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番外編*十五年目の煩悩
11
変わらない暖簾を見つけて呟いたのは、柚葉。
だが、俺の視線の先には別の建物。
外壁の色は変わっているが、ある。
それを確認してから、定食屋に目を向けた。
俺が住んでいたマンションは変わらずあるが、隣の商店はコンビニになっていた。
あまり美味しくなかったラーメン屋がコインパーキングになっていて、俺はそこに車を入れた。
ゴールデンウィークが終わると、札幌も陽が長くなり、午後六時でも明るい。
子供たちの声も聞こえる。
晩ご飯にはまだ早いのかもしれないが、混みだす前に店を出られるだろう。
俺は柚葉と昔話を楽しみながら定食屋までの道を歩いた。
結婚前に戻った気分だ。
定食屋は内装をリフォームしていて、昔のような昭和を感じさせる雰囲気ではなくなっていたけれど、それでもやはり『定食屋』の雰囲気はそのままで、俺も柚葉も嬉しかった。
ただ、昔、店を切り盛りしていたおばちゃんはいなかった。
当時、既に六十代半ばくらいに見えたから、引退したのだろう。
だが、今も店に立っているのは六十代と思しき女性で、厨房にはガタイのいい、女性より少し若く見える男性が立っていて、世代交代したのだとしても、そうは感じさせなかった。
「飲むの?」
俺がビールを注文すると、柚葉が少し驚いた。
「ダメか?」
「いいけど、あの駐車場狭いから、私、出せるかな」
「大丈夫だろ」
無責任な物言いに感じたのか、妻が少し不満そうに唇を尖らせた。
柚葉に運転させる気はないが、それを言うのはまだ後だ。
今日は天ぷらがお勧めだと言われ、俺は天丼、柚葉は天ぷらと煮物を注文した。
柚葉は煮物を食べながら、具や味付けを考えているようだった。
付き合っていた二十代で定食屋デートは、色気も若さもなかったと思う。
だから、柚葉がこの定食屋に行きたいと言うのは、優柔不断な俺を気遣ってのことだと思って、わざと遠くに連れ出したりもした。
「付き合ってた時、割とさ?」
こうして二人きりで向かい合っていると、昔のふとした疑問が思い出され、それが自然と口に出た。
「食事に出ようって言ったら、この定食屋がいいって言ったろ?」
「うん」
俺のビール二ついてきた枝豆を食べながら、柚葉が頷いた。
「あれって、俺に気を遣ってた?」
「え?」
「洒落た店とか知らないし、優柔不断だしで、なかなか決まらなかったろ。だから、柚葉――」
「――お洒落なお店なんて、緊張しちゃって味なんてわからないよ」
「そう……か?」
「今ならさ? マナーなんて半分できていればいいやって思えるけど、あの頃の私なら、泣いてたかも」
「そこまでか?」
「うん。ナイフとフォークが何本も並んでるのなんて、結婚式でしか見たことなかったし、メニュー見たってどんな料理かわかんないし」
それは、未だに俺もそうだ。
「それに、そもそも、そんなお洒落なお店に着て行くお洒落な服も持っていなかったし」
なるほど。
男はスーツでOKだが、女性はそうはいかない。
「格好つけてそんな店に連れて行かなくて正解だったのかな」
自分の甲斐性のなさに言い訳するように言うと、柚葉がふふっと微笑んだ。
「そうね。やっぱり、私とは不釣り合いなんじゃないかって、悩んだかも」
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