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2章 帝国の呪い
2-66 キレのあるキレ味
翌日、俺は午前中にグランツ師匠に言われていた仕事を終えて、大教会に向かう。
部屋長に言われたからといってすぐに変われるものではないが、これでも読んでおけ、と一冊の魔導書を渡された。
微かな一歩だ。
けれど、その一歩がなければ、その場から動くこともない。
俺にとっても、貴重な一歩なのだ。
グランツ師匠が昼食時にいないときは、俺は下町の屋台でお昼を手に入れてから大教会で食べている。
と言っても、薬部屋や見習が使っている更衣室兼休憩室で食べているわけではない。
顔見知りになった修繕工事の作業員の皆に混ぜてもらっている。
ここの作業員は少数精鋭ながら、年齢は様々。
俺と同じくらいの年齢の若手も少なからずいる。
いつも同じ面子がいるわけではないが、それぞれ違う作業場でチームを組んで仕事をしているようなので、俺一人加わったところであまり違和感を持たないらしい。
資材や工具に囲まれて雑多な感じがする空間で、小さなイスやその場に座り昼食を食べている。
「おおっ、来た来た。昨晩すごかったなー」
作業員のなかでも、オッちゃんと呼ばれている一人が俺を手招きして言った。
「昨晩?」
「お前、あのグランツのところの弟子だったんだなー。居酒屋であの大魔導士様がキレっキレにキレて、そりゃー今や下町での噂はそれで持ち切りだ」
「まさか、あの居酒屋に」
いましたか?
どこに?
誰が?
周囲を見る余裕がなかったと言えばなかったんですが。
お客の皆様酔って騒いで各自のテーブルで盛り上がっていて、こちらのテーブルなんて見てなかったですよね?
耳にはしっかり届いていたんですかね?
「俺たちも仕事終わりにあの店で数人で飲んでいたんだが、お前らに声をかける前に激論、いや、一方的な抗議が始まっちまったからよ。お前も薬師見習に囲まれて一人魔導士見習してたから疎外感でもあるのかと思っていたが、大魔導士様に愛されているじゃねえか」
「俺も見たかったわー」
「俺も息子の誕生日を優先せず、そっちに行けば良かったー」
いや、それは是非とも息子さんの誕生日を優先してください。
「スカッとしたぜ。現役から離れてもうかなりの年数経っているのに、皇帝陛下直属の精鋭部隊の魔導士でーす、といつまでも昔の地位にこだわって鼻持ちならないグランツの野郎がヤリ込められていたんだからな」
「もしやグランツ師匠って有名だったんですか」
俺のその質問に、一瞬の間。
「ああ、若いヤツはもう知らねえか」
「今なら英雄ポシュと同じくらいと言えばわかりやすいか。あの当時はグランツの魔法に称賛し、酔いしれたものよ。新聞も一面グランツの話題で溢れていた」
「うん、まあ、皇帝陛下直属の精鋭部隊の宿命みたいなものよ。英雄ポシュのように魔法が使えなくなったわけじゃあねえが、引退して、後進を育成する道に進むのを皆が応援していたんだけどよお」
「最初はあのグランツが教えるならと弟子志願者が殺到したんだが、あのていたらくでな。国があっせんした弟子じゃなきゃ来なくなったし、それですら逃げる始末だ。弟子を育てる気がさらさらなかったみたいだからなあ」
「、、、ひどい状況だったんですね」
俺がそんなひどい状況に置かれていたとは知らなかった。
皆もグランツ師匠に期待を持っていたからこそ、裏切られた感があるのだろう。
「だから、大魔導士様万歳っ、ってな」
「お前の師匠がグランツだって知ってたら、俺だって何らかの手助けはしていたさ」
「口で言うのは簡単だぞー」
「今のグランツには皇帝陛下だってサジを投げるわ」
、、、グランツ師匠の横に座っていたのが皇帝陛下だったんですけどね。
一応、飲み友達として付き合いは継続している気がするけど。
皆さんはあの人の正体知らないんですかね?
知らないフリをしているだけなんですかね?
どうなんでしょうね?
