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2章 帝国の呪い
2-54 二人でお茶の時間
「はあー、やれやれ」
珍しい。
彼が一人だ。
お昼にはまだ少し早い時間、疲れたように椅子に座っている。
当たり前のように祈りの間の後ろの席に座って信者と同化しようとするな。
「クロウ様、お一人ですか?」
「、、、ラウトリス神官こそ」
ほんの微かに嫌そうな表情が見えたが、すぐに標準装備の笑顔に変わる。
この人は単純明快そうに見えて、なかなか複雑。
腹の内を読ませない。
信仰心が薄い、、、全然ないに等しいのに、わざわざ大教会の大修繕に付き合う。
教会や帝国に恩を売りたいわけでもなさそうだ。
教会内では信者や作業員とも親し気に話しており、信者の中には新しく配属された聖職者だと勘違いしている者もいるくらいである。修繕作業が始まってからはほぼ毎日いるので。
「良い茶葉が手に入ったのですけど、お茶でもいかがですか」
「嬉しいお誘いですね。ありがとうございます」
本当に嬉しいなんて思っているのだろうか。
そのにこやかな笑顔の真相はわからない。
けれど、珍しく誘いにのってくれたので、さっさと場所移動する。
誰にも邪魔されないうちに。
特に彼の忠実なるワンコには見つからないうちに。
「いい香りですね」
この人の所作は上流階級と言われてもそうなんだーと納得してしまえるのに。
リンク王国での黒髪は最底辺の象徴。
同じ平民でも蔑むほどの。
どれほどの努力をもってして、この領域に達しているのか。
リンク王国において黒髪の平民には公的な教育制度なんて存在しない。
黒髪に生まれたら国を捨てて出てしまう方がいいくらいの国であるが、貧しさゆえに出ていくことすらままならない。
特攻隊に放り込まれて、ようやく地獄のような国を出られたのは幸運なのか不運なのか。
捕虜だからなのか、彼はまだリンク王国の魔導士の制服のままである。
皮肉なものだ。
彼はリンク王国自体どうでもいいに違いないのに。
純白の制服は刺繍などの細部は違えど、私が着用している神官の制服とほぼ似ている。
彼の事情を知らない人々からすれば、毎日帝城から護衛付きで通う高位の聖職者に見えるようだ。
大教会の修繕のために派遣されてきたと、もっともらしく噂されれば信じる者が増えていく。
彼が教会を歩いていれば、聖職者に間違われるのも無理はない気もするが。
紅茶を飲む姿も絵になる。
逆に言えば、私の前では気を抜けていないことの表れでもある。
「そういえば、リーウセンはリンク王国では高位貴族の子息なのに、庶民的な香りがするのはなぜでしょうか」
「ああ、彼の場合は宮廷魔導士団に勤めていましたが、貴族の義務を放棄していましたからね。家を継ぐ嫡男でない限り、そういう者はリンク王国では少なくないですよ。研究や訓練に没頭して、領地には帰らない者が」
自分で稼げるのなら、家の庇護は必要ない。
ただし、問題行動をしたり、家の威光をチラつかせる奴は実家の命令に従わなければならないが。
自分を守る手立てを本当に必要としないのであれば、実家は重荷でしかないこともある。
それでも、家の恩恵を感じないのは元々恵まれているからである。
リンク王国の平民から見れば、その差は恐ろしいほどなのに。
「魔導士として宮廷魔導士団にいたから、王都の街にも出歩いていたということでしょうか」
「リーウセンは特にこだわりがないですから、必要最小限のものがあればいいという考えをお持ちのようですよね。リンク王国から持参してきた荷物も少なかったみたいですし」
「確かに魔導士のわりには荷物が少ない印象は受けましたね。彼のために一部屋用意したのですが」
大教会の居住区の部屋は余っている。
稀に信者が泊まるときもあるが、ここは帝都。
お金を持っているのなら、サービスが充実した宿泊施設を選択する。
ここの大教会は人手が足りないので、すべてセルフなのであまり人気はない。
シーツ等も揃えられているが、保管庫から自分たちで取り出して準備し、使用したら洗濯までしていくか、いくかばのお金を置いていく。寄付金とは別で。
帝都の宿泊施設がどこも満室でとれないときに仕方なしに、という選択でしか泊まらないのである。
信者以外にも宿舎として開放したらどうかという案も昔はあったようだが、素泊まりであったとしても宿泊料金を安く抑えても、寄付金を上乗せしなければならない仕組みなので、まず来ない。
というわけで、人手が足りない今、信者以外は受け入れていない。
「リーウセンは食事とか身の回りの品とか最低限あればいいという感じですからね」
クロウは温かな紅茶を静かに楽しんでいる。
リーウセンの昼食の弁当は帝城が自ら用意してくれているわけではなく、クロウの依頼であの個数が用意されているようだ。
