15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以

文字の大きさ
84 / 89
番外編*十五年目の煩悩

12

しおりを挟む

 柚葉はいつも、こうして俺の気持ちを軽くしてくれる。

 仮に、友達に自慢できるような大人の付き合いがしたかったと思っていても、ねだったりはしなかったろう。

 会う度に柚葉は、『会社勤めは大変なんでしょう?』と、俺が疲れていないか、無理して自分と会っているんじゃないかと心配した。

 柚葉が自分の仕事を卑下するのは、大学進学に意味を感じられず、バイトの延長のまま就職してしまったかららしいが、接客業だって大変な仕事だ。

 そう言うと、いつも彼女は泣きそうに笑っていた。

 その原因が広田元カノと自分を比較してのことだったのだと思うと、胸が痛い。

「たまに、来たいな」

「え?」

「こうして、二人で」

「子供たちを親に預けて?」と、柚葉が苦笑いする。

「二人で留守番、出来るだろ」

「二人で好きなもの食べてなさいなんて言ったら、私たちの三倍は高くつくわよ」

 確かに。



 堂々とデートできるのは、いつのことやら……。



 仕方がないと諦めつつ、ビールに口をつける。

 喉を鳴らしながら視線を上げると、柚葉が笑っていた。

「でも、うん。たまには二人で食事したいね」

 出来るかどうかは別として、妻も俺と同じ気持ちでいてくれることが嬉しかった。

「天ぷらって、自分じゃうまく揚げられないから、いつも頼んじゃうんだよねぇ」

 食事を終えて店を出ると、柚葉が言った。

「また来ようね」

「そうだな」

 陽が落ちて街灯の明かりが点いている。

 子供の声はしなくなっていて、急に人通りも少なくなった。

 駐車場に戻ろうと横断歩道の前で立ち止まった妻の肩を抱き、俺は方向を変えた。

「どこ行くの?」と、戸惑いながら妻が聞く。

「泊まって行こう」と、俺は目的地に目を向けながら言った。

「え?」

「明日、有休取ってるし」

「え?」

 強引な自覚はある。

 昔俺が住んでいたマンションの前を通り過ぎ、大通りから住宅街を進む。

「泊まるって、もしかして――」

「――知ってたんだ?」

「……」

 マンションから十分ほどの場所に、ラブホテルがあった。

 コンクリート打ちっ放しの建物は、入口の控え目な看板に気づかなければマンションにしか見えない。

 部屋数より駐車スペースが少なくて、駅も近いから、歩いて入る客も多かったらしい。

 昔は、だ。

 現在は、壁が茶色く塗られていて、ますます普通のマンションぽい。



 いや、普通のマンションになった!?



 入口の看板もなく、代わりに『〇〇MS××通』と壁にはめ込まれている。



 嘘だろぉ……。



「ラブホテルが普通のマンションになることって……あるんだ」

 柚葉が呟いた。



 ホテルに誘ったらホテルがなかったって……ないだろ……。



「カッコわる……」

 ショックのあまり、心の声が口に出てしまった。

 ついでにため息も。

「十五年も経てば、変わることもあるでしょ」

 柚葉は何でもないように言った。

 それから、肩を落とす俺の手を握る。俗に言う、恋人繋ぎというやつだ。

「行こう」

 手を繋いで、というよりは、手を引かれて、駐車場に戻る。

「っていうかさ」

 先ほどの横断歩道で信号待ちをしていると、柚葉が言った。

「歩いて入ったら、明日の朝、歩いてホテル出るの恥ずかしいよね」

 確かに。

 つくづく考えが足りないと自己嫌悪に陥る。

「家、帰る?」

「え?」

「違うとこ、行――」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

雨降る夜道……

Masa&G
恋愛
雨の夜、同じバス停で白いレインコートの女性が毎晩、誰かを待っている。 帰ってこないと分かっていても、 それでも待つ理由がある―― 想いが叶うとき―― 奇跡が起きる――

花も実も

白井はやて
恋愛
町で道場を営む武家の三男朝陽には最近、会うと心が暖かくなり癒される女性がいる。 跡取り問題で自宅に滞在したくない彼は癒しの彼女に会いたくて、彼女が家族と営む団子屋へ彼は足しげく熱心に通っているのだが、男と接客している様子を見ると謎の苛立ちを抱えていた。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

処理中です...