75 / 89
番外編*十五年目の煩悩
3
しおりを挟む*****
青野に続いて店を出て、帰宅した。
午後十一時少し前、子供たちは寝たらしい。
柚葉はまだ起きていてくれた。
俺はサッとシャワーを浴び、寝支度をして寝室に上がった。
そして、ベッドでスマホを見ていた妻の隣に潜り込み、青野との会話を話した。
「――なんか、偉そうなこと言ったな、と思ってさ」
「自分はできなかったから?」
「……」
柚葉がふふっと柔らかく笑う。
「由輝のママママ期は長かったから」
「まだ終わってないだろ、あれ」
愛華ちゃんのお母さんの妊娠がわかってから、事あるごとに和葉は妹が欲しいと言い、由輝はいらないと俺を睨む。
その一方で、柚葉には言葉も態度も柔らかくなった気がする。
俺は妻の首筋に手を伸ばす。
髪を切ってから、柚葉の毛先やうなじに触れるのが癖になった。
だが、何度そうしても、柚葉は首を縮め、頬を赤らめる。
「明日、仕事?」
「ううん?」
「じゃあ、シてもいい?」
「……いい……けど――っ」
拒まれる可能性なんて考えず、首に回した手に力を込めて引き寄せ、耳の下ら辺にかぶりつく。
「和輝」
「わかってる」
痕を残すなと言いたいのだろう。
前にこうして首筋に噛みついた時、力が入って赤くなってしまった。それを、和葉に見つかった。
柚葉は、服の襟がチクチクして掻いた、と誤魔化した。
あの後、少し怒られた。
結婚十五年目にして知った、自分のうなじフェチ。いや、首か。
とにかく、柚葉の首筋に興奮する。
もちろん、他の女はしない。
たまに髪の短い女に目がいくが、それだけだ。
禁欲が長かったとはいえ、ずっと一緒に暮らしてきた妻に、またこうして夢中になる日がくるとは思っていなかった。
「そういえば――」と、手は妻の身体を撫でながら、唇は尚も首筋に押し付けたまま、言った。
「――妻と喧嘩をしたことがない、って言ったら部下たちに驚かれた」
「なんでそんな話?」
「聞かれたから答えた」
柚葉の手が、俺のパジャマの裾から脇腹に触れる。
「我慢してるか?」
「え?」
「だから喧嘩にならないのか……とか」
「そんなことないよ」
妻の弾んだ吐息が肩で踊る。
「ちゃんと言いたいこと言ってるよ?」
「……」
信じられない。
柚葉には前科がある。
それを根に持っているわけではないが、やはり気にはなっている。
元カノの一件は、視点を変えれば俺の信用が足りていないともいえる。
結婚の経緯や誤解とはいえ元カノと同じ腕時計を使ったこと、ずっと名前で呼んでいなかったことは俺の落ち度だが、あの時こそ、感情的に、怒鳴ってでも泣き喚いてでも責められるべきだった。
けれど、柚葉は我慢し、一人で思い詰めて、それでも家族の前では笑って、笑い続けるのが苦しくなって、家を出た。
あれは特別なことだったと、後で柚葉も言っていたが、今後も同じことがないと言えるだろうか。
もちろん、柚葉が気にするような元カノはもういないし、元カノにまつわる持ち物もない。
因みに、あの腕時計は箱に入れてタンスの奥にしまってある。
捨てようとしたのだが、柚葉に止められた。
俺の思い出を尊重してくれたのだが、それを鵜呑みにして良かったのかは不安が残る。
やはり、『妻』とは永遠に理解できない存在なのか。
「和輝!」
鼓膜に直接響く妻の声に、ハッとした。
柚葉を腕に強く抱き、ベッドを軋ませないように静かに揺さぶるはずが、半端に考え事をしていたからつい激しくなりつつあった。
子供たちに気づかれてはいけない。
俺はいつものように柚葉を抱き締め、物足りなさを悟られないように静かに腰を振った。
世の中の子供を持つ夫婦はみんな、こうして息を潜めてセックスしているのだろうか……?
物足りない。
柚葉は……?
「柚葉……」
耳朶を食みながら名前を呼ぶと、きゅうっと締め付けられた。
感じてはいる。
だが、満足している……?
もう友人を死なせられないな、と思った。
32
あなたにおすすめの小説
雨降る夜道……
Masa&G
恋愛
雨の夜、同じバス停で白いレインコートの女性が毎晩、誰かを待っている。
帰ってこないと分かっていても、
それでも待つ理由がある――
想いが叶うとき――
奇跡が起きる――
王太子は妃に二度逃げられる
たまこ
恋愛
デリンラード国の王太子アーネストは、幼い頃から非常に優秀で偉大な国王になることを期待されていた。
初恋を拗らせ、七年も相手に執着していたアーネストが漸く初恋に蹴りを付けたところで……。
恋愛方面にはポンコツな王太子とそんな彼をずっと支えていた公爵令嬢がすれ違っていくお話。
※『拗らせ王子と意地悪な婚約者』『先に求めたのは、』に出てくるアーネストのお話ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
【完結済】ラーレの初恋
こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた!
死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし!
けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──?
転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。
他サイトにも掲載しております。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
「好き」の距離
饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。
伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。
以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる