最後の男

深冬 芽以

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 彩の背後で、少し距離をとって俺を見ている子供が目に入った。多分、上の子。

 思い出した。



 確か、真心の『真』でしん。



「真君……だっけ?」

「え?」と、彩が振り返って我が子を確認する。

「うん。真、おいで」

 真君が母親の隣に立つ。

しんりょう。この人はお母さんの会社の課長さんで、溝口さんていうの」

「課長は千堂さんでしょ?」と、亮君が聞いた。

「課長って一人じゃないんだよ」

「ふーん」

「こんにちは」と真君が言った。

 小学生だと言っていたけれど、背丈は彩とさほど変わらない。

 彼の目つきが、気になった。

 挑戦的な、目。

 俺と母親の関係を見透かされているのではないかと、思えた。

「こんにちは。何年生? 背、大きいね」

「六年生です」

「そっか」

 しっかりした子だな、と思った。



 この子が、千堂が家庭教師をしてる子か。



「こんにちは!」と、亮君が大きな声で挨拶をした。

「こんにちは」

 愛嬌のある子だ。

「真心ちゃん」

 彩がしゃがんで、真心に言った。

「前に話したでしょ? おばちゃんの子供。こっちが真で、こっちが亮」と言いながら、それぞれ子供を指さす。

「真、亮。この子は真心ちゃん。溝口さんのお姉さんの子供」

 真心は幼稚園にはいない、大きな男の子相手に戸惑っているようだった。身体半分を彩にぴったりと押し付けて、しがみついている。

「こんにちは、真心ちゃん」

 そう言って、真心の前にしゃがんだのは、真君だった。

「何歳?」

「よん……さい」と、真心が恥ずかしそうに答えた。

「あっちで飴配ってたよ。貰った?」

 真心が首を振る。

「貰いに行く?」

 真心が返事に困って、俺を見た。

「行ってもいいぞ?」

「俺ももっかい貰ってくる!」と、亮君が飛び跳ねた。

 何となく、亮君がまた走り出すのではと思って、手が出た。

 亮君の腰を抱きかかえる格好になった。

「走るなよ」

「うん!」

 本当かな、と思いつつ、亮君を離す。

「真心ちゃん、行こう」と、真君が手を出す。

「真心ちゃん、大丈夫。このお兄ちゃんはすごく優しいから」

 彩の言葉に、真心が恐る恐る手を伸ばす。真君に手を引かれて、三十メートルほど向こうで飴を配っているシロクマに向かって歩き出す。

「真、子供好きなの」と言いながら、彩が立ち上がる。

「すげーな。俺より子供の扱いが上手い」

「ははは。智也は慣れてなさすぎ」と、彩が笑う。

「あ、ペンギン」

「え?」

「真心がペンギンの散歩を見たいって言ってたんだ」と、俺は腕時計を見た。

 ちょうど始まる時間。

 けれど、真心はペンギンを忘れてシロクマの着ぐるみに抱きついている。

「午後からもあるから」

「そうだな」

 俺と彩の姿は、周囲からはどう見えるのだろう、と思った。

「千堂ともこうやって遊びに行ったのか?」

 無意識に、聞いてしまった。

 あまり、聞かないようにしていたのに。

 周囲の家族連れを見て、千堂が父親役をしたのかと気になった。

「どうしたの?」

「気になった」

「どうし――」

 シロクマから離れて、亮君が走ってくるのが見えた。

「なんかあったか?」

「え?」

「亮君だけ戻ってきた」

 彩がシロクマの方を見る。

「亮! 走っちゃ――」 

「みろぐちさ――!」

 亮君が口を押えて立ち止まった。

 走りながら俺を呼んで、言葉を噛んだ上に、舌も噛んだらしい。

 彩が駆け寄る。

「亮?」

「いたいー……」

 目に涙を溜める亮君を、彩はまず抱き締めた。

「舌、噛んだの?」

「ん……」

「走りながら喋るから!」

 亮君は母親の胸に顔を埋め、けれどすぐに顔を上げた。俺を見る。

「真心ちゃんがシロクマと写真撮ってって」

「そっか。呼びに来てくれてありがとな」

 俺は亮君の頭にポンと手を置いて、シロクマの元へと向かった。
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