15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以

文字の大きさ
81 / 89
番外編*十五年目の煩悩

しおりを挟む

「お疲れ」

「お疲れ様です!」と、勢いよくお辞儀をして言った。

「この前の……歓迎会では、ありがとうございました」



 歓迎会……?



 少しだけ考えたが、すぐに思い出した。

「ああ、いや」

「あの次の日、妻が美容室に行きたいって言うので、子供と留守番してたんです。そしたら、喜んでもらえました」

「そうか」

「はい。とは言っても、たった三時間なんですけど」と、青野は苦笑いする。

 三時間を『たった』と言える彼は、奥さん想いのいい奴だと思う。

「それでも、奥さんは喜んでくれたんだろう?」

「はい」

「それなら、良かった」

「はい!」

 エレベーターが到着し、扉が開く。

「青野はいい旦那だな」

「え?」

「俺はできなかったから」

「ええ!?」

 偉そうに言ったのだから、当然俺自身の経験だと思っただろう。

 黙っていてもいいのだが、なんだかフェアじゃない気がした。

「お疲れ」

「あ、はい! お疲れさまでした」

「お前も早く帰れよ」

 扉が閉まる。

 今日の昼休憩の時、女性社員が話しているのが聞こえた。

 育休明けの女性で、仕事復帰しても旦那がこれまで通りで、家事も育児も手伝ってくれないとこぼしていた。いや、あれは怒っていた。

『誰の子供だと思ってんのよ! どうせ何もしないなら、いない方がずっと楽!』

 耳が痛かった。

 ついでに、食欲もなくなった。

 人生、やり直せるなら由輝が生まれた後、ママママ期だと諦めずに子育てを手伝おう。いや、由輝が俺を拒むのなら、家事を手伝えば良かった。



 いやいや、その前にプロポーズ……。

 ……の前に、初めてのセックスのやり直し……。

 ……の前に、広田と揃いの時計を……。



 もう、いっそのこと、生まれ直したい。

 だがそもそも、俺がこんな風に意識を改めたのは、妻のホンネを見たからだ。

 それまで、夫婦仲が良いと思っていた自分を殴りたい。

 同時に、嬉しかった。

 純粋に、嬉しかった。

 恥ずかしがり屋で甘え下手な柚葉が、あんなに熱いホンネを秘めていたのが驚いたし、嬉しかった。

 妻がホンネを書き綴った紙を、俺は手帳に挟んでいつも持ち歩いている。

 会社を出て、近くのコンビニに向かう。

 そこで、待ち合わせしている。

 狭い駐車スペースに我が家の車を見つけた途端、腹が鳴った。

 我ながら、単純だ。

 もっと単純なのは和葉で、いつもうるさい兄がいないのをいいことに、値の張る肉ばかり食べたがった。

 柚葉はいつも同様、冷麺とユッケジャンクッパで迷う。

 俺は、二つ頼んで分けたらいいと言った。

 柚葉は喜び、和葉は意味ありげに笑った。

 ともあれ、家族が笑っているのは、それだけで幸せだ。

 和葉に釣られて食べ過ぎるほど食べて、その日は風呂に入ってすぐに寝た。

 由輝がいないと、家の中が驚くほど静かで、柚葉も気が抜けたようだ。

 翌朝も、俺はいつもより早く出社した。

 午後は有休を取っているから、余裕をもってのことだ。

 だが、近澤に頼んだ資料のデータが古いことがわかり、修正に時間がかかってしまった。

 それでも、一時半には会社を出た。昼飯は食っていない。

 どうせならと、柚葉の店の最寄り駅まで行き、住んでいた当時はなかったカフェで軽食を取った。

 今日は、三時まで仕事だと言っていた。

 俺はその時間を目がけて、店に行った。

「いらっしゃいませ!」と元気に迎えたのは、見知らぬ男。

 大学生くらいだろうか。若い。

 店内を見回しても柚葉の姿はなく、どうせならと俺はボールペンの替え芯を探した。

「永吉さん、上がりじゃないんですか?」と、先ほどの男の声が耳に入った。

「うん。検品だけしたら上がります」と、柚葉の声。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

妖狐の嫁入り

山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」 稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。 ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。 彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。 帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。 自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!   & 苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る! 明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。 可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ! ※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

雨降る夜道……

Masa&G
恋愛
雨の夜、同じバス停で白いレインコートの女性が毎晩、誰かを待っている。 帰ってこないと分かっていても、 それでも待つ理由がある―― 想いが叶うとき―― 奇跡が起きる――

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】時計台の約束

とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。 それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。 孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。 偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。 それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。 中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。 ※短編から長編に変更いたしました。

【完結】この胸に抱えたものは

Mimi
恋愛
『この胸が痛むのは』の登場人物達、それぞれの物語。 時系列は前後します 元話の『この胸が痛むのは』を未読の方には、ネタバレになります。 申し訳ありません🙇‍♀️ どうぞよろしくお願い致します。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

処理中です...