本来、捕虜ではない彼は自分で用意するべきものであるのだが、そうすると普通にこの教会で準備される食事の提供を望むだろう。
彼は粗食でも何の文句も言わない。
朝食、夕食についてメニューや材料について、何にも言ったことはないのだ。
私たち二人と一緒に食事できることが嬉しいという顔でいつもいるが、リンク王国で高位貴族であった者にこの食事は耐えられ得るものなのだろうか。
我々は聖職者だから何の問題もないが、リーウセンは違う。
昼食だけでも栄養のあるものをとってもらわないとお肌がカサカサになりかねない。
クロウの気遣いに教会長も私も甘えているわけだ。
だからといって、それを我々が真正面からお礼を言うこともできない。
「クロウ様はリーウセンに対してどのように思っていらっしゃるのですか」
私の問いに微かに首を捻りながらも。
「良き仕事仲間ですよ。補助魔法が得意なのも助かっています」
「個人的なところではどう思われているのですか?」
クロウは笑顔のままだが、メンドクセーという文字が瞳に表れてしまった。
はいはい、私は面倒臭い男ですよ。
「少々手のかかる孫みたいなものですが、素直で正直なところは人として好ましいのではないですかね」
子供を通り越して孫か。
セリムでは子供を産めまい。養子という方法もあるが。
「そういう感情ですから、三人の仲を邪魔をする等を考えておりませんので、ラウトリス神官もお含みおきください」
「ああ、いえ、クロウ様とリーウセンの仲を疑っているわけではないのですが」
可能ならば、クロウと恋仲になりたいとリーウセンが考えるのだろうか?
もしセリムがいなければ、とか。
「そうでしたか。それなら良かったです」
クロウはさっさと紅茶を飲み干そうとしていた。
リーウセンを気に入っているのは教会長である。
雁字搦めにして逃さない。
教会長は私の想いに応じてくれたが、私よりもリーウセンの方が好きに見える。
三人でのこの関係は脆い薄氷のようなものでありながら、割れないように動かず現状維持を望む。
クロウがティーカップを置く前に。
「クロウ様は私に興味はございませんか」
私はしっとりとした口調で優雅に尋ねた。
魅力的に見えるように。
「その質問はリーウセンかシエルド様にしてはいかがですか」
問いに問いで返される。
それが返答でもある。
お前に興味がある人物に問え、と。
「やはり、私に足りないのは筋肉でしょうか」
「俺がセリムに求めているのは筋肉じゃねえ」
端的に答える彼がいた。
珍しい。
彼が一人だ。
お昼にはまだ少し早い時間、疲れたように椅子に座っている。
当たり前のように祈りの間の後ろの席に座って信者と同化しようとするな。
「クロウ様、お一人ですか?」
「、、、ラウトリス神官こそ」
ほんの微かに嫌そうな表情が見えたが、すぐに標準装備の笑顔に変わる。
この人は単純明快そうに見えて、なかなか複雑。
腹の内を読ませない。
信仰心が薄い、、、全然ないに等しいのに、わざわざ大教会の大修繕に付き合う。
教会や帝国に恩を売りたいわけでもなさそうだ。
教会内では信者や作業員とも親し気に話しており、信者の中には新しく配属された聖職者だと勘違いしている者もいるくらいである。修繕作業が始まってからはほぼ毎日いるので。
「良い茶葉が手に入ったのですけど、お茶でもいかがですか」
「嬉しいお誘いですね。ありがとうございます」
本当に嬉しいなんて思っているのだろうか。
そのにこやかな笑顔の真相はわからない。
けれど、珍しく誘いにのってくれたので、さっさと場所移動する。
誰にも邪魔されないうちに。
特に彼の忠実なるワンコには見つからないうちに。
「いい香りですね」
この人の所作は上流階級と言われてもそうなんだーと納得してしまえるのに。
リンク王国での黒髪は最底辺の象徴。
同じ平民でも蔑むほどの。
どれほどの努力をもってして、この領域に達しているのか。
リンク王国において黒髪の平民には公的な教育制度なんて存在しない。
黒髪に生まれたら国を捨てて出てしまう方がいいくらいの国であるが、貧しさゆえに出ていくことすらままならない。
特攻隊に放り込まれて、ようやく地獄のような国を出られたのは幸運なのか不運なのか。
捕虜だからなのか、彼はまだリンク王国の魔導士の制服のままである。
皮肉なものだ。
彼はリンク王国自体どうでもいいに違いないのに。
純白の制服は刺繍などの細部は違えど、私が着用している神官の制服とほぼ似ている。
彼の事情を知らない人々からすれば、毎日帝城から護衛付きで通う高位の聖職者に見えるようだ。
大教会の修繕のために派遣されてきたと、もっともらしく噂されれば信じる者が増えていく。
彼が教会を歩いていれば、聖職者に間違われるのも無理はない気もするが。
