148 / 212
17 理想のかたち
6
しおりを挟む
「お母さん……千堂さんのことは好きじゃないと思う」
「どうして?」
「千堂さんと一緒にいる時のお母さんは『よそゆき』だから」
「よそゆき?」
よそゆき……?
「『ちゃんとしなさい』って……、今日は言わないから」
「え?」
「お母さん、いつも『ちゃんとしなさい』って言うのに、今日は言わないから」
「ちゃんとって、何を?」
「何でも。ちゃんとしないと怒られるから、いっつも遊びに行く時とか何回も言うのに、今日は言わない……」
口の中が酸っぱい。
食べた肉が逆流しそうだ。
「怒られるって、誰に?」と、智也が聞いた。
きっと、答えはわかっているのに。
聞かないで、と思った。
「お父さん」
子供の観察力に、ドキッとさせられる。
真は特に、人をよく見ている。
父親の機嫌を窺う母親のそばにいたからかもしれない。
自分の、母親としての未熟さに情けなくなる。
「千堂さんに会う時も、『ちゃんとしなさい』って言ってたし、さっきみたいに亮が喋ってばっかりいたら千堂さんに謝ってたから……」
「だから、お母さんは千堂を好きじゃない?」
「好きじゃないって言うか、溝口さんの方が好きっぽい……と思う」
「そうか」
私自身より、真の方がよっぽど私を知っている。
元夫は出先で子供たちが騒ぐのを嫌った。
『お前がちゃんとさせないからだ』と、よく言われた。
そのせいで、私は子供たちに『ちゃんとしなさい』と言うのが癖になった。
離婚して、言う回数は減ったと思うけれど、それでも今日みたいに遊びに出かける時や、父親のところに行かせる時には、言ってしまう。
「今日、お母さんが『ちゃんとしなさい』って言わなかったのは、真君も亮君もちゃんとしてたから、じゃないかな」
「……?」
「真君は真心と仲良くしてくれたし、亮君は俺と仲良くしてくれたろ? 二人ともちゃんとしてたし、お母さんが俺に謝らなきゃいけないようなことはしなかった」
智也が、きっと真が欲しい言葉を、言った。
「真心と仲良くしてくれて、ありがとう」
このままじゃ、ダメだ。
このままじゃ、きっと望んでしまう。
私の、欲しいもの、を――。
「どうして?」
「千堂さんと一緒にいる時のお母さんは『よそゆき』だから」
「よそゆき?」
よそゆき……?
「『ちゃんとしなさい』って……、今日は言わないから」
「え?」
「お母さん、いつも『ちゃんとしなさい』って言うのに、今日は言わないから」
「ちゃんとって、何を?」
「何でも。ちゃんとしないと怒られるから、いっつも遊びに行く時とか何回も言うのに、今日は言わない……」
口の中が酸っぱい。
食べた肉が逆流しそうだ。
「怒られるって、誰に?」と、智也が聞いた。
きっと、答えはわかっているのに。
聞かないで、と思った。
「お父さん」
子供の観察力に、ドキッとさせられる。
真は特に、人をよく見ている。
父親の機嫌を窺う母親のそばにいたからかもしれない。
自分の、母親としての未熟さに情けなくなる。
「千堂さんに会う時も、『ちゃんとしなさい』って言ってたし、さっきみたいに亮が喋ってばっかりいたら千堂さんに謝ってたから……」
「だから、お母さんは千堂を好きじゃない?」
「好きじゃないって言うか、溝口さんの方が好きっぽい……と思う」
「そうか」
私自身より、真の方がよっぽど私を知っている。
元夫は出先で子供たちが騒ぐのを嫌った。
『お前がちゃんとさせないからだ』と、よく言われた。
そのせいで、私は子供たちに『ちゃんとしなさい』と言うのが癖になった。
離婚して、言う回数は減ったと思うけれど、それでも今日みたいに遊びに出かける時や、父親のところに行かせる時には、言ってしまう。
「今日、お母さんが『ちゃんとしなさい』って言わなかったのは、真君も亮君もちゃんとしてたから、じゃないかな」
「……?」
「真君は真心と仲良くしてくれたし、亮君は俺と仲良くしてくれたろ? 二人ともちゃんとしてたし、お母さんが俺に謝らなきゃいけないようなことはしなかった」
智也が、きっと真が欲しい言葉を、言った。
「真心と仲良くしてくれて、ありがとう」
このままじゃ、ダメだ。
このままじゃ、きっと望んでしまう。
私の、欲しいもの、を――。
25
あなたにおすすめの小説
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
体育館倉庫での秘密の恋
狭山雪菜
恋愛
真城香苗は、23歳の新入の国語教諭。
赴任した高校で、生活指導もやっている体育教師の坂下夏樹先生と、恋仲になって…
こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載されてます。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる