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8.今も愛していると言えますか?
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初めての妊娠の時、神経質になったのは私より和輝だった。
何かあってはいけないと過保護になり、かと思えば、距離を取ったり。
つわりも軽く、吐き気より食い気で健診の度に体重が増え過ぎだと言われた私は、出産の時にようやく妊娠と出産の大変さを思い知った。
出産予定日を二日過ぎた健診日で、由輝は既に推定体重が三千三百グラム。あまりのんびりしていると出産が大変だと、私は体を動かすように言われた。
当時は実家に帰っていて、まだ生きていた犬の散歩なんかをした。
和輝からは毎日、朝昼晩と電話がきていた。
予定日を五日過ぎて、ようやく陣痛が始まり、私は丸一日苦しみ抜いて、由輝を産んだ。
体重は三千五百六十グラムだった。
あの日から、怒涛の子育てが始まった。
和輝には申し訳ないが、確かにあの頃の私には夫を気遣う余裕などなかった。
それでも、由輝が一歳を過ぎた頃から、セックスを再開した。ひと月に一度くらいだったけれど。
話し合ったわけではないけれど、和輝は避妊しなかったし、私もそれを拒まなかったから、そう長くかからずに和葉を妊娠した。
それから、完全にレスだ。
「ごめん……ね」
「ん?」と、和輝が私を見た。
「三人目……の話」
「……ああ」
和葉が三歳になった頃、和輝に聞かれたことがある。
三人目が欲しいか、と。
私は、「考えられない」と言った。
その頃の由輝は幼稚園に通っていたのだが、とにかく人見知りで泣き虫で、ママっ子だった。ちょうど和葉のトイレトレーニングもしていて、私は疲弊しきっていた。
今ならば、もっと違う言葉を選ぶべきだったとわかる。
だって、きっとあれは和輝からの『お誘い』だった。
「素直に、俺も構って欲しいって……言えば良かったんだよな」
言われても、受け入れられたかはわからない。
それでも、少しは夫婦のスキンシップを持てるように心がけられたかもしれない。
三十代の男性に、十年以上も禁欲させていたなんて、普通に妻失格だ。
それなのに、今になって触れてもらえないといじけるなんて、勝手すぎる。
軽く自己嫌悪に陥りそうになった時、ふと思った。
「浮気……したことある?」
「は……あ?」
夫が目を丸くして、心の底から耳を疑うように、間抜けな声を出した。
「だって、十年……以上も、そういうのないの……って、男の人は無理なんじゃないのかな……と」
数日前、広田さんとの浮気を疑わなかった自分に言ってやりたい。
私が和輝を信じていることは、和輝が絶対に浮気しない理由にはならない。
夫との触れ合いを避けていたくせに、浮気なんて有り得ないと思っていたことが、有り得ない。
「そう思うのに、広田とのことは疑わなかったんだ?」
「冷静になってみれば、変だよね」
「いや。嬉しかったよ」
夫の親指が、私の手の甲を撫でる。
「信頼されてるな、って思ったから」
信頼していた。今もしている。
けれど、安心とは違う。
自分でもよくわからない。
「けど、がっかりもしたな」
「そう……なの?」
「うん。妬いてもくれないのかって」
「それは――」
「――けど、違うんだよな」と言うと、夫の視線が握られた手に下りた。
何かあってはいけないと過保護になり、かと思えば、距離を取ったり。
つわりも軽く、吐き気より食い気で健診の度に体重が増え過ぎだと言われた私は、出産の時にようやく妊娠と出産の大変さを思い知った。
出産予定日を二日過ぎた健診日で、由輝は既に推定体重が三千三百グラム。あまりのんびりしていると出産が大変だと、私は体を動かすように言われた。
当時は実家に帰っていて、まだ生きていた犬の散歩なんかをした。
和輝からは毎日、朝昼晩と電話がきていた。
予定日を五日過ぎて、ようやく陣痛が始まり、私は丸一日苦しみ抜いて、由輝を産んだ。
体重は三千五百六十グラムだった。
あの日から、怒涛の子育てが始まった。
和輝には申し訳ないが、確かにあの頃の私には夫を気遣う余裕などなかった。
それでも、由輝が一歳を過ぎた頃から、セックスを再開した。ひと月に一度くらいだったけれど。
話し合ったわけではないけれど、和輝は避妊しなかったし、私もそれを拒まなかったから、そう長くかからずに和葉を妊娠した。
それから、完全にレスだ。
「ごめん……ね」
「ん?」と、和輝が私を見た。
「三人目……の話」
「……ああ」
和葉が三歳になった頃、和輝に聞かれたことがある。
三人目が欲しいか、と。
私は、「考えられない」と言った。
その頃の由輝は幼稚園に通っていたのだが、とにかく人見知りで泣き虫で、ママっ子だった。ちょうど和葉のトイレトレーニングもしていて、私は疲弊しきっていた。
今ならば、もっと違う言葉を選ぶべきだったとわかる。
だって、きっとあれは和輝からの『お誘い』だった。
「素直に、俺も構って欲しいって……言えば良かったんだよな」
言われても、受け入れられたかはわからない。
それでも、少しは夫婦のスキンシップを持てるように心がけられたかもしれない。
三十代の男性に、十年以上も禁欲させていたなんて、普通に妻失格だ。
それなのに、今になって触れてもらえないといじけるなんて、勝手すぎる。
軽く自己嫌悪に陥りそうになった時、ふと思った。
「浮気……したことある?」
「は……あ?」
夫が目を丸くして、心の底から耳を疑うように、間抜けな声を出した。
「だって、十年……以上も、そういうのないの……って、男の人は無理なんじゃないのかな……と」
数日前、広田さんとの浮気を疑わなかった自分に言ってやりたい。
私が和輝を信じていることは、和輝が絶対に浮気しない理由にはならない。
夫との触れ合いを避けていたくせに、浮気なんて有り得ないと思っていたことが、有り得ない。
「そう思うのに、広田とのことは疑わなかったんだ?」
「冷静になってみれば、変だよね」
「いや。嬉しかったよ」
夫の親指が、私の手の甲を撫でる。
「信頼されてるな、って思ったから」
信頼していた。今もしている。
けれど、安心とは違う。
自分でもよくわからない。
「けど、がっかりもしたな」
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「うん。妬いてもくれないのかって」
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「――けど、違うんだよな」と言うと、夫の視線が握られた手に下りた。
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