最後の男

深冬 芽以

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17 理想のかたち

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 ちらし寿し、豚汁、ザンギを作った。智也の誕生日のメニュー。

 ほうれん草のおひたし、たらことこんにゃくの和え物、肉じゃがときんぴらごぼうはタッパーに入れて冷蔵庫に入っている。

 餃子とハンバーグは冷凍庫。

「随分、作ったな」

 智也が私の肩越しに、言った。

「久しぶりに張り切った」

「美味そ」と、智也が揚げたてのザンギを口に入れた。

「アチ」

「当たり前でしょ」

 今日は子供たちの授業参観があって、午後は休みを取った。けれど、子供たちには仕事が残っているからと言い、智也のマンションに来ていた。

 来ることを伝えると、智也は定時で帰って来てくれた。

「はい」

 私が差し出したグラスを、智也が受け取る。私はビールの缶の栓を抜き、グラスに注いだ。

 ゆっくり、ゆっくり。

「今日もお疲れ様でした」

 泡がグラスの淵に乗っかって、智也が慌ててすする。

 口の周りに泡をつける智也を見て、笑った。

「私、ビール注ぐの下手なんだよねー」

「早く言えよ」

「大丈夫。もうしないから」

 私は缶をグラスの横に置き、智也の正面に座った。

「いただきます」と、二人同時に言った。

「そういえば、京本さんたちはどうなったの? 午後から来ることになってたでしょ?」

「ああ、来たよ」

 私が京本さんに会った後、智也は営業部長と総務部長に録音を聞かせ、対処を話し合った。その後の聞き取りでは、三人とも事実を話したと聞いた。

 智也はホームルームの社長の面子を潰さないように、この件の担当者と内密に連絡を取り、ホームルームの常務に社長との仲介を頼むことが出来た。社長は内々で京本さんの証言と、息子が京本さんに送ったメールの内容を自身で確認たらしい。

「三人とも退職願を出したよ」

「……そう」

 そうなるだろうとは思っていた。箝口令が布かれていたとはいえ、噂は驚くほど早く、正確に広まっていった。京本さんの妊娠も。

 会社がどういう判断を下しても、三人が好奇の目に耐えられるはずはなかった。

「よく、懲戒処分にならなかったわね」

「まぁ、京本らだけの責任ではないからな。それに、FSPこちらが三人を懲戒処分にしたら、ホームルームあちらもそうしなければならなくなる。それは避けたかったようだ」

「なるほど」

「依願退職なら退職金が出る。三人はそれで納得したよ」

「いい上司に恵まれたのは、不幸中の幸いだね」と、私は呟いた。

 智也に聞こえたか、聞こえなかった振りをしたのかはわからない。

 恐らく、三人に依願退職という形で納得させたのは、智也。上層部に三人の依願退職を認めさせたのも、智也。



 それを、あえて口にはしない、智也のそういうところが好きだな……。

 

「京本は子供を産まないことにしたらしい」

「え!?」

「松代と妻が、僅かな慰謝料と引き換えに、認知を拒んだんだ」

「最悪……」

「ああ。で、京本の千年の恋も冷めたってわけだ」

 ある意味、堅実な判断なのかもしれない。

 きっと、京本さんが私に子供を産むと言ったのは、そうすれば松代さんが離婚して自分と結婚してくれると計算してのことだったはず。離婚してくれないどころか、認知もされない子供を一人で育てることは、全く考えていなかったろう。

 産んで後悔するより、良かったのかもしれない。

 お腹の子供は可哀相だけれど。本当に、可哀相だけれど。
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