「今より悪い状況になったら、俺たちにも言えよー。大魔導士様の方が頼りになると思うけど」
「まあ、シエルド様がお前を見つけてきたんだから、悪いようにはならんだろ」
「シエルド様?」
グランツ師匠には弟子に任せる仕事がそこまでないのならと声掛けしたようだが。
シエルド様もグランツ師匠の教育事情を知っていて話を持ってきてくれたのだろうか。
「あの人こそ、守銭奴だからよ。金になりそうにもないヤツには一切の情などかけてくれん。面倒見始めたら、最後まで責任をもってくれるぞ、仕事上は」
「あの人こそ、何が見えているんだか」
「あの人、謎なほどに詳細な鑑定魔法が使えるから、潜在能力まで鑑定できるとしたら最強だよね」
「ははは、そうそう゛っっ?」
オッちゃんの笑い同意する声が上擦った。
いつのまにいたのか、その大魔導士様がオッちゃんの後ろに座っていた。
オッちゃんのお昼の弁当が宙を飛ぶ。他の作業員が見事にキャッチする。あまりにも呼吸がぴったりだから、宴会芸として練習でもしてる?
「ねえ、ギノ。コレ、グランツから渡された魔導書?見て良い?」
「あ、はい、どうぞ」
俺の鞄から魔導書が覗いていた。
俺はそれを部屋長に渡す。
「し、心臓がとまるかと思った」
冗談ではなく、オッちゃんの顔が本気だった。
胸を手で押さえている。
「大教会でまだまだ驚くことがあって良かったな」
「これ以上はないと思っていたのに。一冊の本が書き上がるくらいには体験したのに」
「ベストセラーになるぞー。フィクションとしてー」
「ちげえねえ、誰も信じてくれねえ」
作業員同士の会話が続いていたが、部屋長は魔導書を前にして。
「本の知識よ、開け。我が元に集え。我が記録の源泉の一部となれ」
光が本から部屋長に舞う。
「ふむふむ、なるほどなるほど。はい、ギノ、ありがとう。今後グランツからの魔導書を渡されたら、俺にも見せて」
にっこり笑顔でお願いされてしまいました。
あれ?
もしかして?
「他の人に見せるなとか言われない限りは持って来ます」
俺の返事に、部屋長が良い笑顔でこの場を去っていった。
「魔導士は魔導士だな」
「魔法バカは魔法バカってことだろ」
「あのグランツでも帝国の第一線にいたんだから、大魔導士様が欲しがるそれなりの知識があるってことか」
「解説するな、察しろ」
そうですね。そういうことは口にしない方が良いかもしれません。
良い笑顔が黒い笑顔にならないように。
「まあ、恩に着せないようにそう見せかけているだけかもしれませんけど。大魔導士様なんですから帝国の魔法なんてもう調べつくしているかもしれませんよ」
一人が呟くと、オッちゃんたちが目に涙を浮かべた。
「くっ、大魔導士様、やるじゃねえか」
その場にいる作業員さんたちが大なり小なり感激している。
そうかなー。
あの人、意外と自分の欲望に忠実な気がするんだけどー。
セリムさんとけっこうイチャついているしー。わざわざ自らスプーンであーんと薬の味見させちゃったりしているしー。ファンやポシュが羨ましそうに見ているのに。
味見なら薬師見習にさせた方が良いと思いません?
もちろん部屋長には感謝しているけど。
ひゅっ。
今度は俺が息を呑む番だった。
三時。
途中休憩の時間。
シエルド様が現れてしまった。
大量のお菓子を従者たちに運ばせて。
「、、、来る気はしてましたが、ここまで?」
部屋長が呆れたようにシエルド様に言う。
豪華なお菓子がテーブルに並ぶ。木製の大きな作業テーブルに豪華な刺繍テーブルクロスをかけてお出迎え。
事情を知らない薬師見習三人とポシュ、メーデさんが不思議そうにその光景を見ている。
「お得意様でも来るのかなー?」
「上得意ってヤツじゃないか?そうじゃなきゃ、ここまで用意しないだろ」
「こんな豪華なケーキ見たことないー」
このお菓子の目的がクリムゾンということを知っているのは。
セリムさんはいつも通り壁際に立ったまま鋭い目つきをしているなあ。この人、驚きとかないのかな?部屋長と付き合っているなら、この程度は特に驚くことでもないのかな。
