り返って我が子を確認する。
「うん。真、おいで」
真君が母親の隣に立つ。
「真、亮。この人はお母さんの会社の課長さんで、溝口さんていうの」
「課長は千堂さんでしょ?」と、亮君が聞いた。
「課長って一人じゃないんだよ」
「ふーん」
「こんにちは」と真君が言った。
小学生だと言っていたけれど、背丈は彩とさほど変わらない。
彼の目つきが、気になった。
挑戦的な、目。
俺と母親の関係を見透かされているのではないかと、思えた。
「こんにちは。何年生? 背、大きいね」
「六年生です」
「そっか」
しっかりした子だな、と思った。
この子が、千堂が家庭教師をしてる子か。
「こんにちは!」と、亮君が大きな声で挨拶をした。
「こんにちは」
愛嬌のある子だ。
「真心ちゃん」
彩がしゃがんで、真心に言った。
「前に話したでしょ? おばちゃんの子供。こっちが真で、こっちが亮」と言いながら、それぞれ子供を指さす。
「真、亮。この子は真心ちゃん。溝口さんのお姉さんの子供」
真心は幼稚園にはいない、大きな男の子相手に戸惑っているようだった。身体半分を彩にぴったりと押し付けて、しがみついている。
「こんにちは、真心ちゃん」
そう言って、真心の前にしゃがんだのは、真君だった。
「何歳?」
「よん……さい」と、真心が恥ずかしそうに答えた。
「あっちで飴配ってたよ。貰った?」
真心が首を振る。
「貰いに行く?」
真心が返事に困って、俺を見た。
「行ってもいいぞ?」
「俺ももっかい貰ってくる!」と、亮君が飛び跳ねた。
何となく、亮君がまた走り出すのではと思って、手が出た。
亮君の腰を抱きかかえる格好になった。
「走るなよ」
「うん!」
本当かな、と思いつつ、亮君を離す。
「真心ちゃん、行こう」と、真君が手を出す。
「真心ちゃん、大丈夫。このお兄ちゃんはすごく優しいから」
彩の言葉に、真心が恐る恐る手を伸ばす。真君に手を引かれて、三十メートルほど向こうで飴を配っているシロクマに向かって歩き出す。
「真、子供好きなの」と言いながら、彩が立ち上がる。
「すげーな。俺より子供の扱いが上手い」
「ははは。智也は慣れてなさすぎ」と、彩が笑う。
「あ、ペンギン」
「え?」
「真心がペンギンの散歩を見たいって言ってたんだ」と、俺は腕時計を見た。
ちょうど始まる時間。
けれど、真心はペンギンを忘れてシロクマの着ぐるみに抱きついている。
「午後からもあるから」
「そうだな」
俺と彩の姿は、周囲からはどう見えるのだろう、と思った。
「千堂ともこうやって遊びに行ったのか?」
無意識に、聞いてしまった。
あまり、聞かないようにしていたのに。
周囲の家族連れを見て、千堂が父親役をしたのかと気になった。
「どうしたの?」
「気になった」
「どうし――」
シロクマから離れて、亮君が走ってくるのが見えた。
「なんかあったか?」
「え?」
「亮君だけ戻ってきた」
彩がシロクマの方を見る。
「亮! 走っちゃ――」
「みろぐちさ――!」
亮君が口を押えて立ち止まった。
走りながら俺を呼んで、言葉を噛んだ上に、舌も噛んだらしい。
彩が駆け寄る。
「亮?」
「いたいー……」
目に涙を溜める亮君を、彩はまず抱き締めた。
「舌、噛んだの?」
「ん……」
「走りながら喋るから!」
亮君は母親の胸に顔を埋め、けれどすぐに顔を上げた。俺を見る。
「真心ちゃんがシロクマと写真撮ってって」
「そっか。呼びに来てくれてありがとな」
俺は亮君の頭にポンと手を置いて、シロクマの元へと向かった。
15
あなたにおすすめの小説
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる