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16 交わる領域
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しおりを挟む彩の背後で、少し距離をとって俺を見ている子供が目に入った。多分、上の子。
思い出した。
確か、真心の『真』でしん。
「真君……だっけ?」
「え?」と、彩が振り返って我が子を確認する。
「うん。真、おいで」
真君が母親の隣に立つ。
「真、亮。この人はお母さんの会社の課長さんで、溝口さんていうの」
「課長は千堂さんでしょ?」と、亮君が聞いた。
「課長って一人じゃないんだよ」
「ふーん」
「こんにちは」と真君が言った。
小学生だと言っていたけれど、背丈は彩とさほど変わらない。
彼の目つきが、気になった。
挑戦的な、目。
俺と母親の関係を見透かされているのではないかと、思えた。
「こんにちは。何年生? 背、大きいね」
「六年生です」
「そっか」
しっかりした子だな、と思った。
この子が、千堂が家庭教師をしてる子か。
「こんにちは!」と、亮君が大きな声で挨拶をした。
「こんにちは」
愛嬌のある子だ。
「真心ちゃん」
彩がしゃがんで、真心に言った。
「前に話したでしょ? おばちゃんの子供。こっちが真で、こっちが亮」と言いながら、それぞれ子供を指さす。
「真、亮。この子は真心ちゃん。溝口さんのお姉さんの子供」
真心は幼稚園にはいない、大きな男の子相手に戸惑っているようだった。身体半分を彩にぴったりと押し付けて、しがみついている。
「こんにちは、真心ちゃん」
そう言って、真心の前にしゃがんだのは、真君だった。
「何歳?」
「よん……さい」と、真心が恥ずかしそうに答えた。
「あっちで飴配ってたよ。貰った?」
真心が首を振る。
「貰いに行く?」
真心が返事に困って、俺を見た。
「行ってもいいぞ?」
「俺ももっかい貰ってくる!」と、亮君が飛び跳ねた。
何となく、亮君がまた走り出すのではと思って、手が出た。
亮君の腰を抱きかかえる格好になった。
「走るなよ」
「うん!」
本当かな、と思いつつ、亮君を離す。
「真心ちゃん、行こう」と、真君が手を出す。
「真心ちゃん、大丈夫。このお兄ちゃんはすごく優しいから」
彩の言葉に、真心が恐る恐る手を伸ばす。真君に手を引かれて、三十メートルほど向こうで飴を配っているシロクマに向かって歩き出す。
「真、子供好きなの」と言いながら、彩が立ち上がる。
「すげーな。俺より子供の扱いが上手い」
「ははは。智也は慣れてなさすぎ」と、彩が笑う。
「あ、ペンギン」
「え?」
「真心がペンギンの散歩を見たいって言ってたんだ」と、俺は腕時計を見た。
ちょうど始まる時間。
けれど、真心はペンギンを忘れてシロクマの着ぐるみに抱きついている。
「午後からもあるから」
「そうだな」
俺と彩の姿は、周囲からはどう見えるのだろう、と思った。
「千堂ともこうやって遊びに行ったのか?」
無意識に、聞いてしまった。
あまり、聞かないようにしていたのに。
周囲の家族連れを見て、千堂が父親役をしたのかと気になった。
「どうしたの?」
「気になった」
「どうし――」
シロクマから離れて、亮君が走ってくるのが見えた。
「なんかあったか?」
「え?」
「亮君だけ戻ってきた」
彩がシロクマの方を見る。
「亮! 走っちゃ――」
「みろぐちさ――!」
亮君が口を押えて立ち止まった。
走りながら俺を呼んで、言葉を噛んだ上に、舌も噛んだらしい。
彩が駆け寄る。
「亮?」
「いたいー……」
目に涙を溜める亮君を、彩はまず抱き締めた。
「舌、噛んだの?」
「ん……」
「走りながら喋るから!」
亮君は母親の胸に顔を埋め、けれどすぐに顔を上げた。俺を見る。
「真心ちゃんがシロクマと写真撮ってって」
「そっか。呼びに来てくれてありがとな」
俺は亮君の頭にポンと手を置いて、シロクマの元へと向かった。
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