んで。
いつも通り、扉から黒ワンコに乗って赤い目の彫刻が現れる。
そういや、今日ってアジュール見てないなあ。まあ、いつも必ず絶対にファンのそばにいるわけじゃないからなあ。
「クリムゾン様、貴方のために数々の甘いお菓子をご用意いたしました」
下心満載のシエルド様が小さい彫刻に恭しく礼をした。
部屋長に言われたからといってすぐに変われるものではないが、これでも読んでおけ、と一冊の魔導書を渡された。
微かな一歩だ。
けれど、その一歩がなければ、その場から動くこともない。
俺にとっても、貴重な一歩なのだ。
グランツ師匠が昼食時にいないときは、俺は下町の屋台でお昼を手に入れてから大教会で食べている。
と言っても、薬部屋や見習が使っている更衣室兼休憩室で食べているわけではない。
顔見知りになった修繕工事の作業員の皆に混ぜてもらっている。
ここの作業員は少数精鋭ながら、年齢は様々。
俺と同じくらいの年齢の若手も少なからずいる。
いつも同じ面子がいるわけではないが、それぞれ違う作業場でチームを組んで仕事をしているようなので、俺一人加わったところであまり違和感を持たないらしい。
資材や工具に囲まれて雑多な感じがする空間で、小さなイスやその場に座り昼食を食べている。
「おおっ、来た来た。昨晩すごかったなー」
作業員のなかでも、オッちゃんと呼ばれている一人が俺を手招きして言った。
「昨晩?」
「お前、あのグランツのところの弟子だったんだなー。居酒屋であの大魔導士様がキレっキレにキレて、そりゃー今や下町での噂はそれで持ち切りだ」
「まさか、あの居酒屋に」
いましたか?
どこに?
誰が?
周囲を見る余裕がなかったと言えばなかったんですが。
お客の皆様酔って騒いで各自のテーブルで盛り上がっていて、こちらのテーブルなんて見てなかったですよね?
耳にはしっかり届いていたんですかね?
「俺たちも仕事終わりにあの店で数人で飲んでいたんだが、お前らに声をかける前に激論、いや、一方的な抗議が始まっちまったからよ。お前も薬師見習に囲まれて一人魔導士見習してたから疎外感でもあるのかと思っていたが、大魔導士様に愛されているじゃねえか」
「俺も見たかったわー」
「俺も息子の誕生日を優先せず、そっちに行けば良かったー」
いや、それは是非とも息子さんの誕生日を優先してください。
「スカッとしたぜ。現役から離れてもうかなりの年数経っているのに、皇帝陛下直属の精鋭部隊の魔導士でーす、といつまでも昔の地位にこだわって鼻持ちならないグランツの野郎がヤリ込められていたんだからな」
「もしやグランツ師匠って有名だったんですか」
俺のその質問に、一瞬の間。
「ああ、若いヤツはもう知らねえか」
「今なら英雄ポシュと同じくらいと言えばわかりやすいか。あの当時はグランツの魔法に称賛し、酔いしれたものよ。新聞も一面グランツの話題で溢れていた」
「うん、まあ、皇帝陛下直属の精鋭部隊の宿命みたいなものよ。英雄ポシュのように魔法が使えなくなったわけじゃあねえが、引退して、後進を育成する道に進むのを皆が応援していたんだけどよお」
「最初はあのグランツが教えるならと弟子志願者が殺到したんだが、あのていたらくでな。国があっせんした弟子じゃなきゃ来なくなったし、それですら逃げる始末だ。弟子を育てる気がさらさらなかったみたいだからなあ」
「、、、ひどい状況だったんですね」
俺がそんなひどい状況に置かれていたとは知らなかった。
皆もグランツ師匠に期待を持っていたからこそ、裏切られた感があるのだろう。
「だから、大魔導士様万歳っ、ってな」
「お前の師匠がグランツだって知ってたら、俺だって何らかの手助けはしていたさ」
「口で言うのは簡単だぞー」
「今のグランツには皇帝陛下だってサジを投げるわ」
、、、グランツ師匠の横に座っていたのが皇帝陛下だったんですけどね。
一応、飲み友達として付き合いは継続している気がするけど。
皆さんはあの人の正体知らないんですかね?
知らないフリをしているだけなんですかね?
どうなんでしょうね?
「今より悪い状況になったら、俺たちにも言えよー。大魔導士様の方が頼りになると思うけど」
「まあ、シエルド様がお前を見つけてきたんだから、悪いようにはならんだろ」
「シエルド様?」
グランツ師匠には弟子に任せる仕事がそこまでないのならと声掛けしたようだが。
シエルド様もグランツ師匠の教育事情を知っていて話を持ってきてくれたのだろうか。
「あの人こそ、守銭奴だからよ。金になりそうにもないヤツには一切の情などかけてくれん。面倒見始めたら、最後まで責任をもってくれるぞ、仕事上は」
「あの人こそ、何が見えているんだか」
「あの人、謎なほどに詳細な鑑定魔法が使えるから、潜在能力まで鑑定できるとしたら最強だよね」
「ははは、そうそう゛っっ?」
オッちゃんの笑い同意する声が上擦った。
いつのまにいたのか、その大魔導士様がオッちゃんの後ろに座っていた。
オッちゃんのお昼の弁当が宙を飛ぶ。他の作業員が見事にキャッチする。あまりにも呼吸がぴったりだから、宴会芸として練習でもしてる?
「ねえ、ギノ。コレ、グランツから渡された魔導書?見て良い?」
「あ、はい、どうぞ」
俺の鞄から魔導書が覗いていた。
俺はそれを部屋長に渡す。
「し、心臓がとまるかと思った」
冗談ではなく、オッちゃんの顔が本気だった。
胸を手で押さえている。
「大教会でまだまだ驚くことがあって良かったな」
「これ以上はないと思っていたのに。一冊の本が書き上がるくらいには体験したのに」
「ベストセラーになるぞー。フィクションとしてー」
「ちげえねえ、誰も信じてくれねえ」
作業員同士の会話が続いていたが、部屋長は魔導書を前にして。
「本の知識よ、開け。我が元に集え。我が記録の源泉の一部となれ」
光が本から部屋長に舞う。
「ふむふむ、なるほどなるほど。はい、ギノ、ありがとう。今後グランツからの魔導書を渡されたら、俺にも見せて」
にっこり笑顔でお願いされてしまいました。
あれ?
もしかして?
「他の人に見せるなとか言われない限りは持って来ます」
俺の返事に、部屋長が良い笑顔でこの場を去っていった。
「魔導士は魔導士だな」
「魔法バカは魔法バカってことだろ」
「あのグランツでも帝国の第一線にいたんだから、大魔導士様が欲しがるそれなりの知識があるってことか」
「解説するな、察しろ」
そうですね。そういうことは口にしない方が良いかもしれません。
良い笑顔が黒い笑顔にならないように。
「まあ、恩に着せないようにそう見せかけているだけかもしれませんけど。大魔導士様なんですから帝国の魔法なんてもう調べつくしているかもしれませんよ」
一人が呟くと、オッちゃんたちが目に涙を浮かべた。
「くっ、大魔導士様、やるじゃねえか」
その場にいる作業員さんたちが大なり小なり感激している。
そうかなー。
あの人、意外と自分の欲望に忠実な気がするんだけどー。
セリムさんとけっこうイチャついているしー。わざわざ自らスプーンであーんと薬の味見させちゃったりしているしー。ファンやポシュが羨ましそうに見ているのに。
味見なら薬師見習にさせた方が良いと思いません?
もちろん部屋長には感謝しているけど。
ひゅっ。
今度は俺が息を呑む番だった。
三時。
途中休憩の時間。
シエルド様が現れてしまった。
大量のお菓子を従者たちに運ばせて。
「、、、来る気はしてましたが、ここまで?」
部屋長が呆れたようにシエルド様に言う。
豪華なお菓子がテーブルに並ぶ。木製の大きな作業テーブルに豪華な刺繍テーブルクロスをかけてお出迎え。
事情を知らない薬師見習三人とポシュ、メーデさんが不思議そうにその光景を見ている。
「お得意様でも来るのかなー?」
「上得意ってヤツじゃないか?そうじゃなきゃ、ここまで用意しないだろ」
「こんな豪華なケーキ見たことないー」
このお菓子の目的がクリムゾンということを知っているのは。
セリムさんはいつも通り壁際に立ったまま鋭い目つきをしているなあ。この人、驚きとかないのかな?部屋長と付き合っているなら、この程度は特に驚くことでもないのかな。
んで。
いつも通り、扉から黒ワンコに乗って赤い目の彫刻が現れる。
そういや、今日ってアジュール見てないなあ。まあ、いつも必ず絶対にファンのそばにいるわけじゃないからなあ。
「クリムゾン様、貴方のために数々の甘いお菓子をご用意いたしました」
下心満載のシエルド様が小さい彫刻に恭しく礼をした。
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