紅茶を飲む姿も絵になる。
逆に言えば、私の前では気を抜けていないことの表れでもある。
「そういえば、リーウセンはリンク王国では高位貴族の子息なのに、庶民的な香りがするのはなぜでしょうか」
「ああ、彼の場合は宮廷魔導士団に勤めていましたが、貴族の義務を放棄していましたからね。家を継ぐ嫡男でない限り、そういう者はリンク王国では少なくないですよ。研究や訓練に没頭して、領地には帰らない者が」
自分で稼げるのなら、家の庇護は必要ない。
ただし、問題行動をしたり、家の威光をチラつかせる奴は実家の命令に従わなければならないが。
自分を守る手立てを本当に必要としないのであれば、実家は重荷でしかないこともある。
それでも、家の恩恵を感じないのは元々恵まれているからである。
リンク王国の平民から見れば、その差は恐ろしいほどなのに。
「魔導士として宮廷魔導士団にいたから、王都の街にも出歩いていたということでしょうか」
「リーウセンは特にこだわりがないですから、必要最小限のものがあればいいという考えをお持ちのようですよね。リンク王国から持参してきた荷物も少なかったみたいですし」
「確かに魔導士のわりには荷物が少ない印象は受けましたね。彼のために一部屋用意したのですが」
大教会の居住区の部屋は余っている。
稀に信者が泊まるときもあるが、ここは帝都。
お金を持っているのなら、サービスが充実した宿泊施設を選択する。
ここの大教会は人手が足りないので、すべてセルフなのであまり人気はない。
シーツ等も揃えられているが、保管庫から自分たちで取り出して準備し、使用したら洗濯までしていくか、いくかばのお金を置いていく。寄付金とは別で。
帝都の宿泊施設がどこも満室でとれないときに仕方なしに、という選択でしか泊まらないのである。
信者以外にも宿舎として開放したらどうかという案も昔はあったようだが、素泊まりであったとしても宿泊料金を安く抑えても、寄付金を上乗せしなければならない仕組みなので、まず来ない。
というわけで、人手が足りない今、信者以外は受け入れていない。
「リーウセンは食事とか身の回りの品とか最低限あればいいという感じですからね」
クロウは温かな紅茶を静かに楽しんでいる。
リーウセンの昼食の弁当は帝城が自ら用意してくれているわけではなく、クロウの依頼であの個数が用意されているようだ。
本来、捕虜ではない彼は自分で用意するべきものであるのだが、そうすると普通にこの教会で準備される食事の提供を望むだろう。
彼は粗食でも何の文句も言わない。
朝食、夕食についてメニューや材料について、何にも言ったことはないのだ。
私たち二人と一緒に食事できることが嬉しいという顔でいつもいるが、リンク王国で高位貴族であった者にこの食事は耐えられ得るものなのだろうか。
我々は聖職者だから何の問題もないが、リーウセンは違う。
昼食だけでも栄養のあるものをとってもらわないとお肌がカサカサになりかねない。
クロウの気遣いに教会長も私も甘えているわけだ。
だからといって、それを我々が真正面からお礼を言うこともできない。
「クロウ様はリーウセンに対してどのように思っていらっしゃるのですか」
私の問いに微かに首を捻りながらも。
「良き仕事仲間ですよ。補助魔法が得意なのも助かっています」
「個人的なところではどう思われているのですか?」
クロウは笑顔のままだが、メンドクセーという文字が瞳に表れてしまった。
はいはい、私は面倒臭い男ですよ。
「少々手のかかる孫みたいなものですが、素直で正直なところは人として好ましいのではないですかね」
子供を通り越して孫か。
セリムでは子供を産めまい。養子という方法もあるが。
「そういう感情ですから、三人の仲を邪魔をする等を考えておりませんので、ラウトリス神官もお含みおきください」
「ああ、いえ、クロウ様とリーウセンの仲を疑っているわけではないのですが」
可能ならば、クロウと恋仲になりたいとリーウセンが考えるのだろうか?
もしセリムがいなければ、とか。
「そうでしたか。それなら良かったです」
クロウはさっさと紅茶を飲み干そうとしていた。
リーウセンを気に入っているのは教会長である。
雁字搦めにして逃さない。
教会長は私の想いに応じてくれたが、私よりもリーウセンの方が好きに見える。
三人でのこの関係は脆い薄氷のようなものでありながら、割れないように動かず現状維持を望む。
クロウがティーカップを置く前に。
「クロウ様は私に興味はございませんか」
私はしっとりとした口調で優雅に尋ねた。
魅力的に見えるように。
「その質問はリーウセンかシエルド様にしてはいかがですか」
問いに問いで返される。
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