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番外編*十五年目の煩悩
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*****
「気をつけて、楽しんで来いよ」
修学旅行当日。
いつもより一時間早く家を出る息子を見送るため、俺も早く起きた。
靴を履く由輝に声をかける。
背中より大きなリュックと、身体半分ほどの大きさのボストンバッグを持ち、玄関ドアを開けた息子が振り返る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてね? お金の遣い方考えてよ? お土産は和葉とお祖母ちゃん家の三つね?」と、二日前から言い続けている注意事項を繰り返しながら、柚葉もスリッパをつっかけて玄関を出る。
「ホントに気をつけてね」
母親は大変だ。
父親より心配する項目が多い。
去年の和葉の修学旅行の時も、何かと心配して、三回は荷物の確認をしていたし、当日は薄暗い時間に起きていた。
あの時も……由輝と三人で飯に行ったな。
どこの家もそうだろうか。
とにかく、今日から息子は二泊三日の修学旅行だ。
「ふぅっ」と肩で息を吐きながら、柚葉が戻って来る。
「行ったか」
「うん。さ! 次は、和葉」
パッと表情が切り替わる。
「切り替えはや……」
思わず気持ちが漏れた。
「行くまでは心配だけど、行っちゃったら私にはどうしようもないもの。あとは、何かあっても自分で何とかしてもらわないと」
確かに。
「ほら! 和輝もご飯食べて。かずはー! ごはんー」
母親の顔をした柚葉は、実に逞しい。
俺は和葉と共に、由輝のお弁当と同じおかずを食べて、いつもより三本早い電車に乗って出勤した。
いつもより少し空いている電車の吊り皮を握り、ぼうっと昔を思い出した。
結婚する前。
年下で男に慣れていない風の柚葉に格好悪い所を見せないように、俺は大人のデキる男を装っていた。
別に嘘をついていたわけじゃない。
男なら誰にでもある見栄の張り方が徹底していただけだ。
前に付き合った広田が、俺以上に見栄っ張りで、男の見栄をへし折るのが特技のような女だったから、素直に俺を認め、褒めてくれるのが嬉しかった。
だから、だ。
小さな嫉妬は情けない。何事にも動じない。がっつくようなセックスはみっともない。
なんて、勝手にルールを作ってしまった。
柚葉の勤め先にしてもそうだ。
付き合っている時、何度も店に迎えに行くと言ったのに、「中間の方が早く会えるから」なんて言葉に喜んで、それ以上追求しなかった。
初めてのセックスもそうだ。
リードしなければ、余裕を見せなければと必死になって、柚葉がハジメテだと気づけなかった。
結婚する時も、だ。
お義父さんに見つかって、パニクッて、肝心の柚葉本人へのプロポーズを蔑ろにしてしまった。
つくづく……、柚葉はよくこんな男に愛想を尽かさないな。
挽回したい。
ちゃんと、妻の気持ちを繋ぎ止めておきたい。
俺は吊り革を強く握り、大きく息を吸い込んだ。
脇目も振らず仕事をして、定時のチャイムが鳴ると同時に席を立った。
「課長、今日は早いですね?」と部下に聞かれ、「家族と約束があるんだ」と答えた。
今まで、そんなことを言ったことがなかったから、ちょっと驚かれた。
別に仕事人間なわけじゃない。
ただ、平日に家族と出かけることが滅多になかっただけだ。
「課長!」
タイムカードを押し、エレベーターを待っていると、青野に声をかけられた。
手ぶらなところを見ると、帰るわけではなさそうだ。
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