76 / 89
番外編*十五年目の煩悩
4
*****
翌週の火曜日。
仕事の折り合いをつけた俺は、帰宅して柚葉に聞いた。
「明日、仕事か?」
「うん」
「何時まで?」
「二時」
「子供たちは何時に帰って来る?」
「三時半……かな? どうしたの?」
柚葉の店から帰ったら残り一時間。全く足りない。
「和輝?」
「ん?」
「お赤飯、硬かった?」
「いや?」
「難しい顔してるから」
「ああ……。いや、ちょっと……」
由輝が三杯も食べたせいで俺の白米がなくなり、冷凍庫にあった赤飯を解凍してくれたのだが、柚葉は申し訳なさそうだ。
和葉の中学の入学式の日に、柚葉のお母さんが炊いてくれた赤飯だ。普通に美味しい。
「明日はお弁当、いる?」
「ん? ああ……」
どうしようか、と考える。
「うん。頼む」
「うん?」
米を研ぐ音を聞きながら、甘納豆を噛んだ。
思春期の子供じゃなし、何を悶々と……。
思わずため息が漏れる。
「柚葉?」
「ん?」
「二人で飯でも行かないか」
「え?」と、柚葉の米を研ぐ手が止まる。
「二人で――」
「――ただいまぁ」
由輝の声。塾から帰ったのだ。
「おかえり」と言いながら、柚葉が玄関に向かう。
由輝には、なにかセンサーでもついてるんじゃないかと思う。
俺のライバルは息子か……。
「腹減ったぁ」
「食べたでしょ」
「勉強したから~」
「調子いいこと言って! 手、洗いなさい」
「は~い」
声が近づき、息子がリビングに入ってきて、俺と目が合う。
「おかえり」
「……ただいま」と言いながら、フイッと目を逸らされる。
なぜ不機嫌。
「お母さん、アイス食べていー?」
「和葉には内緒だよ?」
そう言われて、由輝はわかりやすく嬉しそうだ。
冷凍庫からソフトクリームを出してカップを開けると、米研ぎに戻って来た母親の口元に差し出した。
「え? お母さんはいいよ」
「いーから」
「……?」
柚葉が一番上のひと巻きを口に入れる。
「ありあと」
「ん」
満足したのか、由輝はソフトクリームを咥えながら階段を上がって行った。
「ママママ期っつーか、マザコンじゃねーか?」と、呟いた。
米を研いでいる柚葉には聞こえていない。
俺は立ち上がって彼女の横に立つ。
「……?」
首を傾げて俺を見上げる妻の唇をぺろりと舐めた。
「ちょ――」
「――ついてた、アイス」
嘘じゃない。
口の端にほんの少しついていたアイスを舐めとる。
柚葉は目を丸くしている。
俺自身、こんなことをするなんて驚いている。
息子相手に対抗心を燃やすなんてバカげている。が、今の由輝は、俺が遊んでやると言ってもママがいいと泣いて暴れた頃と重なって見える。
世の中の子供を持つ夫婦は、いつ、どんな風にセックスしているのだろう……?
まさか自分が、四十も過ぎてこんな悩みを持つとは思ってもいなかった。
あなたにおすすめの小説
秘められた薫り
La Mistral
恋愛
エブリスタにて、トレンド#恋愛で最高位
55位を獲得した作品です。
「愛しているよ」という夫の言葉が、今の美咲には虚しい空気にしか聞こえない。
欠けていたのは、理性を焼き尽くすような衝動。
クライアントの慎吾と交わす視線。ビジネスという仮面の下で共有される、剥き出しの欲望。
指先が触れる。名前を呼ばれる。ただそれだけで、美咲の積み上げてきた「良き妻」としての世界は音を立てて崩れ去る。
完璧なアリバイ、塗り固めた嘘。
夫の隣で微笑みながら、心は別の男の指先を求めている。
一度知ってしまった濃厚な「薫り」は、もう彼女を元の場所へは戻してくれない。
守るべき家庭と、抗えない本能。
二つの世界の境界線で、美咲が選ぶ「最後の一線」とは――。
欲望の熱に浮かされた女の、美しくも残酷な堕落の記録。
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
【完結】曖昧な距離で愛している
山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話
むらさきさゆり
恋愛
オムニバス形式です。
理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。
大人の女性のストーリーです。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。