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番外編*十五年目の煩悩
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最近ミスの多い青野は、やけくそのように酒を呷っていた。俺の隣で。
どれも大したミスではないが、どれも新人のようなミスで、余計に落ち込んでいたようだ。
「大丈夫か?」
「あい……」
全く大丈夫じゃなさそうだ。
いつも若い奴らに交じって楽しんでいる青野だが、今日は俺の横から動かない。
仕事のミスをカバーするのは問題じゃない。それも仕事だ。
だが、慰めるのはあまり得意ではない。
そんなに気が利く性格じゃないし、言葉を間違えると逆効果だ。
とはいえ、青野が何か溜め込んでいるようなのは、きっと俺の思い込みじゃないだろう。
「最近、調子悪いのか?」
「すんまへん……」
青野は関西出身ではない。
「そういう時期は、誰にでもある」
なんて陳腐な言葉だと、自分でも思う。
が、なぜか青野は食いついた。
ぐりんっと勢いよく首を回して俺を見て、少し詰め寄った。
「かちょーにもありましたか?」
「なにが」
「そういう時期」
「どういう時期」
自分で言っておいて、聞き返してしまった。
いや、仕事をしていてミスが続く時期、という意味で言ったのだが、青野の言う『そういう時期』と合致しているかがわからなかった。
「仕事……のことを言っれるんれすよれ?」
ろれつが回っていない。
そろそろ帰した方が良さそうだ。
ここは既に二次会で、自由に抜けて問題ない。
部長が一次会で抜け、二次会を楽しめと軍資金を俺に渡したから仕方なく来ただけで、実は俺も帰りたい。
「青野、そろそろ帰った方が――」
「――帰りたくないれす」
男女ならば間違いなくお持ち帰り確定の常套句だが、部下に言われたとなれば気が重いだけだ。
「子供、まだ小さいだろ? あんまり奥さんに任せっきりだと怒られるぞ」
どの口が言うか。
間違っても、柚葉には聞かせられない。
「怒られました……」
「なら――」
「――子供で手一杯だから、俺の相手まではできないって」
「は?」
「風俗でも行けって……」
なんと。
妻に風俗を薦められるとは、世も末だ。
「でも、それ、本当に行ったらダメだと思うぞ」
「わかってます! 当たり前じゃないですか!」
怒られた。
「課長はお子さん、もう大きいですよね」
「二人とも中学生だ」
「そういう時期、ありましたか」
「……あったな」
割と直近で、とまでは言わない。
「どうしたらいいでしょう」
酔いが醒めたのか、真顔で聞かれる。
「話をした」
「どっちから?」
どっち……?
考える。
青野が思うような話し合いではない。
きっかけを作ったのは、俺になるのだろうか。
そもそも、バカ正直に答えることか。
「別件で話し合う機会があって、その流れでだった」
「そうですか……」
参考にならなかったらしい。
なぜか、申し訳なくなる。
「奥さんの言う子育てが落ち着くまでは、待ったらどうだ」
「いつ、落ち着くんでしょう」
わかるはずがない。
が、こうして金曜の夜に遅くまで酒を飲んで帰宅することを、奥さんが良く思わないことはわかる。
「例えとして的確かはわからないが、俺たちが残業続きの時に誘われてもそんな気になれないのと、同じ心境なんじゃないか」
「はぁ……」と、青野は気の抜けたような相槌を打つ。
間違えたようだ。
「でも、仕事は明確な終わりが見えてますよね」
そうでもなかったか。
「そうだな。でも、終わりが明確じゃないからこそ、奥さんは俺たちより大変だろう」
「なるほど」
青野は元々、真面目だ。
以前は、融通が利かなくて、それはそれで困るほどだった。
だが、成長し、優秀な俺の右腕になった。
主任昇進も近い。
プライベートの悩みを引きずってミスを重ね、昇進に響いては困る。
「青野は子供と二人で過ごせるか?」
「え?」
「例えば、奥さんが美容室に行く間とか、食事に行く間とか」
「それくらいなら……、はい」
実に優秀な父親だと思う。
俺は、子供たちが幼稚園に上がるまで、出来なかった。
由輝が泣いて喚いて暴れたからだ。
ママじゃなきゃヤだ! と。
「夫婦の時間より先に、奥さんに一人の時間をプレゼントしてみたらどうだ?」
「はい! わかりました」
目を爛々と輝かせて、青野が言った。
「ありがとうございます! 早速、明日にでも――あ、いや、これから帰って言ってみます。ありがとうございます!」
「いや……。気をつけて帰れよ」
「はい! お疲れ様でした」
グラスに残っていた酒を飲み干し、青野は足早に帰って行った。
酔っ払いの戯言だと思われなきゃいいが……。
青野は相談相手を間違えたな、と思った。
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